8月25日
週末の夕暮れ時、沢田は夕涼みも兼ねて軒下に座っていた。沢田の自宅には小さいながらも庭がある。庭には土がある。土があれば必ず雑草が生えてくるのであるが、沢田は雑草が嫌いなので頻繁に草抜きをする。おかげで庭はいつでも公園の砂場のような状態だ。
「おっ、あのブチ、久しぶりに見るな」
ブチとは野良キャットのことだ。毛色が黒と白なので勝手にそう呼んでいる。少し離れた公道を用心深げに歩いていくブチ。沢田は思い出す。この家に引っ越してきた時から奴らとの戦いが始まったことを。
「野良が多い町だなあ」
これが沢田の第一印象だった。ブチ、白、黒、三毛……外出すれば出会わない日はないというくらい野良キャットが徘徊している。しかもまるでそれが当たり前と言わんばかりに沢田の庭にも入り込む。沢田はキャットが嫌いというわけではないが撫でたくなるほど好きでもない。当初は好きなようにさせていたのだが、やがてそうも言ってはいられなくなった。
「う、うんこじゃないか!」
ある日、沢田は庭にうんこを発見した。野良キャットがやらかしたとしか考えられない。これは放っておくわけにはいかなくなった。とにかく臭い。ハエが飛んできて公衆衛生上よくない。しかもここをトイレと定めたのか、ほぼ毎日新しいうんこが庭に落ちている。草を抜いて砂場のようにしていたことが仇になったようだ。沢田は怒った。
「このような無作法を許しておくことはできぬ。即刻対処せねば」
手始めに百均でキャットよけグッズを購入した。忌避剤、とげとげシート、木酢液、目が光るキャット型オブジェ。だが全く効果がない。ネットであれこれ調べてキャットが嫌がるというミカンの皮、唐辛子、消毒液などを撒いてみた。やはり効果がない。毎日庭に散水してびしょびしょの状態にした。ダメだった。ハーブの鉢植えを購入して置いてみた。ダメだった。何をやってもダメである。
「こんな小手先のやり方では埒が明かない。もっと本格的な対策を考えなくては」
意を決した沢田はヨムカクのキャンペーンとかイベントとかでコツコツ貯めたギフト券を使って害獣撃退機を購入した。センサーが害獣を感知すると人族には聞こえない超音波を発し、害獣を驚かせて撃退するものだ。これは効果があった。庭にうんこのない日が続いた。
「やれやれ、これで一安心だ」
だがその安心も長くは続かなかった。10日ほどたったある日、沢田は庭にうんこを発見した。まるで沢田を嘲笑うかのように害獣撃退機の真ん前に捻り出されている。
「くそ! どうすればこの
沢田は毎日うんこの始末をしながら野良キャットを観察した。奴らはしぶとい。水に濡れるのを嫌うはずなのに小雨の中でも平然と歩いている。寒いのが嫌いなはずなのに積もった雪をかき分けて歩いていく。そう、野良キャットに常識は通じない。水、寒さ、臭い、トゲトゲ、超音波、そんなものを嫌がってエサを探すのをやめたら、たちまち飢え死にしてしまう。奴らは生きるのに必死なのだ。
「嫌がらせみたいな方法ではダメだ。もっと抜本的な対策を講じなくては」
野良キャットを庭に入らせないようにするにはどうすればよいか。入れなくしてしまえばいいのだ。そこで沢田は園芸用の網を購入し、庭を完全に取り囲んだ。フェンスのある場所はフェンスの上部50センチほど。ない場所は150センチほどの高さで庭の周囲に網を張り巡らせたのである。これは効果があった。その日から庭のうんこは完全になくなった。
「そりゃそうだよな。奴らだけじゃなくボクだって入れないんだもん」
今はもう沢田の庭には何人たりとも外部から侵入できなくなっている。庭に入るには一度屋内に入り、庭に面する掃き出し窓を経由するしかない。不便なことこの上ないがうんこされるよりはマシである。
なお、沢田の奮闘を哀れに思ったのか町内では地域猫活動が盛んになり不妊去勢手術が積極的に行われた。その結果野良キャットの数は激減し、今ではたまにブチを見かける程度になったということである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます