第31話 左右同時

 女子生徒の後ろに見える校舎に、大勢の生徒が集まっている。俺はこの女子生徒から合計三発のビンタをくらったんだけど、二発目をくらった後、その校舎に徐々に人が集まり始めているのが見えたんだ。


 なぜなら俺や月花つきはなさん、そしてこの女子生徒が大声を出していたから。人が集まっても不思議じゃない。


 カッとなって冷静さを失っていた女子生徒はそれを見落とした。俺も一発目のビンタをくらった時に、思わずカッとなりそうだったけど、深呼吸をして怒りが収まるのを待った。


 だから俺は冷静に、生徒が集まってきていることを認識することができた。もっとも、俺の後ろは校舎の壁なので、この女子生徒が冷静だったところで、生徒の姿は見えなかっただろうけど。


 すると大勢の生徒がざわつき始め、「あの人ならやりかねないな」やら、「暴力はダメだろ」といった声がチラホラと聞こえてくるようになった。


「違う! 私は何もしてない! こいつらが私の身に覚えのないことで疑いをかけてきたんだ!」


 振り返って状況を理解したらしい女子生徒が、慌てた様子で集まった大勢に訴えかける。いったい何人が信じるのだろうか。


 俺に三発も全力ビンタをしておいて、何もしてないはないだろう。なんというか、みっともない。


「あのねぇー、この状況で誰があんたを信じるっていうの?」


 甘泉あまいずみ先輩が女子生徒に向かって、優しく語りかける。


「先輩、ビンタ三発は痛かったですよ! しかも全部右頬! 同じ所ばかり狙うなんて、暴力を振るうことに慣れてるんですか?」


 ちょっと性格が悪いかな? なんて思いつつ、俺は甘泉先輩に乗っかった。


 その後おそらく生徒が呼んだのだろう、ガッチリとした体格の男の先生がやって来て、俺と女子生徒は事情聴取を受けることとなった。


 月花さんと甘泉先輩は止めようとしたということで、おとがめなしということになったようだ。


 俺がようやく職員室から出ると、月花さんと甘泉先輩が待っていてくれた。


冴島さえじまさんっ! 大丈夫ですか!?」


「大丈夫だいじょうぶ。ほんの少ーしだけ怒られたけど、俺は被害者みたいな感じだから、特にペナルティは無いってさ」


 本当は先生からわりとガチで怒られたけど、わざわざ言わなくてもいいことだ。


「冴島くん、それであの女子はどうなった?」


「あの人は普段の素行の悪さに加えて、やはり暴力を振るったということで、けっこうキツいペナルティがあるみたいです」


「そっか。まあ当然だよねー」


 停学レベルのペナルティになることだってあるだろう。それは甘泉先輩にとっても関係が深いことのはずなんだ。だってあの女子生徒の悪意によって、俺が想像もできないような苦労をしてきたに違いないだろうから。


「甘泉先輩、待っててくれてありがとうございます」


「お礼なんていいってー。むしろ私こそありがとね、私の噂がウソなんだと大勢の前で証明してくれて」


「だってやっぱり許せませんからね。こんなにも前向きで優しい女の子が、一人の悪意のせいで周りから変な目で見られていることが」


 俺がそう言うと、甘泉先輩は俺の肩に腕を回し、顔を近づけておどけてみせる。


 茶色がかった髪色で、肩辺りまであるゆるふわポニーテールに、眉毛までのふわっとした前髪。ふんわりとした髪型で、目鼻立ちがハッキリとしている美人が俺と密着している。


「おっ、冴島くん、言うようになったねぇー! でも先輩を女の子とか言ったらダメじゃん!」


 相変わらず甘泉先輩からは柑橘系のいい香りがしてくる。近いんだよなぁ、顔が。美人お姉さんへの耐性はまだ無いんだから、ドキドキしてしまうのに。


「月花さんもありがとう」


「いえっ……! お礼を言うのは私のほうです! ホントはさらに変な目で見られるようになって、すっごく困っていたんです。冴島さん、本当にありがとうございました!」


 月花さんも俺にいい笑顔を向けてくれる。俺はこの笑顔が見たいんだ。


「どういたしまして。じゃあ帰ろうか」


 俺と月花さんはいつものように一緒に帰ろうと横に並んだ。しかし今日は少し違っていた。甘泉先輩も俺の横に並んだんだ。


「えっ!? 甘泉先輩?」


「だいじょーぶだって! ちゃんと月花ちゃんの許可はもらってるから」


「月花ちゃん呼び……いつの間に」


「もう! 私の許可なんていりませんっ!」


 俺は右に月花さん、左に甘泉先輩という、美人可愛い女の子と帰ることに。そして月花さんとのいつもの別れ道に着いた。


「私も月花ちゃんと同じ方向なんだよねー」


「そうなんですね。ならここでお別れになりますね」


 俺はそう言って帰ろうとしたけど、二人とも歩き出そうとしない。


「あれ? 二人とも帰らないの?」


「あの……、冴島さん。叩かれたほっぺはもう痛くないんですか?」


「ああこれね、大丈夫。もう痛くないよ」


「よかった……安心しました」


「月花ちゃん、私は左ねっ!」


「わかりました。なら私は右ですね!」


 二人が何を言っているのか分からない。左とか右とか、なんのことだ? 俺が考えていると、いつの間にか二人が俺の隣に来ていた。甘泉先輩は左に、月花さんは右に。


「じゃあいくよ月花ちゃん、せーのっ!」


 甘泉先輩がそう言った直後、俺の両頬にとても柔らかな感触がきた。二人から同時にキスをされていた。


「えっ……と」


 突然のことに俺は言葉が続かない。


「さっき職員室の前で待ってる間、月花ちゃんと話し合って決めたんだー」


「その……冴島さんが喜ぶお礼をしたいなって……」


 その結果が二人同時にキスって……。甘泉先輩の仕業だな。


「いやぁー、それにしても月花ちゃん、意外と大胆だよねー。冴島くんへのお礼にキスを提案するなんてさー」


 まさかの月花さんの提案だった。

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