3-3

 ファルスが珍しく身を乗り出す。快く思わないのか、口元は吊り上げられているのに目は据わっている。


「それは困ったわね。盗賊団の捕虜にでもなっているのかしら?」


「いや、それが、なんと形容しましょうか。ニンゲンの年齢など分かるわけもなく。恐らく二十歳前後。半鳥人ならば大人だが、どうにもあれは血気盛んで僕には子供に思えたのです。問題はそこではなく、何と申し上げたらいいのやら」


 タイズは改めて考えてみて、密林に住まうニンゲンの存在を説明のしようのないことがらに思えた。いきなり頭上から襲ってきた少年は、まるで盗賊団の斥候のようではなかったか? 半鳥人ではないとはいえ、あの身のこなしは盗賊のそれだった。それに、カラスの女が現れたときには、その女を守ってみせた。女も二十歳前後。近隣の集落では見ない顔だったし、居住まいが村民のそれと違う。衣類が粗野で衣食住に無頓着な……間違いなく『赤鴉』の一味だった。それにしては言葉遣いが美しい娘ではあったが。


「その、ニンゲンの少年は赤鴉に属していました。それだけでなく、アカゲラのごとく振舞っています」


 神官たちは黙りこくった。ファルスを前にして告げたタイズも背筋が冷えた。動機がどのようなものなのかは知らないが、鳥のふりをするニンゲンなど、ファルス一人で十分だった。


「アカゲラ? キツツキね。物好きなこと」


「というと?」


「どうせ鳥として生きるのなら、あたしみたいに美しい鳥になれば良かったのに。猛禽類なら、高位の役職に就けるんじゃなくって? なれたとしても村長止まりかしら? あなたたちの単純明快な文明じゃその程度よね」


 ファルスの子馬鹿にした物言いに、タイズはへつらうことなく睨みつける。ニンゲンが鳥の装いをするのは、半鳥人の社会に紛れ込み身を守るためだと思っていたが、ファルスの場合は明らかに意味が異なっていた。


「白ハヤブサの羽根を集めるのにどれだけ苦労したと思って? 元々希少な鳥ですもの。こんな毎日汗を掻かないとといけないような暑い国にはいないのよ。あなたたちは見たことないでしょうけど、雪の降る旧レイフィ国ではよく見かけたのよ」


「それは僕たち半鳥人ではなく、野生の鳥を狩ったということですよね、ファルス様?」


「ええ、これでもあたしはニンゲン。被害者だけど、それで終わらないのよ。半鳥人の羽根でドレスをもう一着仕立てたいわ。あなたのターコイズ色の羽根とか素敵じゃない?」


 タイズは怒りで手が震え始める。見かねたメンフクロウ神官が大声で怒鳴る。


「我らを侮辱するつもりなのか」


「あら、鳥は着るものじゃなくて?」


「タイズ司祭、私はもう我慢ならない」


「おいよせ!」


 制止も聞かず、メンフクロウの神官が折り畳み鎌を展開する。が、その前に大男がファルスとメンフクロウ神官の間に入り、像のような太い腕からは想像がつかないような速さで拳を突き上げる。メンフクロウ神官の顎が叩きつけられて、脳天が揺れた鈍い音がタイズにも聞こえた。メンフクロウ神官が石畳の床にどうっと背中から沈む。頭が跳ね、足が投げ出される。頭部から血は出ていないが、意識を失っている。大男は次の者が現れないかと一瞥して、またファルスの隣に座る。忠犬。無表情なまま力を行使する。タイズは羽根が逆立ちはしまいかと、身震いする。


「あたしとしたことが失言しちゃった。悪かったわね。ニンゲンだもの、過ちぐらい犯すの。あなたたちも、変な主義主張があるんじゃなくて? 鳥肉は食べないとか」


 それとこれとは別だろうと、タイズはファルスを罵倒する。ファルスは却って面白半分に頬を綻ばせる。


「それで、そのニンゲンはアカゲラの羽根をどう纏っていたの?」


 翼のない生き物の考えることは恐ろしいと、タイズはため息をつく。


「少年は羽根をマントにしていました。あれではニンゲンだとすぐには気づけませんでした」


「あら、羽織っているの? いいわね。あたしもコートを仕立てようかしら。ニンゲンはほかに何を身に着けていたの?」


「革の長靴ちょうかと呼ばれるものを。だいぶ年期も入っていたので、何年も履き潰しているはず」


 タイズは先の戦争の記憶をたぐり寄せる。ニンゲンはみな靴を履いていた。足を守らなければ歩くこともできない、か弱い生物だ。だが、侮れない。先の戦争で、奴らは空を飛んだのだ。


