8月10日

 夏の真昼。省エネのためにエアコンを停止し送風機だけが働いている室温36℃の蒸し暑い自室で、汗をかきながら今日の日記を書いていた沢田はふと思った。今回のキャンペーンのご褒美である500リワードにどれほどの価値があるのだろうかと。


「500か。まあ1年間どんなに頑張っても稼げない額だよな」


 リワードは作品閲覧数に応じて毎月分配される。つまり自分の作品が多くのユーザーに読まれるほど貰えるリワードも多くなるわけだ。

 だが自他ともに認める底辺作家の沢田は、新作を書いたところで滅多に読まれることはない。作品のPV数1桁は当たり前。公開から数カ月経っても閲覧数0のままの作品も多数ある。

 最近はYACの皆勤賞のおかげで300は確実に稼げるが、それでも1年間に獲得できるリワードはせいぜい400程度だ。換金できるのは500リワードから。そしてリワードの有効期限は1年。1年経っても500に到達しなければ稼いだリワードは空しく闇に葬られていくのである。


「今回のキャンペーンで500手に入れば、有効期限切れで消滅するリワードを救うことができる。それを考えれば500以上の価値がある報酬じゃないか」


 と沢田は自分に言い聞かせた。言い聞かせてはみたが何となくスッキリしない。沢田は冷静に考えてみることにした。

 冷静に考えるまでもなく500リワードの価値は500円でしかない。期限切れから救済できるリワードだってせいぜい数百円といったところ。23日間頑張っても1000円以下の報酬である。

 ではそれを得るための労力はどれほどのものだろう。エピソードの文字数に制限はないが、さすがに「オレオ」の3文字だけを投稿し続けるようなみっともない真似はしたくなかった。最低でも1エピソード1000文字は書こうと沢田は決めていた。

 考えをまとめ、文字を入力し、見直し、校正などを行って予約投稿が完了するまでにだいたい1時間かかる。23回だと23時間。その報酬が1000円以下。時給に換算すれば約40円。明らかに最低賃金を下回っている。しかも3000リワードに到達しなければ、支給されるのは現金や魔石ではなく一企業でしか使用できないギフト券だ。使い勝手が悪すぎる。


「ふっ、予想通りのおバカな労働じゃないか。時給40円でギフト券しか貰えない仕事なんて幼稚園児でもやらないだろう。だけどこれは労働じゃない。趣味なんだ。金と時間を惜しみなく注ぎ込まなくちゃ趣味は楽しめないだろう」


 初期のヨムカクにはリワードというシステムはなかった。1年かけて100万字の小説を書いたところで何の見返りもなかった。それでもユーザーたちは書き続けた。その原動力は報酬以外の何かなのだ。趣味の世界とは実に奥深いものである。


「それにこのキャンペーンがなければ自堕落な8月になっていただろうからなあ」


 沢田は基本的に怠惰だ。休日は酒を飲みながらユンチューブのあほあほな動画を眺めるか、寝るか、食うかして過ごし、気が向けばヨムカク活動をちょっとだけして1日を終える。今回のキャンペーンがなければ36℃の自室で汗をかきながら文字を入力するなどという行為に及ぶことは決してなかったことだろう。無駄に消費するだけの時間を生産的な時間に変えてくれたのだから、むしろこちらから運営にリワードを支払いたいくらいだ、と沢田は思った。


「よし、この調子で残りの日記も頑張るぞ!」


 沢田の楽闘はまだ始まったばかりである。









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