第13話 ④

 ハリスは2頭のカリュドールを仕留めて手早く捌き、ロース肉とモモ肉はリリアナが調理を担当してその場で食べることになった。

 コハクは、ハリスの捌いた生肉には美味しそうに食いついている。

 

 薄くスライスした肉を並べて塩を振り、付近で採集したタケノコとキノコ、臭み消し用のすっきりした苦みのあるハーブと解毒ハーブを巻いて棒状にする。それを水溶き小麦粉にくぐらせてパン粉をまぶした。

 フライパンで多めの背脂を熱して溶かすと、高温になるのを待って揚げていく。


 ジュワジュワという油が泡立つ音とともにコクのある濃い香りが漂う。

 リリアナがふと横を見ると、テオがお腹を押さえていた。

 鼻をくすぐる匂いだけで、これは絶対に美味しいやつだと察知した腹の虫たちが騒ぎ始めたのかもしれない。

 

 2日前、魔牛のステーキを最初に拒否していた理由を、

「美食は敵だとウォーリアの里で教えられた」

と、テオは語った。

 

 干し肉をかじるだけの粗末な食事を続け、美味しい物を食べたいという当然の欲求を否定していたテオだが、ハリスとリリアナの作るガーデン料理を口にすることへの抵抗感は徐々にやわらいできている。

 それが嬉しくて、思わずうふふっと笑っているとテオと目が合った。

 

「なにニヤニヤ笑ってんだよ」

「もうすぐ出来上がるから、楽しみにしててね」

「別に楽しみじゃねーし! 強化バフをつけたいだけだ!」

 ぶすくれるテオが、暴れまわる腹の虫をなだめるようにお腹をさする。

 

 そんなテオに向かって、ハリスが大きな革袋を投げた。

「素材にならない部位はまとめて細かく砕いてその中へ入れてくれ。余った分は竹の根元に穴を掘って埋めること」

「なんで俺がそんなこと――」

 文句を言い始めるテオを手で制したハリスは、丁寧に理由を説明する。

「マナー違反だからだ」

 

 肉食系の魔物が生息しているエリアでは、素材の採集を終えた屍をそのまま放置しておいても、それを餌とする魔物がいるため問題はない。

 しかしこのような草食系の魔物しかいないエリアでは大きな屍を放置しておくのはマナー違反とされている。

 

「美味い料理を食いたいなら、環境を荒らさないことも大事だ」

 ハリスはテオに説明しながらも、せっせとパンチェッタの仕込みをする手は止めていない。

 バラ肉をブロック状に成形し、フォークを刺して細かい穴を開ける。表面にまんべんなく塩・こしょう・数種類のハーブを刷り込むと吸水性の高い布にくるむ。この作業を手早く繰り返している。


 どうせテオのことだから、マナー違反行為をこれまでさんざん平気で行ってきたに違いない。

 テオがハリスに反論するのではないかと、リリアナは内心ハラハラしていた。

 しかしテオはジュワジュワ音を立てるフライパンに一瞥をくれると、くるっと背中を向けて黙々と言いつけられた作業をしはじめめる。


 食い気が勝ったのね!

 リリアナは口元をニヨニヨさせながらもどうにか笑いをかみ殺し、調理に集中することにした。

 

 3人それぞれの作業が終わったのは、ほぼ同時だった。

 大皿の上にはこんがりキツネ色に揚がったカリュドールのロールカツが山積みにされ、ほかほかの湯気と美味しそうな匂いを漂わせていた。

 

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