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 奇怪な小人と、そいつに引き立てられたエナガはのこぎりの入った木箱を持ってきた。まだ、拠点は設置されていなさそうだが、様々な物資を持ってきているようだ。


異性装の貴公子は、縄で連なっている赤鴉の面々を吟味する。


「ほんと、あなたたちって極彩色よね? 何色から行きましょうか?」


 目をつけられたのは「美食家」のクジャク、ジャッキだ。目のような模様の羽根を広げて、胴に巻かれた縄を引きちぎろうとしている。


「ニンゲン、私がお前たちの生み出した匙や突き匙、つまりスプーンとフォークを使っているのは、お前たちが滅びつつあるのを忘れないためだ」


「ご親切なハルピュイアさんもいたものね」


 「美食家」は赤鴉の中でも食にうるさくて面倒な奴だ。アレガは匙と突き匙を使って食事するのを「美食家」以外に見たことがない。ニンゲンのもたらした道具だということを初めて聞いた。いや、赤鴉一同、嘘だろという顔をしている。これが、何の打開策になるのかは分からないが。ニンゲンと半鳥人の接触は今回が初めてではないのか。


「この文化だけは、もう一度共に広めてみぬか?」


 「美食家」の呼びかけに、異性装の貴公子は首を振って、代わりにニンゲンたちにクジャクの足を切り落とす手伝いをさせた。大男と、奇怪な小人がジャッキの両足を左右に押し広げる。ジャッキはみっともなく股を広げさせられ、切断が始まった。右足は大男が担当し、リズムよく肉と骨に切れ込みが入る。


「んぎっ! おのれニンゲン! このような仕打ちが許されると思っておるのか!」


 二十七歳とは思えない重厚な響きでもって、ニンゲンを罵倒した。大男の手により、のこぎりはクジャクの両足を切り落としそうで、なかなか落ちない。


 聞いているアレガも胃がよじれるような痛々しい悲鳴に、ウロは伏し目になり赤鴉一堂、顔を俯け耐え忍んだ。


「ひいっ! ニ、ニンゲンごときが! 我らは足でものをつかみ、食事をすることもできようぞ!」


「それって自慢しているのかしら。足で食事なんてとんでもなくはしたないことよ。はっきり言わせてもらうけどね。鳥には羽根ぐらいにしか価値はないの。あなたたちの羽根で新しいドレスを作ってあげましょうね」


 ジャッキの右膝から下が、転がる大木のように落ちて、血も回転してぶちまけられた。アレガと同じ柔らかな皮膚が覆っている太ももの断面が地に着き、ジャッキはのたうった。


「左足はまだ? 遅いわよ。貸して、あたしが切断する」


 奇怪な小人からのこぎりを受け取る異性装の貴公子。ドレスの裾をまくり上げ、やる気十分だ。


 肉をすりおろし骨に当たる刃が、ごとりと丸太の如くジャッキの左足を切断する。


「ぎあああああああああああああああああああああ!」


「自分でやると、ちょっとした運動になっていいわね。明日には、一キロ痩せているかしら?」


 異性装の貴公子は両手についた血を奇怪な小人に布で拭わせる。


「ジャングルで清潔さを保つのは、慣れないわ。早く家の一つでも建てられる安全な世にしたいものね」


 白皙はくせきとなったジャッキの相貌は、魂が現世にないことを現わしていた。


 ジャッキを悼む赤鴉たち。咽び泣くような軟な衆ではないと誰もが自負していたが、実際はそうではない。野鳥が騒ぐようにけたたましい声を上げ、自分のことのように嘆き交わす。


 アレガも美食家の死に悲鳴を上げそうになる。悲しいわけはないはずだった。だが、美食家の選ぶ食材は美味であり、アレガを形作った一部でもあった。


 赤鴉に所属してすぐのころのアレガは、水一つとっても腹を下すほどに弱かった。母と過ごした幼少期に、鳥が口にするものは大方なんでも食べたが、それでも熱帯気候に完全に慣れていたわけではなかった。


 炎天下の中、縄張りを一か月もかけて巡回する赤鴉の暮らしにおいて、食糧の足は早い。嗜虐医や三つ子のスズメがアレガをいつでも見捨てるつもりでいたのに対し、ジャッキはアレガの体調に合わせて食材を変える気遣いを見せた。


 赤鴉の翳がアレガにとって大きな存在となっていた。両親の仇どもがどうなろうと知ったことではないはずだったが、そうではないのかもしれないと、アレガは不安を覚える。


 今なお噴出するジャッキの血液を見て、半鳥人と自分の血の色は同色だと今さら思う。


 夕闇に消えた亡き太陽を仰ぐ。代わりの月が申し訳ないと雲に姿を潜める。


「あはは。良いわよ! 悲惨で可哀そうね。こんなの、ハルピュイアがあたしたちにしたことに比べたら野蛮でもなんでもなくって? それに、あたしは優しいでしょ? 部下にやらせればいいことを自分の手を汚しているの。どうしてか分かって? 憎んでもらってけっこうってことよ。あたしも、憎んであげるから」


