8月12日

 沢田の作品は読まれない。その理由は沢田自身もよくわかっている。読者の望む作品を書いていないからだ。

 一番人気はやはり異世界モノだろう。小説だけでなくアニメも漫画もゲームもこのジャンルは人気が高い。

 底辺作家の沢田のように何の取柄もない主人公が、魔法もダンジョンもレベルという概念も存在しない異世界へ転生し、チートな能力で無双しながら多くの美女に囲まれて悠々自適の人生を送る、なんて話が王道であろうか。

 転生先としては、沢田たちの世界で最も特徴のない種族であるひと族だけで構成された世界が好まれているようだ。沢田も人族であるのでそんな人族だけの異世界に行けたらなら、今よりもう少しはマシな自分になれるかな、と思わないでもない。


「だけど、ボクが書きたいのはそんな話じゃないんだ」


 沢田は基本的に強者が嫌いである。よって主人公は弱い。弱いまま始まって弱いまま終わる。

 モテるヤツも嫌いである。よって主人公はモテない。「年齢=恋人いない歴」のまま終わる。

 そんな状況にもかかわらずハッピーエンドを迎えさせるのはかなり難しいのであるが、それをやり遂げた時の達成感は一升酒をラッパ飲みした時の酩酊感を軽く凌駕する。

 さりとてそんな難易度が高い話は滅多に書けないので、ほとんどの作品がバッドエンドだ。これが沢田の作品が誰からも読まれず、それゆえに1年間書き続けても500リワードすら稼げない大きな要因だ。


「だったら読まれる話を書けばいいだけのことだろう」


 と人は言うだろう。しかし沢田はこれを拒絶する。なぜならヨムカクへの投稿はあくまでも趣味の世界だからだ。趣味は自分を楽しませるために行うもの。売り上げ至上主義の商業作家ならいざ知らず、趣味で書いている無名の素人が、何が悲しくて他人を喜ばせるために自分の時間と脳みそを使わなくてはならないのか。

 いや、もちろん、


「PVと星とフォローをたくさん獲得してランキング1位になるのが私の趣味です」


 そんなユーザー様もいることだろう。それはそれで良い趣味だ。大いに頑張っていただきたい。沢田も心のうちではそんな奉仕の心に溢れた作者様たちを尊敬しているのである。


「良い小説と売れる小説は別だからなあ」


 それは沢田がいつも感じていることだ。例えば寿司。銘柄米のシャリ、極上のネタ、年季の入った職人が腕によりをかけて握った寿司。これは紛れもなく良い寿司だが、値段が1貫10万円ではほとんど売れないだろう。消費者のニーズに合っていないからだ。消費者が求めているのは少々質が悪くてもお安いシャリとネタで大量生産される100円寿司なのである。

 独創的な表現、斬新なプロット、奇想天外なラスト。思わずため息をついてしまうような見事な小説であっても、読者の嗜好に合わなければ見向きもされない。言うまでもなく編集者も見向きもしない。プロの作家になる条件は良い小説を書くことではなく売れる小説を書くことなのだ。


「やっぱり趣味の範囲で書くのが一番だよなあ」


 などとつぶやきながら、今日も沢田はまったく読まれない文章を入力し続けている。












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