山姥
村を離れると丁度、雪が降ってきた。このまま天気が崩れるか心配であったが、先を急いでいたので村に戻らず道中を進んでいった。しばらく進んでいくと、やがて天気は崩れだんだんと雪が積もっていく。これは不味いなと思いさらに足を速めていった。天気はさらに崩れていき、吹雪いてくるということになった。もはや、目の前は真っ白となり、一歩進むのもやっとといった体になっていった。それでもしばらく行くと、真っ白な風景の中に何やら白い四角の自然の物とは思えないものが眼中に迫ってきた。良かった、どうやら山小屋があるらしい。ドンドンドン、もしもしと、戸を叩いてみる。しばらくすると、ゆっくりと閂棒を取り、戸をガタゴト開けようとする物音が聞こえた。なかなか、戸は開かず寒さで凍えるのを忍耐強く我慢していた。そしてようやく戸が開いた。中から白髪頭でぼさぼさの顔が皺くちゃの老婆が顔を出す。助かったぁ。安堵するとすまんがこの吹雪の中、これ以上進めぬ。良かったら中で天気が回復するまで休ませていただけないだろうか。と尋ねると、皺くちゃな顔をさらに皺くちゃし、どうやら笑っているようだ、どうぞ中にお入りくだせぇ、外はお寒うございましょうと、中へ通してくれた。中では囲炉裏の火が煌々と燃えており、とても暖かく自分を迎えてくれるようだった。心底ほっとした。そのまま、どっと腰を落ち着ける。足には重く雪がこびり付いていて、それを落とすのに少し手間がかかった。
長旅でつかれなさったであろぅ。この茶でも飲んでいきなされ。と茶を出された。丁度喉が渇いていたので、ぐっと飲み干すと程なくしてウトウトと居眠りをしてしまった。ハッと気づくと荒縄で拘束されている。適当に結われた縄で、あちこちから藁の断片が飛び出ていた。それが皮膚などに刺さったり、擦ったりして、痛痒く何とも言えない不愉快さ加減であった。体をあっちへゆさゆさこっちへゆさゆさ如何にか縄が解けないかともがいていると、少し縛りが緩くなってくる。しめたと一気に縄を解いてしまった。なんでこんな目に会ったのか皆目見当もつかなかったが、ゆっくりと記憶を辿っていく。そして、老婆の妙な行動に不信を抱き始めた。これは何かに巻き込まれたに違いない。何か無いか小屋の中を探し回る。戸は内側からは押しても引いても開かなかった。これは大変なことになった。目倉滅法小屋の中を探っていると、小屋の床下から人間の骨が見つかる。顔から血の気が引く音が聞こえる。暑くもないのに妙に額から汗が噴き出てきた。何か気分が悪くなってきた。すると、ガラッバタンと戸が、大きな音をたてて開け放たれた。ぎょっとする。さっきの婆さんであった。口をパクパクさせ、床下を震える指先で刺し続けた。腹が減ったから喰った。男も女も子供も喰った。腹が減ったから喰ってやったのさぁ。お前も喰ってやろう。としゃがれた恐ろしい声で言い放った。途端に目の前が真っ暗になりまた、気を失ってしまった。
気が付くと、囲炉裏の火が見えた。薄暗い中で、シャシャと何か金属をする音が聞こえた。あまり、体は動かなかったが、顔をあげると、人の背中が見えた。なんだか猫背で、少し肩が動いているようだ。シャシャシャ。
山から必死の思いで走り下りていく。木々が皮膚を傷つけるが一向にかまわず、走り続ける。振り返ると後ろからは恐ろしい形相で追いかけてくる。
この寒さの中普通なら凍死しそうなこの急流の川を泳ぎ渡り、さすがにこの川は渡れまいと一息ついていおると、水面から鼻から上だけ出し泳いでいるのか歩いているのかわからぬが、目がやたらとぎょろぎょろこちらを見据えて近づいてくる。
バッと飛び起きた。バッバッと周りを見回すと、先刻の山小屋の中であった。戸も床も元のままで、囲炉裏の火も来た時のまんまであった。お目覚めなすったかね。としゃがれた声で聞いてきた。返事もできずにいると、外の天気は大分よくなってきたが、用心の為一晩泊っていったらどうだね。と老婆は顔をくしゃくしゃにしていった。丁度、猟師さんからお裾分けされた肉でしし鍋でも作ろうかと思っておったところだがね。とスッと包丁を出した。けっこぅですっ。と駆けるように小屋を出ると一目散に旅路を急いだ。後ろからシャシャシャという音が聞こえたような気がした。
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