第30話 叩かれる

 俺と三年生の女子生徒の間に、月花つきはなさんが割って入った。この女子生徒は簡単に人に手を上げるような人物だ。


 万が一にも月花さんが叩かれるようなことがあってはいけない。俺は月花さんを抱き寄せて後ろへと避難させ、俺が女子生徒と対峙する。


「まさか女の子にまで手を上げる気ですか?」


「だったらお前がもう一発くらうってのか?」


「分かりました、どうぞ! その代わり月花さんに謝って下さい」


「だったら望み通りぶっ叩いてやるよ!」


 女子生徒はそう言って左手を振り上げる。不思議と心構えひとつで、どんな痛みにも耐えられそうな気がする。


 そしてまたしても、何かが弾けるような音と共に俺の右頬に鋭い痛みが走った。二発目のビンタだ。しかも同じところ。ビンタってこんなにも痛いのかと身をもって体験した。


冴島さえじまさんっ!」


 後ろから月花さんの声が聞こえる。心配そうに俺の名前を呼んでくれる人がいることが本当に嬉しい。


「俺はきちんと叩かれました! 月花さんに謝って下さい!」


「謝る? お前何言ってんだ? 私がこのブサイクに謝ることなんて無いだろ!」


 俺は女子生徒の方を見て、ある確信をした。


「先輩にもう一度お聞きしますけど、月花さんが手当たり次第に男子に声をかけて、遊びまくっているというウソの話を、仲間に頼んで意図的に広めたのは先輩で間違いないですか!」


 俺は改めて確認するような大きな声で、女子生徒に問いただした。


「だからそうだって言ってんだろ!」


「そんなことをした理由は、月花さんがいつも俺と一緒にいることが気に入らないから。ただそれだけ。それで合ってますか!」


「そうだってさっきも言っただろ! 何回同じ説明させるんだよ!」


「それは間違ってます! 『俺が』いつも月花さんと一緒にいるんです!」


「ごちゃごちゃうるせーんだよ!」


 俺はまた右頬にビンタをくらった。痛みが積み重なって、感覚が鈍る。でも俺の口元は笑みを浮かべていた。


「もうやめてっ! やめて……。私のためにっ……! 冴島さんが酷い目に遭うなんて……、私耐えられない……!」


 後ろから俺の腕を月花さんが掴む。それと同時に月花さんの声が聞こえるけど、どんな表情をしているかは見なくても分かってしまう。


「それくらいでやめときなよ」


 もはや聞き慣れたと言ってもいい声が聞こえてくる。甘泉あまいずみ先輩の声だ。


「お前はっ……! 冴島! こいつだってそこのブサイクと同じだからな! 男と手当たり次第に遊びまくってんだよ!」


「あーはいはい。遊んでる遊んでる」


 甘泉先輩は軽い口調でそう言いながら俺達に近づくと、俺達と女子生徒の両方が見える位置で立ち止まった。俺からすると左側だ。

 俺は甘泉先輩の姿を確認すると、さらにこの女子生徒に質問をすることにした。


「そういえば先輩、甘泉先輩が手当たり次第に男子に手を出してるってウソを広めたのも、先輩なんですよね!」


「なんで冴島が知ってんだ? そうだよ! そっちの奴の噂も私が流したんだよ! だってそいつイケメンからの告白を断ったんだぞ? そんなことしていい立場か? だいたい告白を断ること自体が生意気だろうがっ!」


「ということは、甘泉先輩の噂もウソということですね!」


「お前、私の話聞いてたか? 私が流したんだから、そうに決まってんだろ!」


(これくらいでいいか)


「先輩、後ろを見て下さい」


「後ろだと? 何があるってんだ」


 この女子生徒の後ろの方に見える校舎では、大勢の生徒が集まって俺達を見ている。ここは人通りが少ない場所だけど、連続してあんな大きな声がしていれば、さすがに目立つ。


 何事かと様子を見に来る生徒がいたって不思議じゃない。そして少しずつ人が増える。それは人だかりとなり、さらに自然と人を呼ぶ。こんな修羅場のような状況に、進んで関わろうとする人はいないだろう。


 言わば集まった人達全員が、この女子生徒の『自白』と『暴力』の目撃者になる。それはどんな言葉をもってしても、覆すことはできないだろう。

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