座敷わらし
日が暮れてきて、田舎道を歩いていると、夕日が、山の向こうに隠れていく。そうすると、森の深さがわかるように闇が増えていった。
そろそろ宿を取ろうと思っていた矢先に、旅宿が見えてきた。
中に入ると大部屋にいろんな行商人が寝ていて、少し手狭な感じがする。窓から、星空を眺めていると、宿のおかみさんが、濡れ手ぬぐいとお茶を持ってきてくれた。濡れ手ぬぐいで顔を拭いていると、とまった宿屋のかみさんが、話しかけてきた。
この辺はだいぶ田舎の為、いろいろご不便をおかけします。といった感じ。
ふと、この宿へ来る途中、大きな長者屋敷みたいなものを見たが、どうやら人が住んでないらしい。よっぽど栄えていたようだが、何かあったのだろうか。と思い出したことをそのまま口に出して聞いてみた。
ああ、あのお屋敷でしたら、老夫婦が住んでいましたが、先ごろお二方ともお亡くなりになりました。
栄えていた時は、来客がひっきりなしでしたのに、借金を抱えるようになってだんだんと人の出入りが少なくなり、最近では全く人の気配は致しませんでした。
ええ、特に不審な死に方ではありません。お二方とも老衰です。ただ、奥さんがなくなったら追いかけるように寂しそうにおじいさんもお亡くなりになりました。
お二方ともお亡くなりになったとたん、ほら、家の方も朽ちるのが早く、あっという間に屋根に穴が開きみずもりがし、湿気て黴臭くなっていったので、誰もそのあとあの家に住もうとは思わないのです。
ふーん。とあまり興味のなさそうな返事をしてしまって、取り繕うようにあの家はどうやらだいぶ栄えていたらしいが、何かされていたのかい。商売とか。
と聞くと、
特に何かしていたという話は聞いておりませんね。ただ・・・
と話は続いていった。
昔から、この村には不思議な子供がいるという話がある。
誰も見たことはないのだが、確かに子供はいるという老人が結構いるのだ。
そして、わらしがいる家は栄える。
出ていくと廃れる。
そんなうわさが遠い昔からあったということであった。
そんなまさか、わらしがいるだけで、商売が繁盛すれば苦労しないよ。
と笑い飛ばすと、
いえいえ、別にわらしが商売を助けるわけではございません。
ただいるだけです。いるだけでその家は栄えるのです。
ただ、わらしの機嫌を取るため、住民は仕事が手につかなくなることすらあるらしいのです。
自分はたまたまその老夫婦と話す機会がございまして、不思議なことがあったことを話すのを聞いてしまったのです。
老夫婦はもともと貧乏で、こじんまりと住んでいました。しかし、ある時、子供の笑い声が聞こえたそうです。周りにはだれもいないのに。
老夫婦はもともと子供はいなく、とても子供を欲しがっていたそうです。
最初、老夫婦は気味悪がっていました。
家は少し、山の影にあたり日陰でしたので暗く、その暗いところから声が聞こえるようだったのです。
声が聞こえるとあちこち探したそうです。例えば押し入れや厠など。
そうするととてもうれしそうな笑い声が聞こえ、しまいには土間からわらしが飛び出てていく気するらしたそうです。
そんなこんなで、
と話は続いていく。
どうやらわらしは無邪気であった。
特に怒ったりはしない。むしろ老人たちに対し、優しくふるまっている印象すらある。
ただ、遊び以外は興味がない。むしろ、遊び以外は邪魔だと本気で思っている節がある。
道具を使わず、老夫婦のことばが楽しみであった。しかしわらし自身は無口ではある。
わらしにとって、遊ぶことが重要で、その住人の都合はあまり関係なかった。
そのため、しばしば、住人にとって不都合なこともあった。
例えば、料理のかまどをつけているのに、住人を遊びに誘い、それをむげに断ったりすると、かんしゃくを起こし、住人にわるいいたずらをしたものだった。
