8-2

 未の刻。


 はっきりさせておかないといけないことがある。


「ラスクが不死鳥だって知って襲ったのか?」


 軽度の火傷を負った神官タイズは、女々しくも酷く怯え切っている。火傷により足に灼熱感があるらしく、ときどきびくっと片足を跳ね上げる。タイズは炎天下でも天幕に入らずに片足で突っ立っている。


「まだびびってるのか」


「お、お前は先の戦争を知らないから。そんな呑気なんだ」


 ワトリーニ隊長以外にも、飛行気球に見覚えがあるのだろうか。


「ニンゲンとの戦争のとき、お前まだ赤ちゃんなんじゃ?」


 年齢を聞いたわけではないが、三十代だと仮定すると戦争終結前後ぐらいに生まれていそうだ。


「五歳だった。いや、そんな話はどうでもいい」


 野営地から王都に戻る者がぽつぽつ見えた。まだ焦げ臭い王都にも足を踏み入れることができるようになったのだ。とはいえ、石垣が崩れ落ちる危険があった道もあるらしい。国民の関心は王様の葬儀にあるようだ。国王は日の高いうちに半壊の大塔へ運び込まれ、太陽神の御許へ旅立ったと報告される。夜には星の見える王家の墓に埋められるそうだ。一連の儀式で神官タイズが忙しくならないうちに、アレガはどうしても聞いておきたかった。


「どうでもよくない。日陰に入らないのは、俺が日陰に入っているからか」


「ああ、ニンゲンは汗を掻いて臭い」


 酷い言われようだ。半鳥人だって小便は臭いものだろう。


「不死鳥について知りたいんだ。ニンゲンが狙う理由が知りたい。お前がラスクを狙っていたことも関係あるんだろ」


 軽症者たちが、焚火を始めた。どんぐりを燻るいい匂いがする。王都の住民は食物をそのまま口にせず、焼いたり煮たりして手間をかけた食材を提供するのだとか。一番最初に口にするのは身分の高い者だという。神官らが焼けたどんぐりに群がる。タイズもその群れに入りたそうにしている。


「ほかの神官は俺にびびってるけど、どんぐりを食べるためなら俺の横でも通るぞ」


 タイズがニンゲンに抱く嫌悪感は相当なものだ。


「僕は国王に従ったまで。おそらくカラスの中に不死鳥がいるだろうとは思っていたが。不死鳥の調査は一任されていたんだ。同族狩りには反対だったが。でも、国王は王都の住民でない野蛮な村の半鳥人はその限りではないと濁した」


 王様が死んでよかったとアレガは正直に思う。王都ステラバは王都以外の町や村に対して横暴なようだ。よくそれで一つの国として成り立っているなとアレガはため息をつく。まぁ、答えは簡単だ――。国土が広すぎるのだ。密林の面積も然り。エラ王国は密林によって集落ごとに分断され、それぞれが独自の暮らしを営む。法はそれぞれの村の自治に依るところが大きく、集落同士の接触も少ない。それが、お互いを守るために必要だったのかもしれないが、ニンゲンに対しては得策ではなかった。ニンゲンが一方的に攻めて来ることをエラ国は想定していなかった。


 きっと先の戦争もニンゲンと半鳥人の接触時に問題があったのだろう。お互いが恐怖し、お互いが相手を化け物だと認識するような事態が起きたのだ。


「それで、カラスが不死鳥なのはなんでだ」


「歴史をニンゲンに教えるなど」


 急にかしこまったタイズは鼻で笑って天幕内に入ってきた。謎の自信を取り戻し、どんぐりを食べに行く。アレガは睨みを利かせたが、反ってタイズは調子に乗る。


「みな聞け。ニンゲンの悪事を忘れたか? 三十年来に悪夢をぶり返すことになったのは、どうしてだと思う? ここに一匹、鳥の真似をして入り込んでいるニンゲンがいるからじゃないのか」


 発作的に興奮した調子で、神官らを扇動する。


「待てよ。俺は争うつもりはない。半鳥人に育てられた」


「ニンゲンが育てられたのは蛮族の蔓延る密林でだ。女盗賊団赤鴉に所属している。盗賊団というだけでも死に値するのに、僕らはここに留めてやっている。それを感謝も忘れて僕にあれやこれやと尋問する」


