夜叉車

 供養塔があった。たまたま通りかかった都で見かけたのだ。とても古いしかし立派なものであった。少し足を止めて見てみると、何やら御婆さんが、周りを掃き清め、お花とお供え物をしていなさった。

話を聞いてみると、その御婆さんはずっと遠いご先祖様が、こちらにあったお屋敷の奉公人をされていたそうな。ある事件をきっかけに、そのお屋敷は無くなり、御家族の方にも不幸が訪れてしまった。しかし、ことはそれだけに終わらず、災厄となって都を騒がせてしまった。その、奉公人はその時はすでにお屋敷にお暇をいただいておったが、大変心苦しく思い、縁もあってその災厄の際建てられた供養塔の面倒を見続けることとなったということであった。そして、その災厄がどういったものかを説明してくれた。


奉公人は見た。暗闇の中、牛車の車輪に顔がある。周りに火のような青白いものがぐるぐる回っているようだ。目は恐ろしいぐらい睨みつけ、口は半開きで何か慟哭をしているような気がする。それはどこか、生前屋敷で飼われていた黒牛の様相に似ていたという。


付喪神。長年使い続けていた道具には物の怪が宿る。長年使い続けてきた縫い針を供養する針供養も付喪神に関する行事なのだ。

その屋敷では、立派な牛車を利用していた。筋肉質で、白い角が長々とついた黒い牛が、金の装飾も豪華な二本の先の軛につながれ、やや高めの屋根がある屋形を引く。屋形には二つの車輪がついておりこちらもまた金の装飾が施されていた。牛車を利用するのは大層な身分のお方であった。住まわれているお屋敷はきらびやかな装飾のある立派な屋根、そして庭には池があり綺麗に刈られた植木などがまるでそこに配置してくださいと言わんばかりの場所に当然のように存在していた。そんな身分のある方が住むべくして住んでいるという建物であった。その池には小さな曲線状の橋が掛けられていた。あまり外の出る機会のない家中の方々はそれらの橋などを優美に散策して気を紛らわしているのである。ある時、屋敷が炎によって焼ける。たまたま、隣の屋敷から小火が出て、それが延焼したのだ。その家の責は全くなかった。しかし、不幸というのは貴賤、善悪関係なく人々にとって平等に起こるものである。当然、牛車も焼け出されてしまった。


それから、たまに、夜更けに不自然な付火が出るようになった。それらを目撃した者の証言に寄ると、何やら青白い炎が空中に漂っていて、気が付くと建物が燃え出すというのだ。下手人と思われる人影は見られず、なかなか解決の糸口は見つからなかった。


ほどなくして、あの燃えた屋敷内を片付けることとなった。家中の人たちは逃げ遅れたものはすでに弔っていたが、そのほかの燃え残りはそのままとなっていた。ところどころの炭化した柱や屋根その建物であったものは、すべて使えるものは持ち去られ、後に残ったのはゴミ同然のものだらけであった。そうなると、片付ける方としてもあまり気乗りはしない。当然後へ後へと後回しにされるばかりであった。そして、その間にも不審な付火はあちこちで起きていた。


ある時、昔お世話になった奉公人が元の主人の不幸を聞き、見舞いに来た。そして、現場を見てひどい有様に腰から崩れ落ち、涙があとからあとからあふれて止まらなくなってしまった。そして、意を決して元奉公人はその時からその瓦礫の山を片付けることにした。一人でやっていたので、なかなか片付けは進まなかったが、それでも何日か経つとすっかり片付けられた。その瓦礫の山の中から、牛車の残骸と牛の死骸が見つかった。不思議なことにほかはほとんど焼けて炭化しているのに牛車の車輪の部分だけまるで、新品の様に汚れ一つなかった。ハタっと先日丑三つ時に見た不可思議な物の怪を思い出す。これは何らかのものに違いないと、その焼け跡に供養塔を建てることにする。その車輪を供養塔の下に埋めた。霊験あらたかなお坊さんを呼び供養する。すると不思議なことにそれ以来ピタッと不審火は止まってしまったという。それ以降、夜叉車と名付けられたその怪異現象の物の怪は、都に不審火が起こるたびに度々人の目に留まり、都の人々を恐れおののかせた。そして、やはりその供養塔にお坊さんを呼び供養するとピタッと止まったそうな。


特に意識したわけではないが、自然とその供養塔に手を合わせ一礼すると、先を急いだ。青空の下、雲がぼんやりと浮かんでいるそんな昼日中であった。そういえば、持っている煙管は親父の形見でかなり年代物だったなあなんて考えてみたりした。

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