例えば、仕事がうまくいかないようなうそ。雨が降っていないのに、遊ぶ時間を作るため、農作業をさせないために雨が降っている誤解をさせたり。
いつもだったら、目的、大体は遊び、が簡単に達するように誘導するのに、機嫌が悪いと、仕事など間違った結果になるように誘導したりする。
だんだんと慣れてくると、わらしが何がしたいのか、何をしているのか理解してくるようになる。
ある時、わらしが、かくれんぼをしていた。そのように感じた。そして、おじいさんはそれに合わせ、わらしを探すふりをする。そうすると何やら、わらしの笑い声が聞こえるようだった。ああ、今日は機嫌がよいのだな。とおじいさんもうれしくなった。
家自体は手狭なので、あまり時間をかけずとも、すべてを探し回ることができる。
おじいさんはふと、もう少し、建物が大きかったらよかったなぁ。なんて漏らしてしまった。
しばらくして、集落の長がやってきた。
話を聞くと、なんでも、集落の収穫物を保管するために、倉を建てたいそうだ。そのために、土地が必要なのだが、なかなかいい土地が見つからない。探しているときちょうどこちらに来るとき、裏の畑が使われてなくめっぽう荒れ果てているのが見れた。それなら、その土地を利用できないかと今こちらに相談に伺ったところだとのことだった。
おじいさんは特に断る理由もなかったので、一も二もなく許可を出した。
ありがたい。もちろん倉の使用料やら管理料、何やら入用なことがあれば用立てる。倉の空きが余っていたら自由に使っていい。ということとなった。
急に降ってわいたような話で老夫婦は戸惑ったが、しばらくすると本当に倉を建て始めてしまった。
そうしてくると、急に懐が潤ってくる。貧乏だった家もだんだん裕福となり、家も大きく改築することとなった。
立派な家を建てた。部屋をいくつも持って、かくれんぼがしやすいようにした。
そうしてみると、わらしの笑い声がとても楽しそうに聞こえるようになった。
老夫婦は、ほっとしてああっ、わらしがよろこんでいるよばあさん。よろこんでいますねおじいさん。なんて笑いあったりしたものだ。
唐突に、わらしとの遊びは始まる。とにかく、わらしが遊びたいときに遊ぶのだ。具体的にわらしがいると分かるわけではないが、しかしわらしはいるのだ。おじいさんがそんなわらしの相手をしているのをおばあさんはにこにこと様子を楽しそうに眺めている。
特に何かが欲しいというわけでもないようだ。ただ、そこにいる。そこにいることを感じる存在。
いつも誰かにかまってほしいのだ。
だから、大人の方もついついかまってしまう。
そうなってくると、だんだんわらしに対して親しみを感じるようになる。
特に話をするわけでもないが、そういう関係を作っていってしまうのだ。
例えば、食事を余計に準備するとか。そんなやらなくていいことをついやってしまう。それでも老夫婦は幸せなのだ。わらしが喜んでいるから。
倉の方は、収穫物ができると村中から穀物が集まりいっぱいになる。それを必要な分だけ、必要な時に取りに来るわけだ。特に何か管理をするわけでもないが、その保管料、管理料として結構な額の収入を得ることができた。
そして、自然と人の出入りが激しくなり、いろいろ融通をしてくれたりする。
すると、家が栄えてくる。
ある時、豊作の宴会を老夫婦の家でやることになった。集落中の人たちが集まって、とても楽しく飲み食いし、談笑していた。
つと、おじいさんは何やら物陰からわらしがこちらを見る気配を感じた。しかし、おじいさんはわらしの事はそ知らぬふりをして、宴会を楽しんでいた。
バターン。
家中に響き渡る大きな音がして、何やら振動が来た。皆が、音のした方へ集まってみると、大きな扉が地面に落ちて大きな音を立てていたのだ。
穀物倉の扉が壊れ、穀物が急な突風に舞い上がってしまっていた。
