8月17日


 沢田の住む世界には死者の国がある。死んだ者のほとんどはその国へ行く。ほとんどであって全員でないのは、その国へ行けない死者もいるからだ。例えば魔族に殺された者はほぼ全員が死者の国へ行けない。魔族は肉体を破壊した後で霊体を捕食するか破壊してしまうからだ。


 死者の国の死者は年に一度この世に帰ってくる。帰ってくる時期は種族や国によって違う。沢田の住むヤーパン帝国では8月の中旬頃で、その時期はお盆と呼ばれている。西欧諸国や新大陸国では10月の下旬でハロインと呼ばれている。

 種族や国によって時期が異なっているのは、同じ日に一斉に死者が帰ってくると世界が大混雑するからではないかと考えられている。各部署ごとにお昼の休憩時間をずらして食堂の混雑を緩和するのと同じだと思っていただければよい。


「こら、それはお供え物のおはぎだろ。何を勝手に食べているんだい」


 終戦記念日に過去の歴史を振り返りながらお盆のおはぎを食べていた沢田に話し掛けてきたのは数年前に亡くなった祖母である。ヤーパン国では終戦記念日までの数日間がお盆の時期になっているので、ちょうど今、死者の国から帰ってきているのだ。


「でもばあちゃんは食べられないし、お盆が終わればボクが食べるでしょ。だったら今食べたっていいんじゃないの」


 この世に帰ってきた亡き祖母に実体はない。声は聞こえるし姿は見えるが触れることはできない。もちろん食事もできない。立体映像を相手にしているような感じだ。


 さりとて実体を持たせる手段がないわけではない。死霊使いに依頼するのだ。まずは依り代を用意する。ほとんどの場合、生前の本人の姿と瓜二つな依り代を用意するのだが、キャットとかペンギンのような愛玩動物の姿を依り代として用意する変人もいる。

 その依り代と手数料を持参して死霊使いにお願いし、術を使って帰ってきた霊体を憑依させる。たまに失敗するものの首尾よく成功すれば、生きている者と遜色ない行動を取らせることができる。


 ただし実体化が許されているのは死者が帰ってきている間だけに限定されている。全世界魔術協会の取り決めによって、依り代を用いて死者を蘇らせる行為は基本的に禁じられており、お盆やハロインは特例として認められているに過ぎないのだ。

 それゆえお盆やハロインが終了すれば速やかに憑依を解き、死者の国へ送り帰さなければならない。違反が発覚した場合は直ちに死者の霊体は破壊され、この世からも死者の国からも完全に消し去られてしまう。


 昔はどうだったか知らないが、現在、死者の実体化を利用する者はほとんどいない。利用料が年々高騰して今では家一軒購入できるくらいの高額になってしまったからだ。それに霊体のままでも見たり話したりできるし、実体化していられるのは数日だけなので、沢田家のような一般庶民が利用することはほとんどない。


 平然とおはぎを食べ続ける沢田に愛想をつかしながら亡き祖母は深くため息をついた。


「はあ~やれやれ、相変わらず口の減らない子だねえ。そんな有り様だから嫁が来てくれないんだよ」


 またその話か、と沢田は思った。ここ数年、この世に帰ってくるたびに同じ話を聞かされるので耳にタコができてしまった。ちなみに毎日文章を書いていても沢田の指にタコはできていない。ペンではなくキーボード入力で文章を書いているからだ。その代わり手首は疲れる。スマホでも過度に使用しているとスマホ指になったりスマホダコができたりするようだ。何事もほどほどが一番である。


 つづく









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