6-2

 赤鴉壊滅の現場はそのままだった。生い茂る竹林と、あちこちで倒れている遺体。料理長イチイチ、雪知らずのシマエナガことエナガ、それから三つ子の三人。血で汚れ、打撲で肌は青黒くなっている。ラスク奪還のため、ウロの埋葬を優先するのが全員の意見が一致したところだ。ハエがすでに群れており、遺体は腐りはじめている。全員を埋める時間はなかった。


「みんなわがままな連中だけどさ、自分を先に埋葬しろって言うわけない。お頭様を先に埋めてくれって言うさ」


 オオアギが言うなり、ウロの亡骸の前で雛のように泣きじゃくっている嗜虐医の背中をさすりに行った。


 身体中のものが外に飛び出してもおかしくないほど肉体を穿たれたウロの遺体は、死してなお高慢で美しかった。死に濡れていた。血色のない青い頬に朝露が霧を吹きかけたように芽生え、四肢は柔軟に投げ出されていたが、触れると水に濡れた石のように硬かった。いつも身に着けていた太刀はオオアギと泣きっぱなしの嗜虐医がもめにもめて、腕力で嗜虐医がぶんどった。ほかに、ウロの巾着袋から鍵が出て来た。石を削ってできた四角い板状の鍵だ。これも嗜虐医が使い道も分からないが自身の腰袋に仕舞いこんだ。ウロの太刀を腰にく頃には嗜虐医も涙を塞き止めた。巨魁きょかいウロの亡骸を土葬にすべくで穴を掘りはじめる。足を怪我したことなかれ主義者以外で順番に掘る。


 黙々と掘り進めているうち、悲し気な旋律の歌をことなかれ主義者シビコが歌いはじめた。


   バニラの花を水分の抜けた手で集めて

   南十字星にかざして桶に入れて

   吹き荒ぶ砂嵐が来る前には

   お眠りなさい身体を休めて


 アレガの全身の毛が逆立つ。マントさえ毛羽立ったように感じた。


 母ペレカがおどけて歌ったときもあれば、しっとりと優しく歌うこともあった。ウロの葬儀で誰かが歌うなんて、皮肉でしかない。ウロの死相は歯を食いしばったのか、ほうれい線が浮き出ており、決して安らかであるとは言えない。


 胴はすっかり土に埋もれて残すところ顔だけだ。


 シルバルテ村に伝わる子守歌をなぜ知っているのか。ことなかれ主義者は、そもそも娯楽を好まない。歌を歌ったことすらない。それが、痛々し気な甲高い声で約束を言いちぎるような決意の漲る声で歌うので、驚いたオオアギは顎をさらに痛めた。


 葬儀で歌うとはどういうことだろうかと、アレガは打ち震える。


「シビコ。それって子守歌だろ。どうしてこの場で歌うんだ」


 ことなかれ主義者は晴天の彼方に星が見えるとばかりに空を仰ぐ。


「星の歌よ。古典みたいなもの。エラ国の神官は文化史を学ぶときに教えられる。ワルミン川流域の村々ではときどき子守歌にしているみたいだけど。子供を寝かしつける歌じゃないのにね」


「なんでそんなに詳しいんだよ」


 ことなかれ主義者は肩を竦める。


「私、昔エラ国の神官だった」


 アレガより早く嗜虐医が食ってかかった。


「ちょっとシビコ! 赤鴉に隠しごとはなしだよ! お前赤鴉に十年もいて、黙ってたのかい? ウロ様は知ってたのか?」


 ことなかれ主義者は頷く。


「ウロ様には知らせてたわよ。困っている女は助ける、そういう人だったでしょ?」


 嗜虐医はそれでも許さんというような険しい表情を作る。わざとだった。赤鴉の構成員は男から逃げ出した女であったりするが、ことなかれ主義者に至っては無口なので、そういう被害は受けていないとアレガは今まで思っていた。


「私は神官から性的な暴力を受けたの。神官見習いから司祭にまで上り詰めたときに。神官様は男ばかりだったから、女の私に嫉妬もあったんでしょうね。でも、それで逃げ出すと神にお仕えすることはできないと咎められた。私は助けてくれない神など、神ではないと思って逃げ出したわ」


