甑の破損と後産の関係

 こしきを壊すことにはどのような意味があるのだろうか。


 埋甕うめがめといって、胞衣えなかめに納めて住居の地下に埋める習俗が現代まで続いていたことを前に述べた。埋甕に使われた甕が遺跡で見つかる時、底が破られている状態で見つかる例が多い。底なしの状態の甕なので、中に納めた胞衣が出てしまわないよう必然的に横倒しの状態で埋められることになる。


 甑を落として壊すまじないは後産が下りることを願うまじないで、埋甕は子どもの健康と成長を祈るまじないだった。どちらのまじないにも祈りの道具を破壊するという作業が含まれている。他のまじないではどうだろうか。


 現在でも全国の寺社仏閣で「かわらけ割り」「かわらけ投げ」といって、素焼きの小さな皿を投げて割り厄除けや願掛けのまじないとしているところは多い。「かわらけ割り」「かわらけ投げ」の由来は中世の武士が武運を祈った習慣に遡るとされる。

 

 だが壊すことで目的を成就させるまじないは、それよりも前から行われていたことが知られている。


 全国の奈良時代の遺跡からは、人形ひとがたという主に木で人の形をかたどった物が多数出土している。それらの人形には名前が書かれていたり、あるいは腕が折られたり、胴体の部分が傷つけられたりしている。壺に多量に納めて埋められていたり、川に流された形跡もある。


 人形は、当時の人々が行っていたまじないの道具であると考えられている。


 たとえば胃腸の病の場合、人形の腹を傷つけてからその人形を川に流すことで自分の身体から病を取りのぞこうとするまじないを行う。肩が痛む場合は人形の肩を傷つける。足に障害がある場合は人形の足を折る。


 人形を自分の身代わりとして病の治癒を願うまじないは、やがて雛祭りの人形へと形を変えていったともいう。


 奈良時代より前の飛鳥時代にも同様のまじないが知られている。

 この場合は人形ではなく、土で馬の形を造った土馬つちうまの破壊があった。土馬は手のひらサイズの小さなもので、古墳時代につくられていた馬の埴輪とは大きさも形態も全く異なることから、おそらくは大陸からこの時代に伝来したまじないがルーツとなっているのではないかと考えられている。


 特別な何かを壊すことは、昔の人々にとって願いを叶えるまじないだったのである。


 では甑を壊すことと後産あとざんにはどのような関係があるのだろうか。


 甑を壊すまじないは胞衣を含む後産が母体から下りてこないときに行われる。

 おそらくは後産が下りて来るよう、母体の中の邪魔となるものを壊すためのまじないだったのではないだろうか。もともと底に穴が開けられている甑は安産のまじないの呪力を持ち、さらに完全に破壊することで後産の障害を取り除く祈願がそこにあったと考えられる。


 母体の代わりに人形ではなく、甑を。甑のまじないの大きな理由がここにあるといえるだろう。

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