第39話 約束

 俺と月花つきはなさんはそろって一階のダイニングへと移動した。テーブルにはハンバーグやスープ・サラダが並んでおり、一人暮らしでは絶対に味わえないような豪華な夕食になりそうだ。


 俺と月花さんとお母さんはそれぞれイスに座る。四角いテーブルで俺の正面に月花さん、左にお母さん。


「凄く豪華ですね」


「でしょー? ホントは明日にしようと思ってたんだけど、冴島さえじまくんに喜んでもらおうと思って今日にしちゃった!」


 月花さんのお母さんは『てへっ!』みたいな仕草をしてそう言った。


「ここまできて言うのもなんですけど、冴島さんにも夕食の都合があったのではないでしょうか?」


「俺? 夕食の都合なんて無いよ。いつもコンビニで弁当を買うかインスタント食品で済ませるかなんだから」


「あらー、それじゃダメよー。いくら若くても体調崩すかもしれないよ?」


「それはそうなんですけど俺、上手く料理できないんですよね」


 元の世界でも一人暮らしだったから、正直言って生活スタイルは変わっていない。多少は料理してみようとしたことはあるけど、一人で作って一人で食べることの寂しさに、どうにも慣れることができなかったんだ。


 だからせいぜいたまに米を炊く程度。そしておかずはスーパーの惣菜で済ませる。いつしかそんな食生活にもすっかりと慣れていた。


「あらそうなのー。だったら家に作りに行くというのはどうー?」


「えっ? お母さんがですか!? いやいや、そういうわけにはいかないでしょう!」


「えぇー、どうしてー? こう見えても腕前は確かなのよー」


「それはそうでしょうけど、俺が気にするんですよ!」


「えぇー、きっと満足すると思うんだけどなぁー」


「とにかくダメですから!」


 すると俺とお母さんの押し問答を目の前で見せられていた月花さんが、立ち上がって口を開いた。


「あのっ……! それなら私がっ……! 私が冴島さんの家に行きますっ!」


 月花さんが時々見せる積極的な部分だ。いつもの弱気な様子とのギャップに、思わず黙ってしまう迫力がある。


「だって。冴島くん?」


 お母さんはまるでそれを待っていたかのように、すぐさま俺に振ってきた。この流れで断るような強心臓を俺は持ち合わせていない。


「それならお願いしようかな……」


「はいっ、任せてください」


 半ば言わされたような感じになったけど、もちろん嫌なはずがない。それどころか家に女の子が来ること自体が初めてだ。


「決まりねぇー。それにしても冴島くん、私が家に行くと思ってたの?」


「違うんですか?」


「違うわねー。『私が』冴島くんの家に行くとは言ってないよ?」


 やられた。話の流れから俺が勝手に勘違いをしていただけだ。ということは、月花さんもか。


「もう! お母さんっ!」


「私にヤキモチ焼いちゃダメじゃないのー」


「ホントに怒るよっ!」


 二人とも見事にお母さんの思うツボにはまってしまったようだ。それにしてもお母さん、やたらと俺と月花さんをくっつけようとしてくるな。


 きっと大人のお母さんから見て俺達は、『早くくっつけ』状態なのだろう。いわば『イケるぞ!』というサインを俺に送ってくれているということだ。多分。


 俺は恋愛経験が無いからそれを鵜呑みにするけど、いいよな? 駆け引きとか全然分からないし。


「それでいつ俺の家に来てくれるの?」


「もちろん明日よー!」


「お母さんは静かにしてて下さい」


「はぁーい……」


 少し口をとがらせるお母さん。本当にこの人は自由だな。


「えっと、夏休み中は……どうでしょうか?」


 確かにもうすぐだし、泊まるならそのほうが都合がいいか。……いやいや、泊まるってなんだ?


「そうだね、それがいいと思う」


 こうして思いがけず夏休みの予定ができた。

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