第20話 サンルーム

 庭の景色を意識もなく眺めながらふらふら散歩して、サンルームまで出かけると明るい笑い声が聞こえてくる。多恵さんのところに姉さんが来ていた。

「あれ、久しぶり。姉さん多恵さんのお見舞いなの。ああ、お見舞いでもないか」

「そうね。どっか悪いって訳じゃないから」

 そう言って二人が顔を見合わせて笑う。最近の多恵さんはゆったりと寛いでなんの心配もない様子で幸せそうだ。顔も少しふっくらとしてきた。

「まだ誰にも言ってないの?そろそろ目立ってくるんじゃない」

 多恵さんの世話を焼く姉さんも良い。

「あ。これ晴ちゃんに」

「え、これ見たことないけど…どこのお土産」

 日頃は食べ物ばかり買ってくる姉さんが珍しくミサンガのお土産をくれた。

「イタリア~」

 姉さんは得意そうにニッコリ笑った。

「え、行って来たの…よく休み取れたね。兄貴元気にしてた」

 僕は明るく聞いた。もう吹っ切れてる顔で明るく笑った。もちろんそれを疑う人はここにはいない。でも、兄貴と姉さんの話題をする時、何食わぬ顔を見せるのが習慣になっていた。

「あれから砂湖ちゃんと合ってる?」

「そりゃあ合うよ。ライブもあるし、練習もやってるし」

「それだけなの、まったく世話が焼けるわね。いつまで経っても素直になれないんだから」

 僕から見ると姉さんは完全に変わってしまった。何だかその辺の世話焼きのおばさんみたいになったし、まあ前から僕に対しては口数の多いほうだったけど、多恵さんの前でその話はやめて欲しいと思った。

「晴人、はい!お茶、まあゆっくり座ったら。まったく本当の姉弟みたいに仲がいいわね」

 そんなふうに多恵さんの目に写るのもある意味心外だった。

「アルバムは売れてる?」

「まあ、ボチボチってとこかな」

「ご飯はちゃんと食べてる?」

「姉さん、質問ばかりだね」

「だって気になるでしょ。私は貴方の本当の保護者になったんだし」

 多恵さんがチラッと僕を見た。

「売れてるのよ。これが心配無く。ちゃんとプロデュースしてますから」

「ご飯だってちゃんと食べてます。食べてます。多恵さんも美味しいおにぎり作ってくれるし」

「え~多恵がおにぎり」

「あら意外?そのくらい私でも作れます」

「はは」

 落ち着いた多恵さんの声は僕に安心感を与えた。

「そっか~おにぎりか」

「感心するとこ?」

「だよね~晴君の心配は止めにします。もう二十過ぎたしね。あ、でも、これお兄さんから」

 と、手紙をもらった。

「兄貴から手紙。珍しいね。後で読んでおく」

 兄貴の顔が浮かんできた。二人で食事をしながらこの手紙を…どんなやり取りしたんだろうか。封筒の隅に小さくゴム印が押してあった。

「これ?」

「最近の趣味らしいわよ。ゴム印を作るの。自分で彫ったって自慢してたわ。器用だから細かいことに時間をかけるの苦にならないのよ」

「趣味か~」

 時間を持て余している兄貴が浮かんだ。

 手紙には月並みな結婚式の時のねぎらいと、自分がいない間の姉さんのことと、健康に気をつけるように。みたいな文面だった。兄貴の文字を眺めるのは久しぶりだ。文章も久々味わった。手紙…そう言えばあまりメールは打ってこない。アナログが好きなんだろうな。

「保護者だな~」

 いつまでも僕には保護者がたくさんいて幸せなのか、面倒臭いのか、でも、心配されるってまんざら悪いもんでもない。兄貴からの愛情の籠もった手紙はそれなりの重さで心に染みた。

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