第5話 美少女とざまぁ対象

 俺が登校すると、何やら騒がしい。道行く生徒の視線が一箇所に集まっているようだ。


 その中心には金髪で短髪の男子と、その近くには女の子の姿がある。男のほうは昨日、月花つきはなさんに暴言を吐いた百本桜ひゃっぽんざくらだった。女の子は後ろ姿のため誰かは分からない。


 この世界は人への美的感覚が元の世界と逆転している。そして百本桜はイケメン扱い。だから俺から見ると、俺と似たような感じだ。


「前を見て歩きやがれ! このブサイクが!」


「何言ってるんですか、あなたが突然飛び出してきたんじゃないですか」


 ここは校門と校舎のちょうど中間地点だ。注目しながらも通り過ぎる生徒もいれば、足を止めて見ている生徒もいる。止めようとする人はいない。それは分かる。むしろそれが普通だとも思う。


 何があったのかは知らない。ただ、女の子の見た目は明らかに関係ないじゃないか。

 俺は見た目が冴えない苦労を知っている。だからこそ、ああいうことは見過ごせない。


「ちょっと待てって百本桜」


 俺は二人の間に割って入った。


「ああ? またお前か冴島さえじま


「何があったのかは知らないけど、少なくとも酷い言葉を口にしていたな」


 ここで初めて女の子を前側から見た俺は、驚愕した。めちゃくちゃ可愛いからだ。


 肩まである長めの茶髪ボブに、小柄で幼さの残る童顔。それでいてくっきりとして整った目鼻立ち。……ほんとこんな可愛い子をブサイクだなんて、なんだこの世界は。でも、この世界だとおかしいのは俺になるんだろうな。


「こいつが俺にぶつかってきたんだ!」


「違います! あなたがいきなり横から飛び出してきたんじゃないですか」


 迷わず美少女の味方になりたいけど、この時点では一応、百本桜が言っていることが本当の可能性もある。


「まずは酷い言葉を浴びせたこの子に謝るのが先だろ」


「テメェには関係ないだろうが!」


「あっ……あの!」


 声がした方向を見ると、月花さんが立っていた。


「私……百本桜君がそちらの女の子にワザとぶつかるところ、見ました」


 月花さんはそう証言した。きっと勇気を振り絞ったに違いない。


「へっ! 誰がお前みたいなブサイクの言うことを信じるんだ!」


 当然、百本桜は否定する。すると、さらに意外な言葉が聞こえてきた。


「じ、実は私も、あの男子があの子にワザとぶつかるところを見たの」


「実は僕も……」


 周りで騒ぎを見ていた生徒の何人かも、月花さんに続いて証言を始めた。トラブルに巻き込まれたくない思いのほうが強くて、言い出せなかったのだろう。


「あの人イケメンだけど、最低だよね」


「あいつ、イケメンなのは認めるけど性格が終わってんな」


 するとさらに周りの生徒の一部から、チラホラとそんな声が聞こえる。月花さんの言葉をきっかけに、少しずつ空気が変わり始めた。


「なっ、なんだお前ら……。そうだ! 証拠はあんのか? 所詮お前らが勝手に言ってるだけだろうが」


「カメラ……。防犯カメラがあるじゃないですか」


「カメラだと? そんな話は聞いたことねえな。嘘つくんじゃねえ!」


「何を言っているんですか。嘘だと思うなら、先生にでも確認してみてください」


 そういう言い方をされると、本当に確認する人は少ないんじゃないだろうか。防犯カメラなんて、生徒で普段から意識している人はどのくらいいるんだろう。


 そう言い放った月花さんの表情は凛として力強い。思わず気圧けおされそうになる。


「チッ、やめだ。くだらねえ。どうせ嘘だろうが今回は見逃してやる」


 百本桜も月花さんの迫力を感じたのか、校舎のほうへ歩いて行こうとする。


「何あのイケメン。ダサくない?」


「あのイケメン、だっせえな」


 周りにいる生徒の一部が大きな声で言う。百本桜にも聞こえているはずだ。結局は自分で自分の評判を下げることになったんだ。


「月花さん、ありがとう。凄いね」


「い、いえ……。あの人、以前から問題行動が多くって……」


 確かに人にワザとぶつかるなんて、普通じゃない。何か理由があるのか? どうもあいつは人の見た目に執着しているような気がする。これでおとなしくなるとは思えない。


「あの! ちょっといいですか?」


 そうだ、この女の子のことをすっかり忘れていた。


「助けてくれてありがとうございます!」


 女の子はそう言うや否や、俺と腕を組んできた。間近で見たその子はやっぱりめちゃくちゃ可愛くて、冴えない扱いをされる、この世界が間違っているんじゃないかと思えた。


(距離の詰め方おかしいけどね!)

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