8月21日

 低所得底辺男の沢田にとって諸経費の削減は大変重要である。ゆえに食事は基本的に自炊である。主食は米だ。1日1合炊くのでひと月で5キロほど消費する。内訳は次の通り。


 外出する場合。

 朝 米半合、納豆、漬物など。

 昼 安いランチなど。

 夜 米半合、豆腐、味噌汁など


 一日在宅の場合。

 朝 食パン、牛乳など

 昼 米半合、納豆、漬物など

 夜 米半合、豆腐、味噌汁など。


 どちらの場合も1食だけ自炊の米ではない点が重要である。食は生物にとって楽しみのひとつ。栄養が摂取できれば何でも良いというものではない。そんなわけで3食のうちの1食だけは毛色の違う食事にしている。いくら貧乏だからと言ってもこの程度の贅沢は許されるべきであろう。


「お、そろそろ米がなくなってきたな。買うか」


 買うのは10キロの米だ。通販で買っている。昔はスーパーで買ってリュックに入れ、肩を痛くしながら背負って自宅まで運んでいたのだが、年取ってそんな元気がなくなったので送料無料の米を通販で買っている。ブレンド米ならスーパーとさほど変わらない価格なのでまあよかろうという感じだ。


「おかしいな。全然売ってないぞ」


 米10キロ送料無料で検索してもなかなか見付からない。見付かってもとんでもなく値段が高い。試しにネットスーパーのサイトでも検索してみた。2キロ、5キロ、10キロ、全て在庫切れだ。配達範囲外になるが別のネットスーパーで検索すると2キロだけ購入可能だった。いつも買っている米よりかなり割高だ。たとえ配達可能であっても絶対に買わないだろう。


「どういうことだ」


 調べてみたら昨年の猛暑による不作とインバウンドの増加によって米不足になっているらしく、すでに6月頃には品薄になっていたようだ。今頃になって気付くとはなんとも迂闊である。


「米が不足するなんてちょっと情けなさすぎないか。我がヤーパン帝国は米の国なのに」


 ヤーパン帝国はかつて豊葦原瑞穂国とよあしはらみずほのくにと呼ばれていた。「瑞々しい稲穂が豊かに実る国」という意味だ。

 ヤーパン帝国を建てるに当たって皇帝は神からみっつのお告げを授かっている。


 永遠に続く天地のように未来永劫ヤーパン国を統治しなさい(天壌無窮てんじょうむきゅう神勅しんちょく

 この鏡を神だと思い大切に崇め奉りなさい(宝鏡奉斎ほうきょうほうさいの神勅)

 神田の稲を授けるのでこれで民を養いなさい(斎庭稲穂ゆにわのいなほの神勅)


 つまりヤーパン帝国の国民が米を食えなくなれば、それは神の命令に背くことになるのではないか。


「実にけしからん。最近の農業政策はいったいどうなっているのだ」


 怒る沢田。しかし冷静になって考えてみるとこの怒りはお門違いだ。なにしろこれまでの歴史を振り返れば全国民が腹いっぱい米を食えた時代なんてほとんどないのだから。そもそも米を作っている農民が年貢を取られて雑穀とかイモとかを食っていたではないか。そんな時代に比べれば今のほうがよっぽどマシである。


「仕方ない。新米が出回るまで麦を食うか」


 諦めのよい沢田はさっそくうどんを購入した。今日から米とうどんを1日おきに食べるつもりだ。うどん1玉20円くらいなのでこの方が安く済みそうである。









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