5-6

「来たのかい小童。鉄は簡単に斬れる素材じゃないって教えたはずだよ。隠れていた方が生き残れた確率は高かったね。まったく、いつになったら利口になるんだか」


「うっせーな。助けに来てやったんだからぶつぶつ言うなよ!」


 アレガはウロを無理にでも立たせる。寄りかかるウロ。強がりに反してだいぶまいっているようだ。頑丈な半鳥人をここまでよろつかせるとは、ニンゲンは拷問の加減ができないらしい。アレガがウロの着物をまさぐると、あばら骨が数本折れており、正常な位置にないことが分かった。


「アレガ。ふざけないでよくお聞き。あたしゃ、自分の命なんてどうでもいいんだ。大切なのは赤鴉を守ることだよ」


「言われなくても分かってるよ」


「いいや、お前みたいな愚鈍な小童は、自分の身を守るだけで精一杯だろう」


「ごちゃごちゃうるせえ!」


 アレガはウロを引き立てる。


 背後から細身の強面が棒状の筒を構える。急にウロにマントを引っつかまれ、アレガは引き倒された。


「なっ」


 立て続けに銃声が轟く。瞬間、アレガは雷が飛んでくると思って、目をきつく閉じる。


 ウロの歯茎から吐息が漏れる。ウロはアレガの前で両翼を広げて盾になっていた。


 ウロの眼光一閃。


 ひるんだニンゲンは、思い出したように慌てて筒に弾を込める。アレガは、弓のようにあれにも矢のようなものが必要であると瞬時に理解する。アレガはジャガー並みに跳梁する。ニンゲンがあっと口にしたときには、その筒を叩き落した。


 今度は槍でニンゲンの顎を突き上げる。脳天まで貫通する二股の穂。突端には脳髄の灰色の欠片も付着している。アレガはニンゲンを容赦なく殺してしまったことに、後悔はない。この男はウロを殺そうとした。


 筒状の棒はウロの翼と肩に二つの風穴を開けていた。


 アレガはニンゲンの武器の脅威に戦きながらも、これは雷そのものが発射されるわけではないと理解した。ウロに相当の怪我を負わせたことから、殺傷能力が高い武器だ。


「くそ。ババア。どうして俺なんかをかばったんだよ!」


「ハァ……ハァ…。ラスクを守らせるのに、お前みたいな無謀な奴が一人は必要なんだよ。ほら、あたしゃいいから、オオアギを解放してきな」


 ウロの言い分は一理ある。ウロの手枷には鍵がいる。両刃とはいえ槍では切断できない。オオアギは狂った男に木の棒で殴打され顎を砕かれている。


 二人で奇襲をかけたせいで場は混乱し、手当たり次第の暴行がはじまった。


「死んで下さい。ニンゲン!」


 ラスクが柄にもなく、物騒なことを言ってニンゲンを次々に短刀を投げつけて絶命させていく。異性装の貴公子はラスクを脅威と見るや、後方に下がってしまった。ラスクも深追いできいず手近な敵から倒そうと奔走する。


 アレガもオオアギを好き放題暴行している二人の男がいたので、一人を背後から槍で斬りつけた。ニンゲンの背がぱっくり裂けて、赤黒い血の中から背骨が剥き出た。悲鳴を上げる男。この程度で皮膚だけでなく骨も折れることにアレガは驚く。狂った男が苦し紛れに腕を伸ばしてアレガにつかみかかろうとしたのを見逃さず、アレガは槍で男の足を地面に突き刺す。


 狂った男は喚き散らした。アレガはニンゲンと対峙してみて、意外と強すぎるわけではないと実感した。だから卑怯な真似をするのかと思った。


 もしかすると、ニンゲンはエラ国に侵入できただけでも奇跡の生き物なのではないのか。カバにだってあっさり殺されそうな弱さだ。同時にアレガはこの生き物の弱さを恨んだ。赤鴉でのし上がれないのも、この生き物の性質が起因しているのかもしれない。


 アレガは首を振る。赤鴉でのし上がって何になるというのか。巨魁ウロ率いる赤鴉を滅ぼせるのなら、その方が魅力的だ。赤鴉は仕方なく入っているだけに過ぎないのに、そこでのし上がるなんてことを考えてどうすると唇を噛む。


