天狗

 ビューっと山道を歩いていると、風が髪をなびかせる。

少し、風が強くなってきたな。嵐でも来るのだろうか。そんな話を道中でしていると、いんやぁ、あれは天狗様の仕業だぁと、樵の親父は言った。樵の親父は丁度、仕事の合間に一服でもしているのか、大きな切り株の上に座りキセルを吹かしていた。そして、ふぅーと一服するとカンと切り株のふちにキセルをたたき、煙草の灰を捨てた。煙草の灰はホロホロと塊から崩れて地面につく前にバラバラに消えた。天狗とはなんだ。と旅人は聞いてみた。少し興味がわいたのだ。樵は顎で切り株の反対側を指す。旅人は促されるまま切り株で休憩をとることにした。

あんた、煙草はのむかね。と樵が聞いてくる。私は自分のがまだありますので、と丁寧に断りごそごそ煙管を取り出した。

その天狗様というのはなにものなんだね。またそう尋ねると、天狗様は人間ではありゃせん。神様みたいなもんです。といった。神様といっても、あまりいいことをしないんで、みんなからは嫌われておりゃあす。おっと、こんなこと聞かれるとまた天狗様が悪さしなさる。なんてことを話した。

何だか、わけがわからず居心地の悪い気がした。

ピューっと何にもないのに空に何か飛んでいるような気がした。空を見上げても何もなく、辺りに何か落ちた気配もない。木々の枝がざわざわとあまり風もないのに動いているのが不思議な気がした。

その天狗様は、どんな様子何だね。と聞くと、

大きな体をしてまさぁ、鼻がとても大きくてお顔が真っ赤なのでございやす。あとは山伏みたいな恰好をしていなさる。あっそうそう、何だか大きな鳥の羽のついた団扇を持っていなさった。

ふーん、とあまり気のない返事をする。

そうすると、樵も躍起になって天狗の話が本当なのを伝えようとした。

あっしはみたんですよ、この森で悪さする者たちを痛めつけていたそのお姿を。

こんな感じでした、と話し始めた。


樵がいつものようにコーンコーンと杉の木を切っていると、何やら態度の悪そうなやたらと汚らしい格好をした男がちょっと目をあげたところに立っていた。その男はにやにやと樵を値踏みしている。樵は気にせず木を伐り続けていた。

山賊等の類ではないのであろうか。そいつは樵をからかう。なんだ喧嘩もできねぇのかとあおる。しかし、話の内容はあまり頭は良くないという印象だった。

ちょっと、クスリとやってしまったのを見つかってしまい、恨みを買う。

なんで、お前の言うことを聞かねばならねぇだ。ちょっと訳が分からない。

ここは俺らの縄張りだ。いわばこの山では俺の言うことをきかねばならねぇ。と傲慢なことを言い出した。するとどこに隠れていたのか何人かの仲間がぞろぞろと出てきた。樵が怖気づいていると何やら大きな鳥が空を飛んでいる風であった。

すると、バサバサバサと、何やら木の葉やら枝やらが折れて大量に落ちてくるような音がした。なんだっとその無法な男がその方に目を向けると、その辺で一番大きな木の枝に山伏のような恰好をした妙なものが仁王立ちをしていた。

何だてめぇは、とその無法な男の中で一番威張っている者が、いきり立った。

無礼者っっとその男らを一喝すると、大きな鳥の羽が付いた団扇を一振りする。

すると、男どもは旋風に小躍りするように翻弄される。がっはっはっ。と高笑い。樵は一瞬何が起こったのかと目を真ん丸にしたが、この隙にと脇目もふらず走り逃げていった。背後から何やら、悲鳴のような怒号のようなものが聞こえたが、楽しそうにわっはっはっ、大きな笑い声にかき消されていた。


特に樵を助けたわけではない。特に冷酷でも残忍でもなく、人情的でもやさしくもない。ただ、自分の気に食わないことが大嫌いなのだ。そして、人の不幸にも無頓着。こんな逸話もあった。

森の中で遭難した、母子がいた。山中を行幸中、羆に襲われた。危うく命を落としそうになっているところを見れば、山伏のようなものがおるではないか。たすけてくださいまし。幼き子供を連れております。と懇願したが、なぜわしがうぬらを助けねばならぬ。とがんぜんと言い放った。ところがあまりに声が大きかったので、羆に気づかれてしまった。羆は新たな闖入者に対し、がんぜんと襲い掛かる。戯け物がっ、一喝するとその高下駄で羆のどてっぱらをけった。羆は恐ろしい力で後方へと投げ出され、木に体を打ちつけ気絶してしまった。ふんっと不機嫌そうにその場を立ち去ったのだ。


