4-2

 アレガはそれを何度聞いても複雑な語に聞こえる。だが、不満は出た。


「知ってて教えなかった」


「はっ。お前さんに教える義理がないからだよ。それを言ったら、お前の親はどうだい? あいつらも知ってて黙ってたんだ」


「母さんの悪口を言うな!」


 アレガは転がっている槍を拾うなり投げつける。怒りをぶちまける方法があればなんでもよかった。ウロは身体を傾けて避ける。槍は土壁に当たって乾いた金属音を奏でた。


「やる気のない攻撃はするんじゃないよ」


 床に落ちていく槍。それをウロがつかんだ瞬間、アレガの股の間に飛んでくる。


「……っひぃ」


 間一髪でアレガの大事なところを外されている。このババアならやりかねなかったと、額から冷や汗が流れ落ちる。


「情けないったらないね! 男ってのはどいつもこいつも、女々しいから力を求めるんだ。自分の思い通りに物事が運ばないから手を上げて女をぶつんだ」


 アレガは両親の無念を今も消化できない。できてもいけない。怒りに身を任せたいのに、こんなふざけた攻撃ですべて台無しにされてしまった。


「……ったく、男になんの恨みがあるんだよ」


 男が嫌なら始めから加入させなければ済む話だ。女盗賊団にたった一人の男を子供とはいえ加入させた理由が、鳥ではなかったからだったとしても。


「自分の心に聞いてみれば分かるだろう。お前の頭ん中にあたしの娘がいると思うと、反吐が出ちまうよ!」


 語気を強めるウロにアレガは怖気づく。ラスクを想う淡い気持ちを見抜かれていたことにアレガは目を見開いて驚く。いや、アレガ自身がどんな感情か名づけることのできないでいるものだ。恋などという簡単なものではない。ラスクは好きだが、それは年上の姉のようなものでアレガにはそれ以上表現できない。


「な、な、なぜそれを。って、今は俺の親の話だろうが」


「そうさね。お前が母親を殺したあたしを恨むんだって言うなら、あたしゃ娘に手を出そうと考えているお前を殺してやりたいって思ってるってことを、言ってやりたかったんだよ」


 殺したいのはお互い様かと、アレガは不敵に笑う。が、その瞬間、アレガの頭部をウロの黒い足が殴打する。目から火が出る。床に転がり、視界が暗転する。揺れる視界で見上げるとウロが無感情に太刀の鞘を振り下ろしてきた。困惑する時間すら与えず、背中を殴打された。鈍い痛み。こんな罰を受ける必要などないはずだ。アレガが床に伏せたまま睨みつけるとウロはまたも表情一つ変えずに背を殴打する。


「ぐっ」


 アレガはただ堪える。反撃するかどうかは自由だ。ただ、お頭に逆らうと殴られる回数が増えるだけ。それが盗賊団の掟だ。身寄りのない女だけが寄せ集められた盗賊団が、一致団結して行動するには掟が必要だ。まして、例外の男であり、鳥ではないアレガは誰よりも厳しく処罰される。


 アレガには理解できない。なぜ、自分を追放しないのか。鳥ではない珍しい生き物だから? 


 ウロは金目のものを剥ぎ取るだけでなく、好事家で密林の外の世界のものを物々交換して得ている。着物などはウロ以外の女たちは「ことなかれ主義者」のシビコ以外は知らない。動かないハシビロコウのシビコだが、知識だけは豊富だ。


 ウロは巻けばなんでも着物だと豪語していたが、着つけることができた者は未だいない。


 物珍しさを買われたとしても、ウロ以外も脅威だ。盗賊団の半数からアレガは暴行を受けている。ウロが止めたが、その止めた理由は自分が代わりに体罰を与えたいからに決まっている。


 明日にはあざになる痛みにアレガは顔をしかめる。背骨を避けてくれているのは、ウロの優しさか。だとしても、どこをどう叩きのめそうと同じだ。ウロが頭であるという上下関係は覆せない。だが、この女を許さない! 母さんを殺した――!


 アレガは今でも目に浮かべることができる。丘で転がった父さんの亡骸と、自分に覆いかぶさって倒れた母さん。振り下ろされる太刀の鞘の一打一打を憎んだ。ひずむ背骨。自分は悪くないと歯を食いしばる。受けるべき罪など存在しないと。では、なぜ反撃しないと自問自答に戻る。ウロの罰は反撃でもすれば、残虐性を増す。アレガは自分を許せない。屈服を強いられている。床のささくれた板を爪に食い込ませる。


 分かっている。アレガはもう十年も耐えた。だが、十年は長い。アレガには当たり前を覆す力がなかった。鈍痛からひりりとした痛みに変わる。何度も同じ場所を打たれたせいだ。今は堪えているが、堪えきれなくなったら? そのことに考えが及ぶとアレガは自分を心の中で叱咤する。ウロにだけは許しを乞わない!


 押し殺した呻き声が漏れ出た。アレガの脳裏にラスクが浮かぶ。あの、白い肌が眼前に浮かぶ。筋肉質で健康的な黒い鳥の足。


「笑ってるんじゃないよ!」


「ぐふっ」


 内臓にじかに伝わる鞘の殴打だった。心なしか唇に血の味が伝う。アレガは断じて笑っていない。ただ、頬の緊張が解れたのかもしれない。ラスクのことを思うだけでウロの怒りに触れるらしい。


 それでウロが激昂するならそれも良い。そうアレガはにやつく。ラスクは親友か? ラスクと夜を共に過ごしたらどうだろう? ウロに殺されるか? だけど、ラスクも嫌がらないだろう。アレガはほくそ笑む。ウロがすぐさまアレガの背を叩く。痛みに顔をしかめるアレガ。一言も声は漏らさない。痛みには慣れていると自分に言い聞かせる。ふうと、ゆっくり息を吐く。殴打された肋骨の辺りがじわじわと熱を持つ。何か言い返すべきところだが、アレガは唇を噛む。ウロは反乱の意思を許さない。だが、芽は摘み取らない。行動に起こしたところを認めてから罰する。それがウロのやり方だ。ある意味とても甘い。アレガは最後の一撃を後頭部に受けて気絶する。

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