「なら、安心ね。靴なんてあたしたちの旧レイフィ国領土で手に入れる以外は、自作するか拾うか盗むしかないのだから。そのニンゲン、おそらくほかにニンゲン同士の関わり合いはなさそうね。問題はどうして女盗賊たちがニンゲンを飼っているのかよ」


 タイズも疑問に思う。ファルスと大男の二人に出会うまで、実に二十年近くに渡りニンゲンと遭遇したことがなかった。生き残られるはずがない。なぜなら――。


「あなたたちのエラ国がニンゲンを処刑して回っているはずよね?」


 タイズの思い浮かべたエラ国の所業を咎められた。ニンゲンの処刑はエラ国が定めた法律にあるが、ニンゲンの死滅の責任がエラ国にあるわけではないと抗議しなければならない。


「滅びはニンゲンが招いたことではないのですか。僕たち半鳥人は、あの恐ろしい姿を見た。ファルス様はご存じでないかもしれませんがね」


 少なからず嫌味を言ったつもりだが、ファルスは顔色一つ変えないで微笑んでみせた。


「あら、化け物はどっちなのかしら。お互い、容姿に関しては酷いと思わなくて? 鳥はニンゲンンを憎み、ニンゲンは鳥を憎む。だけど、同じものを欲した。それだけじゃない。あなたたち鳥は伝承を参考にし、あたしたちニンゲンは科学を参照にして同じものを求めた」


 あの戦争でニンゲンは滅び始めた。タイズには明確に戦争の原因を定義することはできない。半鳥人は文字を持たない。戦乱の記憶は口承で後世へと引き継がれるべきだが、ニンゲンの持つ書物は悪しき物として焼き払われ、ニンゲンは歴史から消されつつある。ただ、戦争の爪痕は残る。この大地(クミル・シャミ)の各地に残る旧レイフィ国の植民地で、ファルスを見つけたように、残骸を見つけることぐらいはできるかもしれない。


 忘れるという行為は想像以上に効果を発揮するもので、記憶に存在しないものを見つけることはほぼ不可能だ。遺物の発見は誰かの偶然によるものだ。


 ニンゲンに興味を持たせる教育も当然ながらエラ国では行っていない。すべてはニンゲンを忘れるため。では、半鳥人の犠牲者はどうやって偲ぶのか。それは、祖先らを供養するために各村や町に伝わる「聖物(ワカ)」(御神木であったり、天然の巨石や、水底に人の顔が浮かんで見える湖など)にマリーゴールドの花を献花することによってだ。


 神官はその「聖物(ワカ)」に祈り、ときに舞踊を捧げ、エラ国の繁栄を永遠のものにするべく生贄を集める。ああ、とタイズはため息を吐く。生贄のヤギ程度では妹は救えない。金と権力さえあれば、妹の供養は滞りなく行われるとタイズは思ってい た。


 妹は幼少期に病に倒れ、南の空の星になった。原因は分かっていた。先の戦争によりニンゲンから受けた傷が膿み、亡くなった。神官として祈り続ければいずれ先の戦争を忘れた人々と同じように自分も妹のことを忘れられるだろうとタイズは信じていた。


 この神職を勤めて十年以上が経つが、得られたのは同族の足だけだ。その中に未だ正解は見つからない。同族の足の中のどれか一つを当りだとするなら、タイズは当りが出るまでくじを引き続けるつもりだった。妹のためにはならないだろうとは重々承知している。ならば、戦争を忘れた民と同じように、自分のためだけにタイズは生き抜いてみたいと思った。同族が犠牲になることなど知ったことではない。


「あまり想像したくないのですが、もし僕らの求めるものが見つからなかったらどうします? 可能性としては探しても無意味であることの方が高い」


「先に同族の足を集めると言い出したのはあなたじゃなかったかしら? そのときは、手を組むのをやめるということもあり得るわね。あたしにだって考えはあるのよ」


「お、恐れながら……ハヤブサの君のお考えとは?」


 夜風が廃屋の扉を軋ませる。


「嫌ね。タイズ司祭とあたしは恋人みたいなものよと言ったじゃない。何が何でも見つけるまで続けるって約束でしょ? 自信を持って? 女盗賊団の足のどれかに違いないのよ。『桶』に入れて南の空にかざしましょう?」

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