第15話 あかり

「晴、新しいギター届いてるよ」

「お、待ってました。これどう、ユンちゃんどう?」

 柄にも無くわざとはしゃぐ僕をユンちゃんが痛々しそうに見る。でも、根っから優しいユンちゃんだから、空気を読んで話を合せてくれる。

「うんいいね~晴らしいよ。音は?どう?聞かせて」

 もやもやが晴れないままここ何ヶ月も塞ぎこみ、それを払拭したい一心で。心機一転新しいギターを買った。ビジュアルに傾いたらしくないギター。皮肉も手伝う…姉さんから自立して多恵さんに鞍替えする記念のギター。砂湖にしてみればさぞかし忌々しいギターだろう。

 そう、我が身を追い込むためにそろえたようなもんだ。じっくり眺めて恒例の名前をつけて日付とサインをした。


「なんて名前。まったくものに名前付けるって晴っぽい」

「陽光、と書いてあかり」

「ふーん、あかりね。漢字が古典的だね。沈んだオリの底に差し込む一筋の陽光ね。美しくもあり物悲しくもあり。

 晴、見てよ、この曲どう思う。砂湖が作ったんだ。この曲だけは、他は駄目でもCDに入れてほしいって」

「へえ、砂湖が?そんなこと言うの珍しいね」

 新しいギターで爪弾くと明るいメロディーだった。アップテンポにすれば今までとは違うイメージの曲になると思った。

「いいね。砂湖がこの曲を…」

「このところ本気でやってたからね。お前が宙ぶらりんでフワフワしてっから覚醒したんだよ。いいんじゃないこのまま自立しちゃえば、砂湖はお前にはもったいないよ」

 祖知の一言にみんなが頷いた。……。全員一致の見解に返す言葉が無い。

「そっか…、集中して作ってたんだな。ん、これで何曲出来た?」

 砂湖とのことはバンドに持ち込みたくない。そのためにも落ち込まないように考え込まないように平然としていないといけないと思っていた。

「砂湖が二曲とお前が三曲とユンちゃんの最高傑作が五曲」

「何とかなるかな」

 僕は余計なことは考えないで今は出来るだけこの第一弾のCDに集中しようとした。

「前の曲は入れないの?」

「記念すべきデビュー作だから少しは入れるべき?」

 僕たちの歴史を刻むために短いイントロで印象的な看板曲を入れる。ワクワクした。良いアルバムが出来る予感がした。

「良いよなこの感じ」

 何が起きようとも同じ方向を目指してコツコツやるのは楽しい。砂湖ともこうやって共同作業しながら男同士みたいにいられたら最高だ。と相変わらず都合よく思った。けれど、その日は最後まで砂湖は姿を見せなかった。

「砂湖は何を考えているのかな?」

「お前の薄情さを嘆いてるだろ」

 祖知は迷いも無くそう言った。砂湖の思いに逆らって一番選んじゃいけない方向に突っ走った。

「あれだけ毎日一緒にいて今さらなんだよ。お前たちは絶対上手く行くってみんな思ってたさ」

「上手くいってない?最近ギクシャクしてる?」

「してるだろう素直じゃないし態度が悪いお前のせいだろ。あっちフラフラこっちフラフラするから。だいたい多恵さんとどうにかなれるのか。向こうはあんなに大人だぜ」

「どうにかって…」

「どうかするつもりなんじゃないの、お前」

「どうって…」

 僕は多恵さんのお腹の中の子の父親になるって言ったばかりだ。誰も知らないはずなのに何か感づいている。でも、どうって出来る関係じゃない。多恵さんは結局僕に何も求めていないんだ。

「晴はどうする気も無いよ」

 ユンちゃんが痺れを切らせて助け舟を出した。

「いろんなことが起こるたびに決断しないといけない自分ってあるだろう。流されるわけじゃないけど自分に迷いながら、それでも…決断したい時って」

「誰にも何も相談しないで勝手に決めることが多すぎるんだよ。お前の中のバランスはいつも自分勝手に傾いている。東京に来たときもオレがどんなに寂しい思いをしたかなんて関係なかっただろ。お前は一人なんだよ。一人ぼっちって意味じゃないぞ。一人しかいないんだから何人分もやれないんだよ」

 そう言って哀れんで僕の方を見た。

「祖知よく分かってるな。僕のこと…自分でもわからないことが多すぎるんだよ」

「なんだよそれ」

 そういうことかと納得した。遅ればせながら自分はそういう男だと。自分ではわから無いことが多いけど長年の付き合いの祖知なら分かるんだと納得した。

「砂湖が許すなら、二人のことはゆっくり考えればいいことだと思うよ。結論を急がなくても良いだろ。砂湖が許すならだけど」

 二人がどうなっているのか祖知は知っているみたいだった。僕は何も言わない。でも、砂湖から聞いているんだろうな。

「砂湖、バンドを辞めないよな」

「さあな、心がけが悪いとやめるかもな。その曲を置き土産にして」

「やめてくれよ、お前の予言は当りそうで怖い」

 祖知はぶっきらぼうで言葉も雑だけれど周りのことが良く分かっている。大柄で無神経そうなのに細かな心配りが出来る奴だった。

 それから二日後、砂湖はいつもどおり明るい顔で練習室に顔を出した。

 そのサバサバした態度は深い決心に基づいて僕との間に一線引いた姿に映った。みんなもそれは察知していた。でも、ユンちゃんはどっちにも普段どおりの接し方で変わりなかった。大人だなと感心した。

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