第34話 ⑧

 リリアナは、スライムだんごを細長く練ってイモムシに見立てた。それを五連の釣り針に付け、氷の穴に垂らす。

 あとはワカヤシを誘う感じでたまに竿を揺らせばいい。

「慌てない、慌てない」

 こういうのは、のんびり構えないと……そう自分に言い聞かせながら折り畳みチェアに腰かけようとした時、興奮した甲高い声が聞こえた。


「ネリス様! これもしかして!」

 マリールの竿がしなってプルプル小刻みに震えている。

 早速ワカヤシがヒットしたらしい。

 竿を持つマリールの手にネリスも手を重ねて一緒に引き上げると、五連針の4か所にワカヤシが食いついていた。

 嬉しそうにそれを見せるマリールにリリアナも拍手を送った。

 活きのいいワカヤシにおっかなびっくりのマリールの代わって、ネリスが針から外してバケツに入れている。その様子を見たリリアナは、ますます口元を緩ませた。

 

 マリールは釣りは初めてだと言っていたが、ビギナーズラックなのかそれとも才能があるのか、その後も大当たりを連発した。

 ネリスは自分の釣りそっちのけで、甲斐甲斐しくマリールの手助けをしている。


 離れた場所にいるテオを見やると、ちょうどワカヤシを釣り上げているところだった。それなりの釣果をあげているようだ。

 よかった、釣りが得意って言ってたのは本当だったのね。

 もしもテオがボウズだったらイライラして氷を叩き割るかもしれないと危惧していたリリアナは、ホッと胸をなでおろす。

 振り返ると、ハリスが指でオッケーサインを出した。

 油の温度が適温になったようだ。


 リリアナは立ち上がってネリスたちに近寄った。

「一旦、調理してもらうわね」

 バケツを見ると、ざっと数えただけでもすでに20尾ほどのワカヤシが入っている。

「マリール、あなたすごいわね! 筋がいいわ!」

 まだ1尾も釣れていないくせに何目線だと思われそうなことをリリアナが言っても、マリールはまったく気にせず可愛らしくはにかんでいる。

「ありがとうございます。とっても楽しいです」

 そんな彼女を、ネリスが眩しそうに目を細めて見ている様子が微笑ましい。

 最初のギクシャクした雰囲気はどこへやら、ワカヤシ釣りで親密度アップ作戦がうまくいっていることに満足して、リリアナはハリスの元へバケツを運んだ。


「お、ちょうどいい大きさだな」

 ハリスは早速ワカヤシに水溶き小麦粉の衣をつけて油に投入していった。

 手伝うリリアナにコハクがすり寄ってきて、足元を温めてくれる。

 ワカヤシは片手のてのひらに乗るほどの小さな魚だ。

 小ぶりのものは、はらわたも取らずにそのままで、そこそこ育っているものは包丁でサッとはらわたを取り除いてから揚げる。


 サクっと揚がったワカヤシに塩を振り、あっというまにワカヤシのフリッターが完成した。

 ワカヤシは、頭から尻尾まで骨も全て食べられるのが魅力のひとつだ。

 

 バスケットに並べていると、横からヒョイっと手が伸びてきた。

「美味そうだな」

 つまみ食いしたのはテオだ。

「ちょっと! これマリールちゃんの分なんだから、やめてよね!」

 サクサクといい音を立ててワカヤシのフリッターを咀嚼しているテオは、聞く耳を持たずにさらに手を伸ばそうとする。

 リリアナはその手をペシッ叩いてたしなめ、フォークを添えてバスケットを差し出した。

「これ、ネリスたちのところへ届けてね。途中でつまみ食いしたらダメだからね!」


 かわりにテオのバケツを受け取ると、ワカヤシが10尾入っていた。

「テオもなかなかやるわね」

「そうだな」

 リリアナとハリスは顔を見合わせて笑い、またフリッターを作り始める。


「おーい! 竿引いてるぞー!」

 テオの声が聞こえて顔を上げる。どうやらリリアナの竿に当たりがあったらしい。

「いま手が離せないから、テオが上げてー!」

 フライパンの前に立ったままリリアナが手を振った。

 


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