一つ目小僧

 ある古寺で一息ついた。屋根は雨漏りがしそうな穴がいくつも開いている。そのうちに雨水がたまって苫などから草がうっそうと生い茂っていたりした。古寺の軒先の土間に腰を掛け、親父の形見の煙管を懐から取り出した。プゥーッと紫煙を吐き出すと煙はモヤモヤッと少し顔の前でとどまって、だんだんと薄くなっていった。もう一度プゥーッとやると、その停滞しているものが、何だか人の顔の様に見えてきた。どこかおかしい。人の顔に見えるが人の顔ではない。そんな感じがする。よくよく考えると、その顔には変なことに目が一つしかなかった。だから、人の顔のようで人の顔のようじゃなかったのか、なんてどうでもよいことをさも得心したように考えていた。そうこうしているうちに何やら、お寺の檀家さんらしき男の人が、隣にどっこらしょといった具合に腰を下ろしてきた。墓の掃除でもしていたのか、道具を脇に置き、ゆっくりと汗を拭いていた。おもむろに懐からたたまれた紙を取り出し、広げて感慨深くじっとその中を見ていた。たまたま、その紙の中が目に入ってしまった。

その紙には白の着物に黒袴、寺の修行僧のような格好だ。その小坊主は、目が一つしかないそのような人物が描かれていた。なんだいそれは。先刻、煙に見たような一つ目の小坊主が描かれていたので、興味がわき話しかけてみた。へぃ。少しこちらを見たが、何か考えているのか口を開こうとしなかった。

これは家の墓に眠っている親父が書き残したもので。と思い出しているかのように話しだした。


高く生い茂った草、緑が青々しく、風にざわざわなびく、奥に何かいる。そういう気がして、そうっと草の間から中をのぞくと、ばぁと出てくるのだ。大きな毒々しい赤をした舌をべぇっと出して、頭を青々と反り上げた小坊主が顔を出す。脅かしている。ひゃーっと。何が恐ろしいかと言って、目が一つしかないのだ。大きな真ん丸の目玉が額の中央に一つだけしかない。その目ん玉の黒い部分をぎょろぎょろとせわしなく動かしている。肝を冷やしているので、冷静には見れぬ。目の動きと合わさって、こちらの目もだんだんと回ってくる。バタンっキュー。気絶してしまった。起きてみると周りにはちょっとした人だかりができていた。さっきの化物の話を唾を飛ばしながら大げさに身振り手振りで舌を嚙み噛み説明すると、周りの人たちはどっと沸いた。きょとんと呆けていると、初老のお爺さんが笑顔で説明し始めた。あんた化かされたんだよぅ。


こっちもやられっぱなしだと腹の虫がおさまらねぇ。何か仕返しする方法はねぇものかと思案した。どうやらそいつは脅かすしか能がねぇようだ。それだったらいっそのことこちらから脅かしてやろうってんで、猟師から熊の毛皮を借りてきてそれを被って熊のふりをし脅かすことにした。


ガサゴソと高く生い茂った草が揺れ動いた瞬間に熊の頭を被り、草のまさに今間が開こうとした瞬間にバァとやってやった。ひゃーっと一つ目の小坊主は大きな眼をさらに真ん丸にし、一目散にその場から逃げ去っていった。わーっはっはっはっ。笑いが止まらない。ひぃーひぃーと息もしづらくなるほど笑った後、ふと後ろの方でがさっと何か大きめの足音がした。無意識にふぃッと振り返ってみると自分の背の二倍はあろうかという大きな一つ目小僧がバァと顔を近づけてきた。わーっバタンっキュー。また、気絶してしまった。起きてみると周りにはちょっとした人だかりができていた。唾を飛ばしながら大げさに身振り手振りで舌を噛み噛み説明すると、周りの人たちはどっと沸いた。ポカーンとしていると、初老のお爺さんが笑顔で、あんたまた化かされたんだよぅと説明するとまた、どっと周りの人たちが沸いた。


その絵を俺に見せながらそんなことがあったんだと親父は話しておりました。子供っぽいところがあった親父なので、子供をからかっただけなのかもしれません。なんて、少し寂しそうに笑って話した。

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