8月13日

 沢田の世界で絶賛開催中だったスポーツの祭典ゴリンピックは、17日間の熱闘を終えて閉幕した。今でこそ選手の名誉だけが重んじられる大会であるが、100年ほど前は全く違っていたらしい。国家の介入が無視できないほど大きかったのだ。

 選手の出身国や種族は確実に明示され、開会式の入場行進は国別。表彰式では国旗掲揚、国歌演奏。大会期間中は国別のメダル数なども発表され、それを見た国民が一喜一憂し、メダリストには国から報奨金も与えられたりした。選手たちは自分のためではなく国家のために戦っているように見えた。


 やがてそんな状況に異を唱える者が現れた。名誉は選手個人だけのものであって国家のものではない。もっと自由に参加できてもよいのではないか、と。

 この意見は採用され大規模な改革が行われた。それまでは持ち回りだった開催国はゴリンピアに固定された。世界50カ所に1次予選会場が設けられ、住んでいる地域や自分の技量に関係なく、国や団体の推薦や選考なども要らず、誰でも自由に好きな場所で予選に参加できるようになった。1次予選を勝ち抜いた者は世界10カ所に設けられた2次予選へ進み、そこを勝ち抜いた者がゴリンピアで開かれる本戦に参加できるのだ。


 競技の大幅な変更も行われた。これまでは全ての競技が種族別に行われていたのだが、この区別を撤廃し全種族でひとつの種目を競わせるようにした。階級別、体重別、性別といった区別も廃止された。ドワーフかエルフか、男か女か、長身か短身か、重量級か軽量級かといった違いは一切関係なくなった。団体競技のチームは選手全員が異なる種族、性別でも構わない。参加した選手の中で誰が一番速いのか、誰が一番強いのか、誰が一番凄腕なのか、単純にそれだけを競うのである。


「今回は謎の選手が多かったなあ」


 選手は自分の素性を明かす必要はない。性別も年齢も不詳のままで構わないし本名ではなく偽名で登録してもよい。中には全身黒づくめで仮面を被り、性別だけでなく種族さえもわからぬまま競技に参加する者もいる。そしてそんな謎めいた選手はほとんどの場合とんでもなく強かったりするので、きっとSランクの冒険者に違いない、ひょっとすると数十年前に引退したエルフ族の勇者なのではないかと噂が立ったりするが、真相が明かされることはない。


 さりとて好成績を収める選手の半数は養成所の生徒たちである。どんなに優れた原石でも磨かなければただの石ころだ。幼少時に何らかの才能があると認められた者は世界15カ所に設けられた養成所で能力に見合った教育を施される。その中から選抜された生徒たちがゴリンピックに出場する。ただしその場合でも開示される情報はどこの養成所の出身かという1点だけだ。自分に関してそれ以外の情報を明かす必要はない。

 もちろんそれは必要がないというだけで明かしてはいけないということではない。自分が何者かを大々的に宣伝して郷里から応援団を呼び寄せ、金メダルを獲得した暁には故郷に凱旋。飛躍的に向上した知名度を利用して宮廷指南役に抜擢される者もいたりする。それもまたひとつのゴリンピックの利用の仕方であろう。


「ああ、今回の大会も楽しかったな」


 性別も種族も出身地もわからなければ全ての選手たちを分け隔てなく応援し感動できる。記憶に残るのは国別のメダル数ではない、選手たちが繰り広げてくれる熱く華やかなプレー、歓喜と痛恨の涙、全てが終わった後の晴れやかな表情、ただそれだけが心の中にいつまでも残り続けるのだ。








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