 ほかの神官がどんぐりを投げてきた。アレガは腹が立ったのでそれを口で捉えて食ってやる。ちょっとした笑いが後ろの住民の間で起こる。タイズは苛立つ。


「は、ふざけるな」


「ふざけてるのはどっちだ。敵は飛行気球に乗ってきたニンゲンだ! 俺はあれの乗り方は知らない。あいつらの仲間じゃない」


 タイズは頬を引きつらせて、無理やりに浮ついた笑みを作った。


「ニンゲンは半鳥人を殺して回る。昔も今も変わりはしない。捕らえられた半鳥人は拷問され、羽根を毟り取られる。奴は、鳥は服であると喧伝するんだ」


 タイズの声音に憎悪が混じり、アレガは違和感を覚える。どこかで聞いた内容だ。


「お前、まさかあのシロハヤブサのドレスを着たニンゲンを知ってるのか」


 タイズの顔にしまったと書いている。こいつは、襲ってきたニンゲンの主犯格を知っていて、自分一人を追放しようとしたのだ。


「ファルスを知ってるんだな。異性装の貴公子だ。ニンゲンの中で目立つもんな」


 知らないだの、なんの話だと呟くタイズ。アレガはタイズの焼け焦げた襟首をつかんで、王都付近の川を目指す。日中、この時間の水汲みは命に係わるほどの暑さとあって、人気は少ない。半鳥人は汗を搔かないが暑さを感じないわけじゃない。


「本当のことを話せ。ニンゲンがエラ国に現れることは今までなかったんだろ? 俺みたいなのは別として」


「何が別だ。お前も存在してるんだ。いつかは、ニンゲンが攻めて来るんじゃないかって思っていた。ただ、口にしたら実現するかもしれないだろう。太陽神は空に近い生き物である我ら半鳥人だけに『飛行』させたいわけじゃなかった。分かるか? 僕らが毎日祈るのはみな、太陽に憧れてるからだ。生まれる子共らの翼は年々小さくなっている。半鳥人は退化していずれニンゲンになってしまう。そんな馬鹿なことが信じられるか?」


 アレガは目を丸くするばかりだ。半鳥人は不死鳥の子孫であるが、どうしてニンゲンと結びつくのか。


「ニンゲンが怖いんだな」


「怖い? 翼を失うのが怖い。誰もがそうだ。ニンゲンは元々翼を有していないからそんな呑気なことが言えるんだ。ニンゲンは強欲な生き物だから、様々なものを作り出した。奴らのように劣等感丸出しの生き物はいない。あのような空飛ぶ兵器を発明したのが強欲でなくてなんだと言う?」


 飛行気球の凄まじさは身に染みたが、そこまで賞賛するようなものでもない気がしてきた。アレガも飛びたいという願望を強く持つからだ。そうかと自覚する。ニンゲンは空を飛びたい生き物なんだと。ないものは自分の力で得る。飛べないのなら飛べるための乗り物を作る。それがニンゲンなんだと。


 川が見えてくる。アレガはタイズに川のせせらぎを見るように促した。隣に並ぶ。タイズは顔を顰め、水面でアレガを睨んでいる。水面のアレガはタイズと自分の顔を交互に指差す。


「髪の色はお前が水色。で、俺の前髪は黒と白、横髪は赤。二人とも派手だ。でも、これ実は俺の地毛の色じゃなくて染粉で染めてるんだ。俺も鳥だから」


「は? 誰が鳥だと言うのか。ニンゲンは着飾って誤魔化す」


「でも俺、上は裸だし。お前らこそチュニックとか王国旅団なら制服を着てるし」


「つまりこう言いたいのか? 僕と貴様の細々とした違いは、種族の差異によるものではないと?」


「そう。少しの工夫で望んだ容姿に近づけるんだ。望んだものになろうとすることは悪いことじゃないだろ。俺はニンゲンだけど、半鳥人として育てられた。その後はずっと盗賊団にいる。だけど、今望んでいることは半鳥人として、ニンゲンと戦いたいんだ」