「んぼさっとすんば……アレガ! あっじを助けろ! あっしなら、みんなを助けられる!」


 オオアギは顎から血を垂れ流してむせながら、シルクハットの学者風を蹴り飛ばしていた。アレガは素早く駆けつけオアギの縄を切ってやった。


「助がったありがとな」


 オオアギのどこにそんな活力が残っているのか、その痣のできたばかりの腕でシルクハットの学者風の頭部をかき抱き、頸部を捩じり折る。


「ちょっと、オオアオサギのハルピュイアさん?」


 オオアギが突然後方へ吹っ飛んだ。雷鳴。異性装の貴公子が手にしているのはあの筒状の棒によく似た小さい形式のものだ。異性装の貴公子は鞭の柄から小型銃を取り出していた。


「オオアギ姉さん!」


 ラスクが駆け寄ろうとしたら、足を容赦なく二発の乾いた発砲音が撃ち抜いた。ラスクが突然力を失って前に沈むように倒れた。アレガは血の気が引き、慌ててラスクの肩を支えた。オオアギの方は、上半身を起こすだけでも難儀している。脇腹に傷ができ、出血している。


「で、このかわいい娘さんはカラス。そうよね?」


 ラスクがきっと口を引き結んで睨みつける。アレガはラスクの傷の深さを触って確かめる。白い太ももにうっすらと血が走る。かすり傷だ。黒い鳥の足の脹脛には骨に石みたいなものが突き刺さっている。こちらは取り出さないとまずい。出血は少ないが。


 ラスクは痛みに負けず吼えた。


「よくもお母様と仲間を!」


 異性装の貴公子に槍が突き刺せる距離へと、アレガはにじり寄る。


「待って。あなた。ニンゲンでしょ? どうしてハルピュイアと暮らしているの? あんな野蛮な生き物と」


 アレガは野蛮と言われたことに腹が煮えくり返る。


「密林では自分で得たものを食う。大きな掟なんかない。どんな手段を使ってでも、生き抜く必要がある。それだけだ。お前こそ森に相応しくないぞ」


「当然じゃないかしら、あたしは森に住みたいわけじゃないもの。密林を焼き払って平地を作り、それから町を作るのよ。木の上じゃなくて地上にね。あなたは生きることに必死みたいだけれど、あなたがここで生きているってことは、あたしも密林を攻略できるものよ。ねえ、こっちへ来ない? ハルピュイアとあなたが違う生き物だってことぐらい気づいているでしょう? あなたはね、あたしと同じニンゲンなの」


「じゃあ、その服は? 半鳥人になりたいのか?」


「あなたも人の服のことなんて言えないでしょ? なりたいわけないじゃない。虫なんか食べて生きられないわ」


 流し目で見やる異性装の貴公子。


「俺のは翼だ。それに、虫は食べると血肉になって身体を作る」


「あらあら。マントじゃ飛べないでしょ。先に言っておくと、あたしは飛ぶつもりはないもの。羽根は着飾るものよ? 虫に関しても理解できないわ。ジャングルの外に出たことはあるのかしら? ニンゲンはね、食物をより美味しく食べられるように努力するのよ。ハルピュイアの暮らしぶりじゃ、調味料もかけていないんでしょ? ニンゲンの手により手間暇かけられた至高の料理は美味なのよ」


 この異性装の貴公子にとって羽根の重要性は、『美』の一点に集約されている。食に関してもか――?


 異性装の貴公子は細長い指先でドレスをつまみ、優雅に回って見せた。ニンゲンの求愛行動なのかとアレガは気難し気に睨みつける。


「怖い顔しないで。銀嶺のように美しいでしょ? あなたの赤い羽根も素敵よ」


 その妖艶な笑みにアレガは鳥肌が立つ。アカゲラの羽根をめつける視線が、貪欲な欲望で煌めいていた。


「母さんからもらった羽根だ。お前にやらないからな。だいたい、何者なんだよ」


 異性装の貴公子はわざとらしく驚いた表情を作る。


「そうだわ、ごめんなさい。まだ名乗ってなかったわ。ファルスよ。ファルコルスティコルスっていうシロハヤブサの学名からつけられたわ。本名はザカライア……。まあ、いいわ。あたしの名前までこの世界の半鳥人に奪われたんだから、ファルスで貫き通してやろうじゃないの。旧レイフィ国の元王子よ。いいえ、本来なら国王のはずよ。でも、あたしは女王様を名乗りたいの。生まれたときから王子になる宿命も辛いわ。なりたいのは、女の子なんだもの。だから、女でも統治できる世を作るわ」


