8月24日

 今年の夏は暑い。そしてひと族は暑さに弱い。沢田も人族なので暑さに弱い。

 若かった頃は自転車を漕いで暑気払いするという無茶な涼み方をしていたものだが、地球温暖化が進んだことで顔に吹き付ける涼風は温風へと変貌し、沢田はすっかり老いてしまって、緩い上り坂でも「ひーこらひーこらばひんばひん」と言わないと登れなくなった今となってはそれも不可能だ。

 では為す術もなくこの猛暑を耐えているだけなのかというとそうではない。実は最近、沢田は新たな夏の涼み方を発見した。それは、


 玄冬81のびのびキップ!


 である。


 ヤーパン帝国には国土の隅から隅まで鉄道が敷かれている。その鉄道の普通列車1日乗り放題券を5枚1セットにしたものがこの玄冬81のびのびキップだ。

 年を取って頭に霜を置くようになった81歳の高齢者の方がお安く手軽にのびのびと鉄道旅行ができるようにと企画されたキップなのだが、年齢に関係なく誰でも利用できる。沢田も学生の頃から重宝している。


「このキップと夏の涼み方とどんな関係があるの?」


 と思われるかもしれない。理由は簡単だ。ヤーパン帝国鉄道の列車は全て冷房車なのである。どんなに混雑しても涼しい。車内に座っているだけで避暑地の高原地気分が味わえるのだ。


「ちょっと待って。それなら室内のエアコンを1日つけっ放しにすればいいんじゃない。そのほうがキップを買うよりも安上がりでしょう」


 と思われるかもしれない。その通りだ。涼むだけならエアコンの効いた自宅で高原気分を楽しんだ方が費用はかからない。だがこのキップの目的はあくまでも旅行であって避暑ではない。沢田も最初の頃は単なる移動手段として購入していたに過ぎなかった。


 だが年を取るにつれて旅行の形態が変わった。加齢によって体力が低下すると炎天下での活動がつらくなる。目的地での名所巡りやイベント参加にかける時間は徐々に減り、その分列車に乗っている時間が長くなった。汗をかいて観光を楽しむより、涼しい車内でボケーと座っている方が楽しく感じられるようになったのだ。そうなって初めて、


「これは新しい夏の涼み方ではないかっ!」


 と悟ったわけである。


 このキップを利用した最近の沢田の旅はとてもシンプルだ。


 列車に乗る。

 窓外の景色や入れ代わり立ち代わり乗っては降りていく乗客を眺める。

 眠くなったら座ったまま眠る。

 喉が渇いたら水筒のお茶を飲む。

 目的地に到着したらかき氷や蕎麦を食べる。

 行きと同じような時の過ごし方をして帰宅する。


 旅行時間の8割くらいを列車に揺られている。たまに宿を予約して宿泊することもあるが、それでも列車で過ごす時間が旅のメインであることに変わりはない。そしてその時間は常にエアコンの効いた涼しい空間にいるのだ。

 商業施設のフードコートにうどん1杯で1日座っていたら、さすがに居心地が悪くなるだろう。しかしこの玄冬81のびのびキップなら朝から晩まで列車に乗っていても何の負い目も感じない。そもそも終日列車に乗るためのキップなのだから当然のことをしているに過ぎないのだ。


「さて次はどこへ行こうかな」


 今日も沢田は36℃の自室で旅行の日程を考える。体は大汗をかいているが心は涼しい列車に揺れているので気分は暑くない。気の持ちようで暑くも寒くもなるのだから、何かに集中することもまた夏の涼み方のひとつと言えそうだ。











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