第37話 お母さんと話すことになるなんて

 俺は月花つきはなさんにひざ枕をしている。でも当の月花さんは眠ってしまっているようだ。その様子を見た月花さんのお母さんは、「今とても幸せそうな顔をしているんだもの」と、俺からは見えない月花さんの表情を伝えてくれた。


「月花さんの幸せそうな顔、俺も見てみたいです」


「あらー? 冴島さえじまくんの前ではそういった顔は見せてくれないの?」


 俺が初めて月花さんの笑顔を見たのは、初めて一緒に帰った日。俺が言ったたいして面白くもない冗談にも笑ってくれて、そしてその後俺が「また明日」と言うと、月花さんは満面の笑みを浮かべてくれた。


 それからも一緒に服を買いに行った時や、前に月花さんの部屋に来た時など、本当にいろんな表情を見せてくれたんだ。


 幸せそうな顔っていうのは、きっと笑顔だけじゃないんだろうと俺は思う。恥ずかしがっている表情や慌てている表情、時には怒っている表情だって、感情表現の一つだ。ましてや今は月花さんは眠っている。だから狙って表情を作ることはできない。


 それを俺には見せてくれていること。それも幸せなことなんだなと、俺はそのことに初めて気がついた。


「俺の前だと、よく笑ってくれます。それに恥ずかしそうにしているところとか、あたふたしているところとか、いろんな表情を見せてくれます。それにここぞという時には、自分が言いたいことをハッキリと言う勇気も持っていて、本当に凄いなと思うことがよくあります。あとですね——」


 俺は今まで見てきた月花さんの姿を、月花さんにひざ枕しながらお母さんに話す。お母さんは開け放たれたドアの近くに立ったまま、俺の話を「うんうん」と相づちを打ちながら聞いてくれている。話していてとても心地いい。


「——なんですけど、幸せそうな顔というのがどんな顔なのかは上手くイメージできないんです。単純に考えるなら笑顔ってことだと思いますけど」


「そうねぇー、それなら今、写真を撮って見せてあげよっか?」


「いやいや! それはダメでしょう!」


「えぇー、実際に見るのが一番なのにー」


「バレたら月花さんにめちゃくちゃ怒られますよ」


「私だって月花なんだけどねー。私の名前教えてあげるから、次からは名前で呼んでほしいなー?」


「話をややこしくしないで下さい」


「えぇー、それならちょっと待っててねー」


 お母さんはそう言うと部屋に入って来て、何かを探しているようだ。そして少しすると俺の近くに座った。俺は月花さんをひざ枕していて体の向きを変えられないため、正面より少し左にお母さんが見える。なので目を見て話すことができる。

 

 綺麗な黒髪ロングの美人お姉さんが間近に。年齢? それは知らない。俺の印象は『美人お姉さん』なんだから、それでいいと思うんだ。


「さっきのお話の続きを聞きたいなー」


「えっと、月花さんの話ですよね?」


 俺は月花さんとの出来事を詳しく話した。一緒に帰っていること、一緒に服を買いに行ったこと、一緒に勉強したこと。もちろんよくない噂のことなどは話していない。もう解決したことだし、わざわざ言う必要は無いと思うから。とにかく楽しかったことだけを話した。


 すると話の途中で俺の前にスッと何かが差し出された。それはハンドミラーだった。


「ほら、今の冴島くん、幸せそうな顔してるわよ」


 そう言われて鏡を見てみると、鏡に映る俺は目が輝いて口角が程よく上がり、とても楽しそうな顔をしていた。俺ってこんな表情ができるのかと自分でも驚いたくらいだ。


「この子のことを話す冴島くん、とっても幸せそう。起きてるか眠ってるかの違いはあるけどね。私が言いたいのは、お互いに自然とそういった表情になる関係なんだねってこと」


 そう言って俺の前からスッとハンドミラーを引っ込ませ、お母さんはニコニコして俺を見ている。


「俺、全然気がつきませんでした」


「それはだって自分の顔は見れないものね。でもこの子はいつだって君のことを見ているんだと思うよ?」


 そう言われた俺はなんだか急激に恥ずかしくなってきた。俺が月花さんを見ているように、月花さんだって俺のことを見ているんだ。


 それを考えると、月花さんは俺のことをどう思っているんだろうと、その胸の内を知りたくなった。

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