第38話 決意した
俺は
「ねえ
「なんでしょうか?」
「この子をもっと幸せにしてあげてね」
そう言ったお母さんは、今までのどこか間延びした話し方ではなく、とても優しく語りかけるように俺にお願いをした。
「頑張ります」
俺は一言だけ答えると、俺のひざ枕で眠っている女の子に視線を落とした。静かに寝息を立てている月花さん。お母さんが目の前にいるというのに、気がつけば俺はまた、月花さんの柔らかな髪の毛をそっとなでていた。
「あらあら、私がいるのに冴島くんもけっこう積極的なのねぇ」
「すみません、つい」
「大丈夫よー。私はもっと積極的に攻めて旦那さんをゲットしたんだからー」
うーん、やっぱりお母さんのほうからグイグイ攻めたようだ。具体的な話を聞いてみたいような、聞きたくないような。
「積極的に攻めるって、どんな感じだったんですか?」
結局聞いてしまう俺。だって成功者の話なんだから。あわよくば、まね……いや、参考になるかもしれない。
「そうねぇ、まずは逃げられない状況を作ってぇー、それから密室にしてぇー、あとは——」
「よし、別の話をしましょう!」
まさかの物理攻撃だった。さすがに物理的に攻めるのはダメだ。
「えぇー、冗談だよー? ちゃんと私から普通にアプローチしたんだよ?」
「笑えない冗談はやめて下さい。あと密室とか怖い言葉を使うのは禁止です」
「えぇー、冴島くん厳しいー」
そう言ってぷくっと頬を膨らませるお母さん。可愛いとは見た目以外にも、仕草や言葉遣いにも適用できる。そういった意味では、月花さんのお母さんはとても可愛い。
「それにしても困りましたね。月花さん起きそうにないですよ」
「冴島くんがスッと離れたら起きると思うわよー?」
マジかこの人は。そんなことしたら、月花さんの頭が床にゴンッてなるじゃないか。……いや、ソファーの上だから平気なのか? いやいや、そんな起こしかた酷くね?
「普通に声かけて起こしましょうよ。月花さん起きて」
俺はそう言って月花さんの体を少しだけ揺らした。
「う……ん。あれ? 冴島さん?」
月花さんが目をこすりながら、ゆっくりと起き上がった。そして状況を理解すると、慌てた様子で俺に話しかけてくる。
「ご、ごめんなさい! 私、眠っちゃってましたっ!」
「そんなに俺のひざ枕が心地よかったんだ?」
「そっ、それはっ……! そう……です」
「そっ、そうなんだ……。それは良かった」
そうだった、月花さんは素直な女の子なんだった。月花さんが「もうー!」と言いながら、ぷんすか怒ることを期待していた。ちょっとからかおうとしたことが恥ずかしい。
そんな俺達を黙って見ていた、月花さんのお母さんが口を開く。
「あなたたち、もうお付き合いしちゃえばどうかしらー?」
「はぅっ……!」
お母さんの発言に月花さんがフリーズの合図を出した。
「お母さん公認ですかー。それは光栄ですねー」
俺までフリーズしそうになったけど、なんとか言葉を探し出して冷静に返す。『お付き合い』という響きに、俺はなんだか緊張してしまう。
彼女なんてできたことが無いからだ。
見た目で苦労してきた俺だけど、やっぱり可愛い女の子と付き合いたいと思ってしまうんだ。
「じゃあ私は先に行ってるわねー。二人でゆっくりしたいなら後でもいいからねー」
そう言ってお母さんは部屋から出て行った。きっちりと部屋のドアを閉めてから。
「月花さん、俺達も行こうか」
「今日はお母さんが変なことばかり言ってごめんなさいっ!」
「いやいや! 月花さんが謝ることなんか無いよ」
それから二人ともが無言になる。お母さんがあんなことを言ってから、妙に意識してしまう。月花さんも同じなのかな? そうだといいな。
今日はなんだか月花さんのお母さんに背中を押された気分だ。だからってワケじゃないけど、俺はもう一歩前に踏み出すことを決めた。
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