 王子なのか国王なのか女王なのか分からないが、アレガは男のことをいつ突き殺そうかと逡巡する。しかし、同じ生き物だということがどうしても喉につっかえた骨みたいで、納得できない。


「レイフィ国ってなんだ?」


「あら、悲しいわ。あなたの故郷のはずよ? ニンゲンはレイフィ国にしかいなかったから。旧レイフィ国は寒冷地なのよ。昔は温帯と呼ばれていたわ。熱帯と砂漠しかないこの世界クミル・シャミで唯一の温帯域だから寒冷ってね。ちょっと涼しいいいところよ」


 アレガは逸る気持ちを抑えるため、深く息を吸う。レイフィ国に住んでいた? 位置すら不明のその国は、なぜか旧称で呼ばれる。今は存在しないのか。


 「じゃあ、簡単な質問にしましょうか。なぜあなたはニンゲンなのに鳥の格好をしないと生きていけないのか、考えたことはある? あたしは毎日床に就くときに考えているわよ」


 アレガは憤慨する。ニンゲンとは相いれない。


「それは、俺が鳥になりたいから」


「冗談でしょ?」


 異性装の貴公子こと、ファルスは鼻白む。


「鳥はニンゲンよりはっきり言って下等生物よ。服の素材にしかならないような奴らが跋扈しているこの世界が憎いわ。おかしいと思わないの? 本来ならニンゲンのレイフィ国が世界を支配していたっていうのに」


 アレガはニンゲンがこれほどまでに支配に貪欲で、半鳥人を僻んでいることに驚きを隠せない。槍を持つ手が震えた。妬むという点ではアレガもニンゲンの特徴を色濃く受け継いでいるのかもしれない。


「ねえ、悔しくないかしら? エラ国が本来はニンゲンの領国だったかもしれないって思ったら。木を切り倒せば土地が開けるのに、あななたちは大木を崇めて切り倒さない。邪魔な大岩に聖なる物と名前をつけて放置。危険な猛獣は返り討ちにするくせに、自らは狩らない。あたしならね、危険な猛獣はすべて革製品に変えてあげるわ。北の寒冷地のレイフィ国はそんな自然と共生する余裕はないのだから。この土地があたしのものだったら、あなたたちの妄信する御神木やらに供えた財宝さえ手にすることができるわ」


 アレガはファルスの熱意に半ば打ちのめされた。聖物ワカに黄金を捧げるとでも思っているのだろうか。いや、都市部ではそうだろうが、片田舎ではリャマの心臓を捧げることの方が多い。それでも、一度聖物に供えたものを別の誰かが所持するなどあってはならない。ニンゲンは原生林の中で生まれた樹齢千年の大木や、洞窟の瑠璃色の湧き水、赤鴉全員で囲んでも囲み切れないような巨石などに畏怖の念を抱かないのだろうか。


「あら、そちらのカラスの足」


 ファルスが物珍しそうに感嘆する。視線の先を追って見れば、ラスクの受けた傷は塞がっていた。皮下に埋まった異物はまだ摘出していないはずだ。ラスクはさっきまで痛みで顔を歪めていたが、今は信じられないと目を見開いている。そのうち、ぽろりと足首から丸いものが摘出された。脹脛に埋まった異物が足首まで移動して皮膚上に押し出されるなんてあり得ない。その丸い潰れた豆のようなものが矢じりのような役割をどうして果たせるのか、アレガもラスクにも見当がつかない。


 ファルスが半身になる。アレガはそれ以上近づけまいと、槍をファルスの喉元へ突きつける。


「あなたなのね?」


 上ずって震える声は今までの上品な女性の声音ではなく、強慾ごうよくな地金が出ていた。


 ラスクは歯噛みして、傷が跡形もなくなった足を悔しそうに眺める。


「私のはずがありません。私はお母様につき従うだけのカラス……」


「ついに見つけたわ! 不死鳥って案外若いものなのね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る