 ウロが声を張る。


「小娘気取りの青二才め。あたしの仲間によくも手出ししてくれたね? あたしを好きにすりゃあいいってさっきから言ってるのを聞かないんなら、後世まで祟ってくれるわ!」


 ウロがやると言ったことはすべてやり通す。異性装の貴公子は流し目で見やるほどの余裕を見せる。翼のないニンゲンがどうしてこれほどまでに、自信に満ち溢れているのかアレガは理解できない。半鳥人よりも大きな飛行気球で空を飛ぶことができるからか。


「それは難しいんじゃなくって? 祟るってことは『死』であり続けることでしょ? ハルピュイアは、蘇るために土葬にするんだから、いつまでも恨んでいたら生き返られるものも生き返られないわよ? あら、クジャクははずれみたいね。華やかな色合いだから、あたし期待したのに」


 アレガはラスクに問う。


「はずれってどういう意味なんだ。あいつ、まさか本気で不死鳥を探してるのか」


「分からないですけど」


 気丈に振舞うラスクでさえ色を失っている。


 異性装の貴公子は高らかに叫んだ。


「はずれが出たら、当たるまで引けばいいじゃない? そうよね?」


 ニンゲンらは歓声を上げる。どちらが盗賊団なのか分からない。異性装の貴公子は手を上げて部下を制した。


「そんなに声を上げたら野蛮な半鳥人と変わらないわよ。生贄なんていう悪習も残ってるんだから。ほんと気持ち悪いわよね」


 アレガは耳を疑う。太陽神ンティラにリャマを捧げることの何がいけないというのか。確かに、生きたまま心臓を取り出すのは少し酷だとは思うが。シルバルテ村ではよくやっていた。


 一方、赤鴉は太陽神を恵みの神だとは信じていたが、農地を持たず点々と移動するので生贄を捧げることを一度もしない。アレガは信仰心の薄い盗賊団だが嫌いだ。


 ウロはからからと笑う。


「生贄なんざかわいいもんさね。半鳥人はどいつもこいつも残酷な一面を持っている。あたしゃ、冷酷無慈悲こそが半鳥人の本質だと思うがねぇ。だけどね、お前さんもそうだろう? 生き物である以上、残酷さってのは捨てきれないもんさ」


「うふふ。何が悲しくてそんな泣き言を言うのかしら?」


 このままだとウロは減らず口を叩いて殺されかねない。アレガはラスクに、ウロを助けるべきだと助言する。


「ここから奇襲をかける」


「私たちの実力では、数人倒せるのがやっとかと」


「ウロを解放したら一人で三人分は動く」


「そうですね。お母様なら一人で百人力ですので」


 大げさだなとアレガは思った。ウロが後ろ手に拘束されている鉄枷をなんとかしないといけない。ウロだけが鉄枷というところに、絶対に逃がさないというニンゲンの意図が見える。


 ウロの太刀ならば簡単に斬ることができるだろうが。


 幸いなことに太刀はウロが佩いている。いや、幸いだろうか。ウロが太刀を振るうことなくニンゲンに捕まった? だとするとニンゲンは隠密行動に長けていたのか。それとも、筒状の棒で脅したのか。


 アレガとラスクは下生えを這って進む。ニンゲンは赤鴉を囲むようにして十人配置されており、草の茂みから奇襲をかけられるような位置にはいない。槍を投げると一人は仕留められるが、複数人となると不可能だ。


 アレガが木の上からの襲撃方法ならどうかと逡巡したとき、ウロがかまびすしく笑い声を上げる。


「うちの青二才がいることをすっかり忘れるところだったわ。女子おなごの振りをしたおのこよ。うちには、お前さんのように鳥の振りをした嬰児えいじがおるんでな」


 アレガはまさか自分が子供どころか赤子扱いされるとは思わず、頭に血が上った。だが、思うような暴言を吐く前に、ウロはアレガに目くばせする。赤鴉であれば誰でも気づくようなあからさまな動作だが、異性装の貴公子は微塵も気づかない。やはりニンゲンは鈍感な生き物だ。


「まったく、頭の悪い下っ端で。あたしの寝首を何度かきに来たか」


 異性装の貴公子が周囲を警戒したときにはアレガの木登りは済んでおり、配置につく。


 アレガはウロの真後ろに木から飛び降りる。


 ラスクが下生えから放った短剣の投擲が異性装の貴公子の首元をかすめる。ラスクの短剣は隼よりも早いはずだ。異性装の貴公子は優れた視力により、飛んで来た探検から視線を外さずに、ラスクの動きを識別し瞬時に身を躱した。傍から見ても戦闘経験があると分かる。


 それから、口角を吊り上げて女とも男ともつかない微笑をこぼす。


「奇襲よ!」


 その声はどこか楽し気だった。

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