集落は結構な損害を出してしまった。
その晩は大騒ぎになって、宴会はそのままお開きとなった。
おじいさんが落ち込んでいると、村の長は、
気にせんでええよ。たまたま、倉の扉の建て付けがわるかったのだ。
あんたが気に病むことではない。また、みんなして倉はなおすからこれからもよろしく頼む。
と言って、また、元通りの扉になおしてくれた。
ただ、おじいさんだけはもしかしたらという気持ちを抑えられなかった。
そういうことがあったことも忘れるくらい日がたったころ、またわらしが老夫婦の近くで遊ぶようになっていた。おじいさんも以前の事はすっかり忘れて、楽しそうにわらしの遊び相手になっていた。
梅雨時期になり、雨がしとしと降り続いていた。
雨がうっとうしかったので、倉までの道がちょっとおっくうになっていた。
相変わらず、家ではわらしと遊ぶのが日常となっていた。
ふと、かくれんぼの最中にわらしに以前頭に浮かんだ疑問を聞いてみる。
なあ、あの倉を建てるように仕向けたのはお前さんじゃなかろうか。
わらしは答えない。
もし、できることなら、家から倉まで渡り廊下を作ってはもらえんじゃろか。
わらしは答えない。
遊び相手をしてほしいのなら、それぐらいやってくれてもいいんじゃなかろうか。
と、
びぃゅーっと、不思議と家の中に突風が吹き、おじいさんもおばあさんも目を開けていられなかった。
不思議なこともあるものだ。家の中で風が吹くとは。
それから、わらしはおじいさんと遊ばなくなった。
倉からの穀物が、黴にやられてしまう。全滅だ。今回も大丈夫かと思ったが、集落の長は難しい顔をしておじいさんにこう言った。
なんてことしてくれたんだ。
おじいさんは不思議そうな顔をする。
これでみんなの穀物は全滅だ。これからみんなはどうやって暮らせばいいのだ。これはあんたの責任なんだ。
おじいさんは慌てて尋ねた。
どうしてだ。
そうすると集落の長はこう答えた。
倉の扉の鍵をかけ忘れたのだ。そのせいで、扉が開きっぱなしとなり、先日の雨の湿気が倉の中に入ってしまったのだ。そのせいで、穀物は黴が生えてしまったのだ。
おじいさんは青い顔をした。かくれんぼをしたとき、鍵をかけ忘れてしまったのだ。
このまま、あんたに倉を任せてはおけない。それと、今回の弁償はしてもらうからそのつもりで。
と言い残し、集落の長はのしのしと倉を後にした。
それら作物の弁償の為、老夫婦は今まで蓄えていた富をすべて失ってしまった。そのうえ、収入もなくなってしまい、元の貧乏暮らしへと逆戻りとなったのであった。
そうこうしているうちに生活の為、借金までするようになってしまった。
だんだん病がちになるおばあさんと、あまり話をしなくなったおじいさんはその日ぐらしをしていくようになる。
そしてふと、昔の事を思い出した。そういえばこの家にもう一人わらしがいなかったっけ。いないよなぁ。そんなことを考えていた。
夜が更け、朝になるとおばあさんは冷たくなっていた。
そうすると、あまり話さなくなっていいたおじいさんも、全然家から出る気配がなくなっていた。
たまたま、集落の長が老夫婦の家を訪ねてみると、最近ではなく、もっとずっと昔から人が住んでいなかったかのように家はボロボロになっていた。
集落では老夫婦の見送りをひっそりと行い、荒れ果てた裏の畑の端に申し訳ない程度の墓を建てた。
それがちょうどあの家の裏手になっているのです。と、宿屋のおかみさんは星空の見える窓から指を指した。
旅人はボーっとその方向を眺めていたが、しばらくするとおかみさんは退室し、旅人は眠くなったので寝ることにした。
ぐっすり寝ていたが、夜中になんだかわらしの笑い声を聞いたような気がした。
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