ぬらりひょん

 そろそろ親父の墓のある寺が近づいてきた。やや懐かしい風景が先ほどから見る事が出来、上機嫌だった。道中足元も軽やかに何も心配がなく到着できそうだそう思っていた。通り沿いには正月の締め飾りのかたずけていない家がある。戸は開けっ放しで不用心だなと思いひょいと中をのぞくと、夫婦と子供が一人、炬燵で団欒しているのが見えた。気にも留めずそのまま先を急ぐ。


正月も開け、久しぶりに家族水入らずで居間でゆっくりとしていた。居間には足元の中央に火鉢を置きそこに四角のやや大きめの卓袱台に布団をのせ卓袱台の大きさの板を載せた炬燵を家族で囲んで団欒をしていた。炬燵の上には笊に山の様に蜜柑を積んである。まだ誰も手を付けていない。


すると見ず知らずのみすぼらしいのか立派なのかわからない老人が家に勝手に入ってきて勝手に居間の炬燵に入り、寛いでいる。炬燵の上の笊に山の様に積まれた蜜柑を一つ無造作に手に取るとゆっくりゆっくりと見ている方が何やら不安になる位の丁寧さで皮を剥いていく。そしてすべて剥き終わった蜜柑を自分の目の前に置き、片手の人差し指と親指で一つまみしてはゆっくり口の持っていき、美味しそうに眼を細めて50くらい丁寧に噛んで飲み込む。それを蜜柑が無くなるまで続けた。居間にいた家の家族はあまりにも当然の様にその蜜柑を食べていたので、その存在を変だと疑っている自分らが悪いのかと錯覚するほど頭の中が真っ白でその様子をただじっと見ていた。


お茶を一杯下さらんか。そうその男が少し重厚な声で奥さんに行ってきた。なんで自分が客でもないのに茶を準備しないといけないのかと不満に思ったが、まあお茶を飲んで帰ってくれるのならと思い、準備をしてお茶を出す。特に茶菓子は出さずにいた。すっずずず。と何やら勿体つけてお茶を美味しそうに飲み干す。ゆっくりと湯呑を置くとほっと息をつき、目を細め何やら瞑想にでも更けているのか全く何も考えていないのかまたしばらくじっとしている。


家族の方はじりじりしだす。このまま帰らずにいられるのはさすがに困る。ここは出ていくよう切り出すべきか逡巡する。他の家族員に相談すべきだと思う。それぞれに思っているが、何か話している内容を聞かれるのも拙い様な気がしてまた逡巡する。そうこうしている間にあっという間に時間が経ってしまう。そうだそろそろ夕餉の支度をしなくてはと奥さんは台所へと向かった。子供は用を足すのをずっと我慢していたのか、いい機会だと外の厠へと急ぎ足で向かった。旦那の方は何やら疲れが出てついうとうとしていた。ハッと目が覚めると周りは誰もいなかった。それはそうだ。奥さんは台所で支度をしているし、子供は外に出ている。何も不思議なことはない。目に留まった蜜柑を手に取り、ゆっくり丁寧に剥いて食べた。炬燵の上には蜜柑の皮とが残されていた。


町中ですれ違いざまに何やらみすぼらしいのか立派なのかわからない老人が目に止まった。ただそれだけだった。そしてまた旅をつづけた。

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