8月18日

 これまでのあらすじ

 盆と正月の16日は地獄の釜の蓋が開いて閻魔様も獄卒たちも仕事を休んでのんびりする。沢田も実家でのんびりとおはぎを食べていたら、あの世から帰ってきた亡き祖母に結婚話を切り出されるのであった。


 * * *


「ばあちゃん。毎年同じ愚痴をこぼすのはやめてよ。それに最近では一生独身の男なんてそんなに珍しくないんだよ。ばあちゃんもいい加減に諦めてくれないかなあ」

「ああ、もう情けないねえ。おじいさんからも何か言ってやってくださいよ」

「ばあちゃん、何度も言っているでしょ。ボクにはじいちゃんが見えないんだよ」


 帰ってくる死者を認識できるのは死者に対して親密な思い出を持っている者だけだ。沢田が物心つく前に祖父は亡くなってしまったので沢田には祖父の記憶がない。それゆえこの世に帰ってきた祖父を認識できないのだ。


「ああそうだったねえ。でもだからこそ口を酸っぱくして言っているんだよ。嫁をもらって子を作れって。子どもにおまえの思い出を持たせなきゃ死者の国で長生きできないよ」

「それはわかっているけどさ」


 死者の国へ行った死者は永遠に存在できるわけではない。死者に対して親密な思い出を持った者がこの世からひとりもいなくなった時、その死者は死者の国からも消滅する。完全に成仏するのだ。

 沢田には知人がほとんどいない。いたとしても単なる顔見知りというだけで親密な思い出を持った者など皆無と言ってよいだろう。いとこはいるが全員自分より年上だ。

 親族が全て亡くなった後に死を迎えれば、この世に沢田の思い出を持った者はひとりもいなくなる。そうなれば死者の国へ行くことすらできず即座に成仏である。


「それに子を作ることはおまえの両親のためでもあるんだよ。孫ができれば思い出を持つ者が増えて死者の国でも長生きできるようになるんだから」

「その通り。あたしたちが元気なうちに孫の顔を見せなさい」


 いつの間にか沢田の母親まで話に加わっていた。さらに父親も来て沢田家3代のお喋りが始まった。しかし沢田だけは祖父の姿も声も認識できないので今一つ話の輪に入れない。輪に入れなければ口数が減る。酒を飲み始める。やがて寝てしまった。


「ほら、いつまで寝ているんだい。じいちゃんとばあちゃんが帰るよ」


 気が付けばもう夜だ。今日はお盆最終日。盆提灯に送り火が灯されている。


「また来年も来るからね。その時までに嫁をもらって子を作っておくんだよ」

「善処します」


 とは言ったがこれは社交辞令というものであって本心ではない。すでに一生独身の覚悟はできている。


「それじゃおじいさん、行きましょうか」


 巨大化したナスの精霊牛が祖母を乗せてゆっくりと空へ昇っていく。祖母と一緒に祖父も乗っているのだろうが沢田には見えない。


「死者の国か。きっと平和なんだろうなあ」


 国境はなく貧富の差もなく病気も老いもない。まさしく理想郷であるがだからと言って幸福であるとは限るまい。どんなことでもゴールに至るまでが楽しいのだ。人生のゴールを終えた後にやってくるのはただ空しさだけのような気がする。結婚にしてもまた同じことだろう。上空に消えていく精霊牛を眺めながら沢田はそんなことを思っていた。








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