だいだら法師
夕暮れ時、田舎のあぜ道を歩いていると、ふと山の影が動いたように思えた。
ふっと山を見上げてみると、夕日が目に入りまぶしくて何も見えなくなった。ただ、一瞬だけ山の裏へと隠れた、まあるい大きな頭のようなものが見えた気がした。
山を踏み越えることができるほど大きい。それどころか山そのものがだいだら法師の置いたものだというものもおる。神話だ。しかし、自然にはそれらを立証するものが数多く存在していた。そしてそれらを見てしまった住民はだいだら法師の存在を信じているのだ。ただ、大きいというだけで誰も見たことはない。その前提で荒唐無稽の話を村人が展開してしまったりする。あまりの高さに頭が見えないとか足跡に湖ができた、雨が降っているのにその陰のところだけ雨が降っていない。とだから傘も必要ない。自分で見たり体験したことを話し出したりする。しかし彼らにはその姿は見えない。そして今出るぞ今出るぞとうわさされるがなかなか出てこない。そのうち誤解による騒動が起きる。
やれ、畑の作物がダメになっているのはだいだら法師が踏んだからだの、やれ今年の干ばつはだいだら法師が、雨を遮っているからだの。だいだら法師は立ち上がると、雲の上まで頭が届く。だから雲はだいだら法師を怖がって、周りに逃げてしまうのだ。なんてまことしやかに話された。あまつさえ、その誤解を利用し悪事を働くやからも出だした。
ある時、作物が全滅した時期があった。さて、年貢をどうしようということになる。ひとりの村人が、それならだいだら法師が畑を踏み潰したことにすればいい。と言い出す。最初は躊躇していた村人たちも、次第にほかに手がないこともあって、そういことで口裏を合わせようということになっていった。そして、それらの村の問題について会合を開くことになった。
善良で口数が少なく、大人しい一人の男がいた。
お前がだいだら法師を怒らせるからこうなるのだ。と一人の男が言った。
そうすると、皆がそうだそうだと言い始めた。ざわざわ村の会合の中、一つの解決策を見出したのか皆がその男のせいにし出した。しばらく、もぞもぞと何か言いたいのか言いたくないのかはっきりしない態度をしていた男に対して、大体その男が悪いということで話が付きそうになった時、だいだら法師についてはと男は話しをしだした。いつも物静かなこの男が話し出したことに村人たちは驚いた。おらが知っているのはだいだら法師を悪くいってはいけないということだ。と男は村人を戒めた。村人はざわざわとざわめきだす。何を言っておる。村人の一人は言った。だいだら法師がやったんだべ。そのだいだら法師を怒らせたのがおめぇだって言ってんだ。いまさら言い逃れするでねぇ。男はもじもじする。
男は誰とも会わずに生きてきた。気が付くと森の中で一人ぼっちであった。
その男が住んでいたところがどんなところか想像してみる。山は深く、緑が濃い、原っぱは広く、川は流れていない。水源はある。湖など。水は少しも動かず、まるで鏡のよう。夕暮れ時、朝ではない時。だんだんと暗闇が落ち、まるで光が無くなる。
人はおらず、道理も通らぬ。慌てず落ち着いて正しい理を見出さねばいけない。それらの積み重ねによって、だんだんと生活が出来てくる。そして、一緒にだいだら法師も出来てくる。だいだら法師は男の世界を作っていく。男がそうだと思ったことがそう世界に成る。その時、気づくと最初からそうなっていた。男は幸せだったに違いない。しかし、男は山を下り森を抜け、人々のいる村へ出てきてしまった。そして、人々がいる世界に気づきそこで生活していくことにする。そしてだいだら法師はいなくなった。
そんなこんなで、だいだら法師はもういない。だいだら法師は願いをかなえていただけだ。だいだら法師は。きっとおらの願いをかなえてしまうんでねぇか。
昔みたいに静かに暮らしてぇって少し思っただけだ。みんないない方がえぇってちょっと思っただけなんだ。
そう廃村で一人で住んでいた老人はぼそぼそと話してくれた。ほんとかどうかはわからぬ。ただ、休憩に寄った民家だった。ちょっと茶飲み話でからかっただけかもしれぬ。さて、おらそれでは先を行くでぇよ。とどっこいしょと腰を上げ、老人を背にまた旅路についた。日はさらに傾きだんだんと大きな影を旅人に落としていった。
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