世俗にも無頓着で人間界の権力者にも、高飛車な態度。

山のすそ野にある村から、町へと行く途中、山伏らしき者になぜ例に倣って山へ入る礼儀を行わないのか、と問われた。わしを誰だと思っておるのじゃ。村長やぞ。山伏風情がでしゃばるでない。すると、がっはっはっ、人間風情が粋がりおるわ。ならば、お前にこれができるか。と、手に持っていた羽団扇を軽く振る。すると、村長の従者が運んでいた荷馬車の物が突風によって簡単に吹き飛ばされてしまった。あぁっ、わしの財産が。せっかく村からの年貢に上乗せして貯めてきたものを。などと、騒いだ。

天狗は高笑いを続ける。 わっはっはっはっ。。。

声は山々、森林にこだまする。とても高い木の頂上の方へふわっと飛んでいきその枝に留まると、今度ここを通るときは、必ずわしに挨拶せい。と偉そうに言い放つ。がっくりとうなだれる村長。また、わっはっはっ、と高笑いがこだまする。

ある時、遠い村から薬を売りに来ていた、その人は森近くで一休みすることにした。そして懐からおもむろにおにぎりを取り出すと、ふと目の前に大きな山伏の格好をした偉そうなものが立っていた。それはなんだ。そう聞いてきたのでこれはおにぎりだ。食べてみるか。というと不機嫌そうな顔をしてどこかに消えた。そこからまた、細い山道を歩いていると先ほどの偉そうなものがまた唐突に道に前に現れた。そこに立っていると通れねぇだ。と薬売りが言っても知らんぷりだ。通せんぼされた薬売りは、この偉そうなものにこういった。なぜ、通してくれねぇんだ。お前はわしの事を食いしん坊と思っている、だからだ。思ってねぇ。と薬売りが言うと、その偉そうなものはいや、思っている。と決めつけた。そんな無茶苦茶な。途方に暮れる薬売りは地面に目を落とした。このままでは納品が間に合わない。仕方ない、いったん谷を下りるかと道を変えることにする。しかし、その偉そうなものは人が行く先にこつ然と現れ、その人にどうだとばかりに威張る。まるで空を飛んでいるように。薬売りは泣きそうになった。そうすると、その偉そうなものはわっはっはっとさも愉快そうに消えた。なんだったのだろうと薬売りは思ったそうな。


風を起こすこともできる。突風だ。木々の間を木の葉が舞い散る、目も開けられぬほどのつむじ風。赤ら顔にどう魔声、高い鼻が特徴的だ。子分もいる。姿は黒く、くちばしもある。烏帽子帽に山伏の格好をした特に、子分を作っていったわけではなく、最初から引き連れていたわけでもない。だんだんと寄ってくるのだ。似たものは似た者同士集まってくる。そうやって、集まったものを使って、合戦を行うのだ。天狗は合戦、とにかく大将になるのが好きなのだ。威張りたがりなのだ。大羽団扇を使って、右へ降ったら、みんな右へ。左に振ったらみんな左へ、ワーワー騒ぎながら移動する。そうすると、天狗は大きな笑い声をあげる。


以前、痛い目に合わせた山賊が仲間を連れて、森を荒らしに来た。出てきやがれ、ここにいるのはわかっているんだ。と。お前は、この俺が誰だかわかっているのか。あんたの言いなりになる気はない。そううそぶいた。天狗様のあまりに高慢な物言いに反発したくなるのだ。お前はわしの言うことに従えばよいのじゃ。

そうあたりに響き渡るような大きな声で、威嚇してきた。少し弱気になったが、気を取り直して、野郎どもやっちまえ。と気勢を上げた。そうなると合戦だ。がっはっはっ、がっはっはっと楽しそうに羽団扇を揺らす。木々はゆさゆさと震え、大勢のワーワー騒ぐ声が聞こえる。子分の天狗達が騒いでいるのだろう。さすがに山賊どもは恐れおののいて、逃げていった。がっはっはっはっと大きな笑い声がいつまでも森に響いていった。


わしら樵はただ木を切っているだけでねぇ。木や森、自然の恵みに対して感謝しているのだ。それら何かに対して敬いの心を忘れてはなんねぇんだ。それを忘れてしまうと、自然はわしらに恵みを与えてくんねぇ。天狗様は自然の代わりにわざわざ人間を戒めて下さるのだ。フィーと煙草を吹かして、ボーっと樵の話を聞いているとそんな言葉で話が締めくくられた。敬いの心かぁと、昔は飯を食わしてくれるだけでも店の者たちにありがたいと思っていたものだが、そういえば最近は当たり前のように飯食ってたなぁなんて思い出した。初心忘るるべからず。まだまだ旅は続く、もう一度気を引き締めていこうと足取りもしっかりと歩き始めた。


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