第19話 ひととき
一通りのライブの日程が終わり、僕たちは足立さん仕切りの一連のキャンペーンから解放されて、糸が切れた凧のように息を抜いてた。やり遂げた20本のホールコンサートをもう昔のことのように懐かしく反省し、地方の美味しい食べ物に話が盛り上がった。その後また新しい作品を作るための打ち合わせをボチボチしたり、時々ボーと息を抜いたり、そんな休息の時間を過ごしていた。そんな至福の時も束の間。粗知の提案で野球をすることになった。
たまには思いっきり遊ぼうと開放感を求めて野球に高じた。あくまでこの関係の中で遊ぶ。同情するほど煮詰まってる外に向かない感覚。なのに、そんな事思う暇もなく大騒ぎして、このところお預けになっていた練習に祖知が興奮して、
「当分野球三昧だからな~」
と、顔を合わせるごとにメンバーに煽り立てていた。
その声に反応して明るくはしゃぎまわる僕を、みんなは不思議なものを見るように眺めていた。
「晴、野球上手いんだな~」
「なかなか良いボールを投げるよね」
そう言われるたびに照れながら笑った。
「晴人、今日勝ったらみんなにおごるから」
何としても勝ちたい祖知が気合を入れて言ってまわる。
「わかった。わかった。だんだん力も戻ってきたから、しっかり受け取れよ!」
何も考えず夢中で走り回っていた子供の頃を思い出す。初めてユニホームを着て目を輝かせた日のことや、なんでもないお袋のおにぎりを口いっぱい頬張った感触、勉強ばかりしている僕よりひ弱な兄貴に、
「一緒にやらない!」
と、大きな声で叫んでいる自分のこと、今ではすっかり見る影もなくなっていた活発で向こう見ずな自分の姿を思い出す。
「音感が良いってことは運動神経も良いってことなんだな」
と、理論好きのユンちゃんがぼそっとつぶやいた。
「お前さ、こうやって身体を思いっきり動かしてると体調良いだろう。もっと動いてバランスの良い生活送れ」
祖知からの一言はいつも健康のことと、言わないけど隠して諭す砂湖とのことを心配する小言だった。
「いや~晴ちゃん器用って思ってたけどこれ程とはね」
トンマンは高校生になってから組んだバンド仲間だから僕の本質は知らない。あの頃の僕は日々バイトに明け暮れ、体を動かす姿を見せたことがないのだった。僕のことを絶対運動しない人と決めていたから、僕の小気味良い身のこなしを見て、
「お宝映像見てるみたいだ。AVに入れても通用するよ」
とはしゃいで惚れ直すと言っていた。相変わらず細い僕だけど、野球に必要な筋肉は備わっているようで、みんなを喚起させる程度には足りているみたいだった。
「やっと詰まりに詰まった日程が終わったのに、今度は野球なんてどうかしてる~俺たちはいつになったら自分の時間が持てるんだよ」
と、照明を手伝ってくれてる少々年配の矢島さんがしんどそうにこぼしていた。そうだスタッフには年配の人もいる。同じように扱って良いわけじゃない。なのに人数が足りないから開放されることはなかった。
それから数日、来る日も来る日も僕たちは祖知の地獄の道楽に付き合わされることになった。
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