アポ無し異世界転生は辞めてください

ちびまるフォイ

現実に対してもう限界を感じていた人

「こ、ここは……!?」


「目が覚めたようですね。ここは転生の間。

 あなたは転生し、異世界に行くのです」


「本当ですか! やったーー!!」



「1週間後に」



「今じゃないの!?」


女神の言葉に思わず聞き返してしまった。


「いろいろ手続きがあるんで。

 ほら、神様の手違いというのも

 ちゃんと書類提出しなくちゃだし……」


「手違いに事前申請っているんですね」


「ですが、1週間後にあなたは死んで転生します。

 いきなり転生となってダダこねられても困るのでこうしてお伝えしました」


「あ、ありがとうございます……?」


「では未練のない余生をお楽しみください」


そこで夢は終わった。

目が覚めたときには自分の部屋だった。


夢だと片付けられないのは確かな実感があるからだろう。


「ついに俺も転生かぁ」


まるで誕生日を迎えるような嬉しい気持ちになる。

今までつまらなかった学校も楽しくなってきた。


いつまでも勉強が続くという煉獄の恐怖だった。

1週間後には何もかも解放されるとわかれば耐えられる。


1週間後にはオサラバとなれば、もうなんでもできそうだ。


「〇〇さん、ちょっといいかな?」


「え? わ、私……?」


「実は俺……前から君のことが好きだったんだ」


「あ、そう……」


「付き合ってほしい」


「ムリ」


「そうか。わかった、ありがとう」


明らかにフラれるとわかっていても告白すらできちゃう。

どうせ異世界行ったらハッピーセットのおもちゃ感覚でハーレムが付いてくる。


今まで灰色だった現実が、終わりを見えた途端にカラフルに見えてくる。



「あと3日かぁ~~!!」



気がつけばあと3日。

もうすぐ転生して現実世界との決別が迫る。


「あらかた掃除も終えちゃったしなぁ……。

 そうだ。異世界でホームシックにならないよう

 今のうちに思い出の場所は目に焼き付けておくか」


転生までに1週間は短いようで長かった。

持て余した準備期間をノスタルジーに浸る時間に決めた。


昔遊んだ公園。

よく友達と通った駄菓子屋。

学校帰りに遊んだカードショップ。


自分の人格形成に影響を与えたと言っても過言ではない。

そんな思い出の場所を回って時間を過ごした。


「すごく楽しかったなぁ……」


もうすぐ転生してこの景色も見れなくなる。

現実の友達とも遊べなくなるし、久しぶりに連絡を取ることもない。


というか、自分は死ぬことになるが現実にどんな影響が出るのか。


友達は? 家族は? 親戚は?


思えば、自分が転生してその先でハッピーな日常を過ごす。

そんな自分主体な考えしか持っていなかった。


でもその一方で現実ではこれまでと同じ日常が続いている。

そこに自分の死という一石が投じられるわけだ。


「ほんとに転生していいのかな……」


あんなに憧れていた転生だったが、暗い影を落とした気がした。

迷いの霧は晴れることがないまま家路につく。


「あら、おかえり。どうしたの暗い顔で」


「母さん。俺がもし死んじゃったらどうする?」


「想像できない」


「まあそうだよね」


「想像できないくらい悲しいし、生きていけないかも」


「……そっか」


「なんで嬉しそうなの?」


「いや、俺ってそんなに大きな存在感あったんだなって」


「当たり前でしょう。残された人の気持を、なんて言わないけど

 少なくとも死んで喜ぶ人より、悲しむ人のほうがずっと多いわよ」


「えへへ」


「だからなんで嬉しそうなのよ」


「じゃ、じゃあ俺もう部屋に戻るね」


自分の部屋に戻ってからもニヤニヤは止まらなかった。

肉親だからというひいき目を差し引いても、

同じような気持ちになってくれる人はきっといるだろう。


なんだかうれしい。

現実世界に自分の居場所なんてないんだと思っていた。


でもそれは自分自身がそうだと決めつけていたに過ぎない。

本当は想像できていないところに大切に思ってくれる人がいる。


じゃあなんで転生したいのか。


「転生か……」


結論は出ないまま転生予定日となった。

その日の夢で1週間前に会った女神と再会する。


「それでは今日の転生までの流れを説明しますね。

 まずコンビニに強盗が入るので……」


「あ、そのまえにちょっといいですか」


「はい?」


「転生……キャンセルってできますか?」



「え、えええ!?」


予想外の提案に女神も目が点になった。


「そんなこと言われたの初めてですよ。

 みんな食い気味で転生させろと詰めてくるのに」


「なんか、改めて考えると異世界ってそんなによくないなと」


「いや、なんでもできるんですよ?

 誰もがあなたをチヤホヤして、あなたにすり寄る。

 万能感と優越感に浸りながら生活できるんですよ」


「よく考えたら別にほしくないなと、そういうの」


「えっ」


「俺は現実世界で仲の良い友だちとたまに会ったりして

 しょうもない馬鹿話をするくらいでちょうどいいんです」


「ハーレムもいらないんですか? 男の夢でしょう?」


「それはまあ……欲しいはほしいですけど。

 俺の死のダメージを現実世界におよぼしてまでじゃないです」


「そうですか……」


「この場合どうなるんですか?」


「転生キャンセルはできます。

 が、すでに死人枠はとっているので

 誰かしらは転生することになります」


「ああ、そうなんですね。

 じゃあ俺の代わりに誰か転生するんだ」


「でもこれから転生候補者探しですよ。

 しかも転生は今日。もう時間なんてないんです。

 どこかにいませんか? 転生したくてたまらない人」


「女神様、そんな人はそういませんよ。

 現実が辛くて、周りの人間関係も嫌で。

 現実世界に起きる影響すらも気にせず異世界にいける人なんて」


「そうですよねぇ……。困りました。

 どこかに周りなんか気にせず転生してくれる

 現実世界が大嫌いな人がいないかなぁ~~!」


「じゃあ俺はこれで。転生しなくてよかったです」



そこで目が覚めた。

転生先の異世界ではなく、自分の部屋のままだった。


「やっぱり俺は現実世界がいいな」


大切な家族、笑いあえる友人。

自分以外の人が切磋琢磨して変わっていく未来があるこの世界。


周囲に迷惑をかけてでも異世界に逃避したいと思えない。

それが気づけてよかった。


部屋を出ると、ひときわ爽やかな声で挨拶をした。


「母さん、おはよう!」





そこに母親の姿はなかった。


まな板の上には手紙だけが残されていた。



『母さん転生して悪役令嬢になります』



こんなにも早く現実世界を捨てられた人は

女神史上で初めてだったと、のちの女神は語っていた。

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