胞衣の信仰

胞衣と出産

 古墳時代に朝鮮半島から日本にもたらされたこしきかまどは生活用品として重宝されるだけでなく、竈神の存在に表されるように祭祀の道具や信仰の対象としての"霊性"を持ようになっていった。


 平安時代に行われた甑のまじないもこの流れの一つだと思われる。

 母屋の屋根から甑を転がす「甑のまじない」は、出産に臨む女性の安全を祈るためのものだった。


 出産の安全は、安産という言葉で表される。

 現代の周産期医療に見守られたお産では、安産祈願を一度のお宮参りで済ませる人もいるだろう。だが近世までの人のお産には安産を祈願すべき機会が数多くあった。


 そもそもの妊娠祈願から始まり、妊娠してからの健康祈願、食べ物やしきたり、喪にあたった時の厄除けなど、健やかな子どもを産むための祈りは多様な方面に渡っており、その度毎に安産祈願が行われた。


「甑のまじない」は出産の過程のうちの、ある特定の現象に対する祈りだった。


「甑のまじない」が対象としていたのは、後産である。


 後産とは、胎児が生まれた後に胎盤たいばん卵膜らんまく臍帯さいたいなどが母胎から排出されることを示す。後産の胎盤、卵膜、臍帯などをまとめて古くは胞衣えなと呼び習わしていた。


 胞衣は胎児が自ら作りだす組織であるため、お産が済んだからといって母胎に吸収されることはない。むしろお産が済めば母胎にとっては異物となるため、速やかに排出されなくてはならない。


 しかし胎盤が母体側の組織、すなわち子宮に深く食い込み排出されないことがある。現在はこれを癒着胎盤ゆちゃくたいばんといって、母胎がこの状態になった場合は医師がすみやかに処置を行う。処置しないまま放っておくと子宮組織ごと胎盤が剥がれ落ちて大出血がおき、母体の生命が危険な状態になる。


 癒着胎盤という知識がない時代では、胞衣が自然に排出されるか否かは母体の命を左右する重大な問題だった。


「甑のまじない」とは、胎児分娩が終わっても胞衣が出てこないときに胞衣の排出を祈る、出産の大事な呪術だったのである。


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