 ことなかれ主義者はほろりと笑顔をこぼす。


「苦難の時期はとうに過ぎたわ。今では神官に恨みもない。だから私が学んだ星の歌は遺産みたいなものね。死者に送ることもできる希望の歌よ。不死鳥の再生の歌だから」


 オオアギが珍しく学のあるようなことを口走る。


「桶は棺桶のことだろ?」


 はっと、ことなかれ主義者は勢いづいて頷く。


「そうよ。この歌はただ暗記させられたわけじゃないもの。神官はこの歌から不老不死を導き出そうとしていた」


 話の飛躍にアレガはついていけない。神官はワルミン川流域の部族の信じる複数の聖物をただ一つの教会という建物で崇める。同じものを信じているのに、神官には形式や形としての聖なるものを必要とした。太陽神ンティラを屋内で崇めるなんて変な話だ。太陽神ンティラは自然そのものなのに。


 嗜虐医がくつくつ喉を鳴らす。


「神官は学び舎で子守歌を学んでるって? こりゃ傑作だね! あたしらでも練習すればすぐ歌えるさ」


「よく聞いてよ。ニンゲンの目的はなんだった? 不死鳥を探していたでしょ? 神官ももしかしたら……」


 アレガは純粋にことなかれ主義者に質問する。


「なんで子守歌が不老不死や不死鳥に関係するんだよ」


 また、オオアギが叫ぶ。


「あ! あっし分かっちまったかも。後半の歌詞だけどさ、『土を練っては器を造り。おやすみなさい永遠を誓って』ってあるじゃん。あれって、埴輪だよな。つまり半鳥人の身体を表すんだ。で、おやすみって言うんだけど、また生き返る。半鳥人の中に不死鳥はいるんだ」


 ことなかれ主義者はしぶしぶ頷く。


 オオアギがウロに最後の土を盛っていく。血の気の失せた壮絶な相貌は赤土に消える。ラスクが見たら涙を堪えて、歯噛みして唇から血が滲むかもしれない。


「じゃあバニラは?」


 アレガの問いを嗜虐医が小馬鹿にする。


「バニラの花言葉は『永久不滅』だ。馬鹿」


「花言葉なんか知るかよ」


「森で生きてんなら知っとけって。またウロ様に叱られたいのか?」と嗜虐医はウロの姿の見えなくなった盛土に、涙が乾いてかさかさになった腫れた瞼を向ける。


「じゃあ、歌が永遠不滅や不死を現わしてるんなら、どうしてそれが子守歌に変わったんだ」


 こほんと咳払いしたことなかれ主義者は、説教を垂れる。


「本来の意味が失われることはよくあることよ。不死鳥は私たちの母、そのまた母、そのまた母と千年以上も昔に生きて、三十年前の戦争以前には滅びていた。というより、退化して私たち半鳥人が生まれた。でも、生き物はときに先祖返りすることがあって、先祖と同じ能力を手にした子が生まれる」


 それがラスクだとでも言うのか。


 ことなかれ主義者は珍しく熱く語る。


「エラ国の神官は、もうこの歌のほとんどの意味を解き明かしているのよ。だけど、エラ国太陽神崇拝教団が内容を秘匿した。私は司祭まで上り詰めたから、歌の意味を知ることを許されたけど」


「道理でシビコはみんなより学があるんだな」


 これにはオオアギに石を投げられた。アレガはさっとかわす。ふざけている場合ではない。アレガが危惧するのはラスクの身だ。


「じゃあラスクが先祖返りしたってことで間違いないよな」


「ウロ様なら知っているはず……。オオアギは何か聞いていないの? 知らないって、あなた何か隠してるでしょ? 不死鳥は分からないって? まぁいいわ。不死の歌によれば、バニラの花とアロエが不死鳥となる鍵とされているの。南十字星が見え、砂嵐の起こる地域で儀式を行おうとするはずよ」


 ワルミン川流域のゴホンの密林が国土のほとんどを占めるエラ国に、砂嵐など起こる場所はない。アレガは子守歌に知らない地域が登場することを不思議に思っていた。砂嵐はエラ国内ではあり得ないのだ。


