第33話 ⑦

 一週間後、ネリスがマリールを連れてやってきた。

 

「さあ、釣って釣って釣りまくって、食べるわよー!」

 張りあげた声とともに、リリアナの白い息が煙のように舞った。

 目の前にはガチガチに凍りつく湖が見える。


「わあっ!」

 嬉しそうな声の主は、ネリスの婚約者マリールだ。

 ふわふわの栗色の髪にカチューシャのような耳当てをつけ、サファイアの目を大きく開いてこの光景を楽しんでいる。

 隣に立つネリスが頬を赤らめているのは寒さのせいではなく、マリールを可愛らしく思っているせいだろう。


「ネリス様! お誘いありがとうございます!」

 マリールがネリスに笑顔を向ける。

「ああ……うん」

 ネリスの返事はそっけなく、マリールがシュンとしてしまった。


 そういうところよっ!

 リリアナは、心の中でシャイなネリスにツッコミを入れる。

 大衆食堂ではあんなに滑らかにしゃべっていたくせに、大好きな婚約者を前にすると上手く話せなくなるらしい。

 マリールのほうは、ネリスにこんな態度ばかりとられて勘違いしているのだろう。彼は政略的な婚約を渋々受け入れただけだと。

 将来が不安だと言われてしまうのも無理はない。


「任せてちょうだい。一緒に釣りをしてラブラブ度アップよ!」

「ちげーし。俺とあいつの釣り対決だろ」

 まだそんなことを言っているのかとリリアナが呆れた顔をしても、テオはお構いなしに釣り道具一式を持って凍った湖面に向かって駆けていった。


 リリアナたちも氷の上に立つ。

「エサはイモムシとスライムだんごの二種類があるけど、どっちにする?」

 リリアナがネリスたちに木箱を差し出した。

 イモムシが入っている箱は蓋を閉めたままだ。

 本来ならばワカヤシ釣りのエサはイモムシだが、虫が苦手なリリアナはイモムシを素手で触ることに抵抗がある。

 マリールもそうかもしれないと思い、代替品がないかと悩んだ末に思いついたのがスライムにエサと同じ味付けをすることだった。

 

 スライムの味変魔法は、どんな味にしたいかを想像しながら魔力をこめるため、本来は味を知らなければかけられない。

 この日のために、エサ用のイモムシを買ってテオに匂いをかがせ、ブルースライムのゼリーに味付けしてみる試行錯誤を繰り返した。

「あのなあ、自分で嗅いだ方が早いんじゃねーか?」

 テオはそう言いつつも、直接イモムシに鼻を近づけて匂いをかぐことを断固拒否するリリアナに辛抱強く付き合ってくれた。

 テオいわく、ワカヤシ釣りのエサとして使用するイモムシは、焼いてもいないのに香ばしい匂いがするらしい。


 今朝、リリアナとテオはエサに加工するスライムを調達するために初心者エリアへ行き、ハリスはワカヤシをフリッターにするための牛脂を調達しに草原エリアへ行って、それぞれ準備を整えてからネリスとマリールに合流した。

 

「両方もらっておこう」

「スライムのほうは、大きさも形を好きなように練って使ってね」

 イモムシと遜色ないエサになったと自負しているリリアナだ。

 ネリスに木箱をふたつとも渡し、次にアイスドリルの使い方を説明した。

 実演しながら氷に穴を開け、もうひとつはふたりでやってみてとアイスドリルをマリールに手渡した。


 氷の上で待機させるのはさすがに酷だろうと考え、コハクは湖の外側で調理に準備をするハリスのそばにいてもらった。

 ハリスがマジックポーチから取り出した折り畳み式テーブルを組み立て、魔導コンロをセッティングするのを確認したリリアナは、次に視線を遠くに向ける。

 そこではすでにテオが釣りを始めていた。


 勝負とかいいながらフライングしてるじゃないの!

 眉をひそめるリリアナの耳に、マリールの楽しそうな声が聞こえる。

「ネリス様、もう少しですわ!」

 アイスドリルを懸命に回すネリスを、マリールが応援している。

「よし!」

 貫通した手ごたえを感じたネリスがマリールに笑顔を向けた。

 

 いい感じだわ!

 リリアナは顔を綻ばせながら、少し離れた位置で釣りの用意を始めた。


 

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