第9話 ⑧

「じゃあね、たくましく生きるのよ」

 食事の後片付けを終えたリリアナは、名残惜しそうにレオリージャの柔らかい毛を撫でた。

 魔物をガーデンの外に連れ出すことはできないため、ここでお別れだ。

 

 しかしレオリージャはそれが理解できていないらしい。

「にゃ?」

 リリアナとハリスの顔を交互に見上げて不思議そうにしている。

 ちなみにテオのことは完全に無視しているレオリージャだ。


「じゃ、俺もこれで!」

 ガーデンの外へ出るための拠点とは違う方向へ行こうとするテオの腕をリリアナが掴む。

「待って! どこに行くのよ。帰るわよ」

「元気になったから夜行性の魔物と戦ってくる!」

 

 テオの言葉にリリアナは心底呆れた顔をした。

「はあ? 馬鹿なの? こんな赤ちゃんのレオリージャに負けたくせに」

「だから、ちげーし!」

 

 リリアナがハリスを振り返る。

「ハリス先生! テオにはちゃんとした教育が必要だわ。このまま野放しにしたら迷惑する冒険者が増えそうだもの」

「そうだなあ……」

 無精ひげを撫でながらしばし思案してからハリスが提案した。

「しばらく一緒に冒険しないか」


 テオは悩むことなく首を横に振る。

「俺はソロで狩りをするのが基本だから」

 

 テオによれば、腕っぷしの強さを買われて何度かパーティーを組んだ経験もあるが、上手くいかなかったらしい。

『自分勝手が過ぎる!』

『協調性がないとは聞いていたが想像以上に酷い!』

 そう罵られたり報酬の分配で揉めたりして喧嘩になり、短気なテオがメンバーを殴ってパーティーを追放されるというパターンを繰り返した。

 この話がガーデンの冒険者たちの間で広まり、『トラブルメーカーのテオ』というレッテルを貼られたようだ。


「そうでしょうね」

 話を聞いたリリアナは納得したように何度も頷いた。

 1回食事をともにして会話を交わしただけではあるが、それだけでもテオの身勝手さは十分伝わってきた。


「パーティーなんて面倒なだけだ」

 テオは拒否したが、ハリスはニヤリと笑う。

「美味いガーデン料理をいっぱい食わしてやるぞ」

 

「そんなもんに釣られるか!」

 言い返したものの腹の虫がまた目を覚ましそうな気配を感じたのか、テオが口を閉じてお腹を押さえた。

 その様子を見て、リリアナが笑顔で手をポンと叩く。

「じゃあ決まりね!」


「にゃっ!?」

 これに抗議したのは、テオではなくレオリージャだった。

「にゃっ! にゃあっ!」

 後ろ足で立ち上がってハリスの右足にしがみつく姿は、こんなヤツを仲間にするなら自分も連れて行ってほしいと必死に訴えているようにも見える。

 

 困った顔でハリスが抱き上げると、レオリージャはもう離れないとばかりに爪を立てて彼の胸にしがみついた。

 こうも懐かれると、ハリスも情が湧いてしまったのだろう。

 眉尻を下げて苦笑している。

 

「困ったな。名前を付けてギルドでペット登録すれば外にも連れ出せるんだが……大きくなるまでだからな?」

「にゃあっ!」

 渋々ハリスが折れ、リリアナも「やった!」と手を叩いて喜んだ。


「じゃあ、モフ太郎っていう名前はどう?」

 リリアナの弾んだ声とは対照的にレオリージャの表情がすんっとなる。

 ちなみにレオリージャの性別はメスだ。

 

「ニクでいいだろ」

 テオは、ハリスの「大きくなるまで」を、大きく育てて食べると解釈したようだ。


 レオリージャが涙目でハリスを見上げる。

「そうだな、目の色にちなんでコハクなんてどうだ?」

「にゃあぁぁぁっ♡」

 コハクは甘えた様子でハリスの胸に頬ずりしまくった。


 後に「大食いパーティー」と呼ばれるようになる彼らの、波乱万丈な冒険がここに始まったのだった。

 

(1皿目・完食)

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