「じゃあ、砂嵐が起こる場所って?」


 ことなかれ主義者は肩を竦める。


「砂漠よ」


 オオアギがあっと一声上げ、南のリチチア国なら海岸砂漠があるなと呟く。嗜虐医も地理に詳しいらしく、顎をさすって考え込んだ。


「ひとまず、人手がいるね? ニンゲンどもは空飛ぶ芋虫に乗ってやってきたんだ。私らも跳べるとはいえ、砂漠で暮らせるようには生まれちゃいないよ」


 アレガは木彫りの飛行気球をポケットから取り出す。やはり、ニンゲンの乗って来た乗り物と寸分違わない。


「あれは、飛行気球だ」


 オオアギは特に驚かないが、ことなかれ主義者ははっとして頷く。


「やっぱり、アレガ。あなたは旧レイフィ国の出身なのね。あれに乗ってっきてやってきたのよきっと」


 嗜虐医はげらげら笑う。


「ウロ様のペットがニンゲンだってのは、分かってたんだ。みんな、言わないように口止めされてただけさ。にしても、シルバルテ村の連中はどうしてニンゲンなんか拾って育ててたのかね?」


「なんでもいい、リチチア国へ行くぞ」


「また、あのクソな村のことになるとすぐ怒りやがって」


「カーシー、まだ話すときではないわ」


「シビコ、お前はウロ様か? 違うだろ。この小僧に真実を告げてやれよ。赤鴉がシルバルテ村を襲ったのには理由がある。先にやばいことに手を出したのはあのいかれた祭りをするシルバルテ村だってな」


 嗜虐医が得意げにそう語るのでアレガは身を乗り出して嗜虐医につかみかかる。ところが、嗜虐医にあっさり足蹴にされた。手加減なく蹴られたので、胃液が喉までせり上がってきたのを、アレガは吐き気を堪えながら嚥下えんかする。


「ウロ様がいないから、手加減しなくてもいいね」


 いつもの嗜虐医の高慢さが戻ってきていた。


「手加減なんかいつもしてないくせに」


「シビコ、アレガに全部話しちまうからね? オオアギも黙って聞いときな」


 オオアギが血相を変えて反論する。


「アレガに真実を告げていいのは、ウロ様だけだ。ウロ様がすべての責任を負うとおっしゃったんだよ!」


「だから、そのウロ様がいないんじゃ、その取り決めも全部おじゃんだろうって言ってんのさ!」


 アレガがなんでもいいから聞かせろよと怒鳴りそうになったところ、オオアギがアレガを囲う。嗜虐医に聞こえないよう、アレガにだけ小声で話した。


「ウロ様の過去や赤鴉の戦歴を口承している爺さんがいる。嗜虐医が説明したんじゃ、嘘や誇張も混じってめちゃくちゃになるから、そいつに全部聞きに行こう」


 赤鴉がほかの共同対と深く関わることはない。アレガは密林をゆく行商人のことではないかと問うが、そうではないらしい。オオアギはアレガを見定め、少しばかり考えあぐねている。


「たぶん、お前には何言っても怒るような内容だと思う。それで、誰か殺したいって思うならそれはそれでいい。あっしを殺してもいい。でもな、嗜虐医は手強いからあいつには手を出すなよ」


「なんだよ、そんなことか」


 アレガは嗜虐医に手を出すつもりはない。だが、オオアギやウロに対して不信感を抱く内容の可能性を考える。一方的な武力で赤鴉の構成員となったアレガは、常に交戦する理由がある。憤りは常に持っていた。オオアギや力の及ばない嗜虐医にも対峙する必要が出てきたら、戦うこともあり得る。今は止めてくれるラスクもいない。


 鍵を握るのが会ったことのない爺さんというのが不安要素だ。偶然か、アレガが遭遇する男はすべて敵対組織だった。


 オオアギは嗜虐医を一瞥する。嗜虐医は状況を察したらしく、鼻を鳴らした。ことなかれ主義者はアレガに柔和な笑みを向けた。険のない顔は二十歳にも負けず劣らない。実年齢の五十歳には見えなかった。


「ウロ様の寝首をかきにくるあなたが嫌いだったけど、こうして時間を取って接してみるとアレガってかわいいのね」


「は? かわいいわけないだろ」


 アレガは鼻をぼりぼりかく。


「私もカーシーとここに残るわ。それに、残ったみんなもできる限り埋葬しないといけないしね」


 嗜虐医が肩を竦めた。


「シビコ、お前は穴を掘れるのかい? ほとんどやるのはあたしなんだからね」


「まだ少しは私も動けるのよ。足を固定してくれたおかげでね。とにかくアレガとオオアギは行ってきて。口伝えを聞いてアレガの気が変わらなかったら、ここで次の作戦を練りましょ。砂漠に行くにはエラ王国旅団の助けがないと厳しいから」

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