 タイズは水面に映る自身のアレガを子馬鹿にした笑みを引っ込める。


「貴様がその気でも、王都ステラバは受け入れてくれないだろうな」


「今すぐとは言わないし、全員に理解されるとも思ってない。そうだ、先に謝らないとな。俺もあのとき一枚板橇で襲って悪かった」


「ふん。僕が同族狩りの件を謝罪するとでも思ったのか。間抜けなニンゲンめ」


「大丈夫。その件は許してないから。だから、まずニンゲンだから敵対してるんじゃないってことを伝えに来た。俺は赤鴉としてお前と敵対する。不死鳥のことについて教えろ」


「いだだだだ!」


 タイズの耳をつねるとすぐに降参した。神官は口先だけで生きているようだ。


 言うには、半鳥人は退化の一途を辿ると思われていたが、ときどき先祖返りをする個人がいるという。それがラスクだ。カラスの半鳥人に多くみられる可能性があるとつきとめたのはニンゲンらしい。


 タイズは火傷が痛むのか、太陽を仰いで水に入ろうと言い出した。タイズはチュニックを脱ぎ捨てズボンはそのままで川に浸かる。アレガは焦げたマントがこれ以上傷まないよう、川辺で岩に挟んで置いた。


 タイズは湯浴みでもするように真剣な顔で川に浸かっている。


「はっきり言って、ニンゲンは僕ら半鳥人よりも不死鳥に詳しい。僕らは太陽神に長生きしたいとは願わないだろう? 太陽が昇り夜には星が昇るこの循環がある限り、亡くなっても復活できるからな」


 半鳥人は死に対して悲観に暮れながらも他者に命を奪われるのでなければ、悔しいとは思わない。病死の場合、病気と闘った当人を賞賛する。寿命とは健康でいられる年数だ。寝たきりになれば、太陽に感謝し、夜にはまた太陽を望むことができるよう先祖の星を数えて床にす。


 健康な者は太陽神に病気の者に長生きして欲しいとは祈らない。ただ、良くなって欲しいと願う。苦痛のないようにと祈る。命を長引かせることより、苦痛を取り払いたまえと祈祷する。


 アレガは川に飛び込んで飛沫を上げる。水が肌を滑っていく。急流だ。タイズがじっとしていられることに驚く。流されまいと手足をばたつかせていると、真剣に聞けと怒鳴られた。


「どうしてそんなに落ち着いてられるんだよ」


「ふっ。日々の修行の賜物だからな」


「川で過ごすのが?」


「ほかに断食もする。飢饉のときに飢えないために、日ごろから訓練している」


「王国旅団だってそんなことしてないだろ」


 アレガが言うと、タイズは苦笑する。


「以前は、僕も王国旅団にいた。ニンゲンを倒したかったからだ。なのに、エラ王国はニンゲンに勝った途端、ニンゲンの存在そのものを否定した」


「どうして」


「我々と違うからに決まってるいだろう」


「それだけ?」


「ほかに何がある? 国の意思は小さな子供が抱く程度の嫌悪感から決定されることもある。なんとなく相手が嫌いだという感情ほど、大きく増幅して物事を動かす。貴様だってあるだろう。貴様はまだ個に向けて感情を振りかざす小物のようだな」


「え、小物だって? 俺は赤鴉だ」


「ほら、むきになった」


 タイズは頭まで水に沈んで、それから陸に上がる。


「ニンゲンの長は奸雄かんゆうだ。僕も騙されたほどだ。お互いの利益のために不死鳥を探したが、王都を破壊するなど聞いてはいなかった」


「なあ、お前はどうして不死鳥が欲しいんだよ」


 タイズの顔にぴしりと癇癪筋が走る。


「ニンゲンに拷問されたからだ。死に直面した。僕は今を生きる半鳥人と同じような価値観を持っていない。ニンゲンに接して沸き起こったのは、生きたいっていう願望と、これを生き抜いたらもっと長生きしたいっていう欲求だ」


 戦争がタイズにもたらした傷は相当深いもののようだ。


「お前より年配の半鳥人も、長生きしたいって思ってるのかもな。もし、そうならそのうち、みんな不死鳥になりたくなるんじゃ」


「だから、不死鳥探しをさせないために、不死鳥の血を引くであろうカラスの半鳥人を差別するよう仕向けた。国がやったとは言えないから、そうなるように群衆に口伝えによくない噂を広げたんだ。まさか、国王も密林の村々にそこだけは伝達しているとは思わなかったようだが」


 国は人々の嫌な思いの集合体から形成されているのかとアレガは思う。誰かを忌み嫌う気持ちが膨れ上がり、大勢が同じ感情を無意識に共有する――。なら、王都ステラバではなく赤鴉の中で同じ価値観を持てるようになりたいと強く思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る