8月22日

 今年の夏は暑い。そしてひと族は暑さに弱い。室温が30℃以上になるとほとんどの従業員が、


「エアコンをつけてくれ。つけてくれなきゃ働かない」


 などと言い出す。

 それは沢田とて例外ではない。空調設備があるのに室温30℃の環境で働かせるような職場は、熱中症の危険を予見できるにもかかわらずそれを無視したとして、安全配慮義務違反を犯していると判断されても仕方がないであろう。


「あ~、あちゅいよお~」


 しかし30℃以上になっているのが自宅の自室なら話は別である。全ての責任は自分自身にあると言えよう。

 沢田は扇風機の生温い風に当たりながら温度計を見た。36℃。体温より低いのでまだ大丈夫だ。


「我慢だ。夕方になって涼しくなるまで我慢するんだ」


 自宅のエアコンを稼働させるのは夜7時から朝7時までの12時間、それが沢田家の掟だ。どうしてそんな掟があるのかと言えば電気料金節約のためだ。

 沢田の住むヤーパン帝国は資源が乏しい。エネルギー資源のほとんどを海外からの輸入に頼っている。その価格は社会情勢や世界経済の動向によって大きく変化する。最近はあっちこっちで紛争やら領土侵略やら通貨下落やらが起きているので、ヤーパン帝国の電気料金は高騰し続けているのだ。低収入底辺男の沢田にとっては痛い話である。


「ボクらの国でも魔石がたくさん採れればよかったのになあ」


 世界で一番流通しているエネルギー資源は魔石だ。これは地下ダンジョンのモンスターを討伐することによって得られる。世界的に有名な魔石産出国は中東、北米、北ユラシアなどであり、そこには巨大地下ダンジョンがいくつも存在している。沢田の住むヤーパン帝国にも地下ダンジョンはあるが、規模は小さくすでにほとんどのモンスターが討伐されてしまっているので魔石の産出はほとんど望めない。


「冒険者かあ。子どもの頃は憧れたっけ」


 ダンジョンに潜ってモンスターを討伐し魔石を獲得するのは冒険者の仕事だ。ただし入手した魔石は全てダンジョンを所有する国家が買い上げる。ほんの一部でも魔石を持ち出したことが発覚すれば冒険者の資格は剥奪され、最低でも無期懲役、最悪の場合は死刑となる。魔石の流通量は世界経済に大きな影響を与えるので非常に厳しく管理されているのだ。

 それでも冒険者が魔石によって得る収入は半端なものではない。最深部のモンスターを討伐して超希少な魔石を入手したドワーフ族の戦士は、その魔石1個だけで一生遊んで暮らせるほどの報酬を得たと言われている。


 巨大地下ダンジョンを有する国には一攫千金を夢見る若者たちが大勢詰めかけ、毎日絶えることなく魔石が産出されている。沢田も幼い頃はそんな冒険者に憧れて竹刀を振ったり、杖をかざして呪文を唱えたり、手製のゴム鉄砲で葉っぱを撃ったりして修行に励んだものだ。しかし沢田は人族の凡人。剣の才能も魔法の才能も狙撃手の才能もあるはずがない。冒険者の夢は高等小学校へ入る前にすっかりしぼんでしまった。


「この魔石文明はいつまで続くんだろうなあ」


 地下ダンジョンに生息するモンスターは無限ではない。未発見のダンジョンが存在するかもしれないが、たとえそうだとしても数には限りがある。となれば魔石はいつか採り尽くされてしまうだろう。そうなった時、この社会はどうなるのだろうか。代替エネルギーの研究はすでに始まっているがまだ規模は小さい。魔石の代用品にできるとはとても言えない状況だ。


「そう。だから魔石がなくなってエアコンが使えなくなっても困らないように、今のうちに暑さに慣れておけばいいんだよ。やはり沢田家の掟は正しかったのだ」


 そして今日も沢田は室温36℃の自室で大汗をかきながら午後7時が来るのを待っているのである。









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