第12話 ③
「よろしくお願いします」
参加者たちに指輪を配り終えたエミリーが、ハリスたちの元へやって来て同じ指輪を渡していく。
「コハクちゃんも、よろしくね」
「にゃあ」
エミリーにあごを撫でられたコハクは喉をゴロゴロ鳴らしてご機嫌だ。
「なに猫かぶってんだよ」
「だって猫だもの」
テオとリリアナのやり取りを聞いてハリスが苦笑している。
この日のためにイノシシ型の魔物が多く生息するエリアで肉の調達と仕込みをしたのは2週間前。テオが仲間になった2日後のことだった。
イノシシ型の魔物は木の実や木の根、キノコを好んで食べるため、前回の草原エリアとは違い広葉樹林や竹林のあるゆるやかな丘陵が広がる地形のエリアだ。
大きく息を吸い込むと、少し甘酸っぱいような湿った土の香りがする。
ハリスが狙いを定めたのはカリュドールという、イノシシ型の中で最も大きな魔物だった。竹林に生息しており主食がタケノコであるため、肉は柔らかく風味がある。
イノシシ型の魔物に共通する注意点として、肉を食材として利用する場合は内臓を傷つけずに仕留めなければならないことが挙げられる。
腹部に血が溜まると肉がとても臭くなるのだ。血抜きや解体も内臓を傷つけないよう繊細な包丁捌きと手早さが求められる。
そういう意味で調理士にとっては難易度の高い魔物だ。ハリスはこのカリュドールのバラ肉をパンチェッタにして、講習会で実演料理するガーデン料理の食材にしたいとこだわった。
ここでのテオのやらかしはひどいものだった。
腹部を傷つけないようにとハリスが注意したそばから斧を手当たり次第に振り回し始めたのだ。
危なげなく倒したものの、カリュドールは切り刻まれてボロボロだし周りの竹まで折れている。
あまりに悲惨な状況にもかかわらずドヤ顔をしているテオの態度に呆れたリリアナは、しばし言葉を失った後ふつふつと怒りをたぎらせて盛大に叫んだ。
「ちっとも人の話を聞いてないじゃない! それどうするのようっ!」
肉が食材として使えない上に、こうも傷だらけだと毛皮素材として使える面積が小さくて買取価格が下がる。
せめて下あごの牙と背脂だけはひとりできれいに処理しろとリリアナがテオを叱っているうちに、ハリスは武器でもある大きな出刃包丁で鮮やかにカリュドールの首を落として胴体を傷つけないまま仕留めていた。
そしてすぐさま捌き始める。その様子をリリアナは食い入るように見つめた。
リリアナの本職は魔法使いだが、空腹を満たすためには大量の食事を摂取する必要があり、いずれ独り立ちできるようにハリスに手ほどきを受けているのだ。
その傍らでは、テオにカリュドールの生肉を差し出されたコハクが匂いをくんくん嗅ぎ、あまりの臭さに食べることなくネコパンチで拒否していたのだった。
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