河童

 水の涼やかな音が聞こえる。どうやら川があるようだ。道に沿ってしばらく歩くと、大雨の後なのか藻などが流され、とても澄んだ状態の川で心地よい気分になった。かわべりで足を洗いつつ涼んで居ると、子供たちの遊ぶ声がした。魚を取ったりして二三の子が騒いでいるようだ。足だけ水につけて腰を下ろして休んでいる。川の流れる音とともに話し声が聞こえてきた。どうやら、ここにはいないほかの友達の話をしているようだった。特に聞いていたわけではないが、内容が少しおかしかったので気になってしまった。何やら子供の尻子玉を奪うみたいな。何のことだろうか。話をかいつまんでみると、ほかに不思議な子がいて、たまに川で遊んでいるといつの間にか一緒に遊んでいたりする。うまくは説明できないが恰好が変らしい。遊んでいた子は特に何とも思っていないようだが、一緒に遊んでいなかった子が、その子の事を嫌いらしい。何かを盗むということだろうか。その子以外の子はそんなことはない、面白くてかわいい子だとか、いない子の事を擁護しているようだ。がっかりした様子でみんなから離れてこちらへとぼとぼ歩いてくるようだ。なので、少し呼び止めてみる。もし、さっきの話が聞こえたのだけれども、何か悪い人に騙されているのかい。と。その子は首を振ると要領を得ないたどたどしい口ぶりで、話しだした。かいつまんで話すとこうだ。

子供のようだが、その奇妙な生物は人間ではない。一緒に遊べるからといって気を許してはだめだ。いろいろと悪さをするんだ。親が言っていた。大人になると牛を川へ引きずり込もうとしたりするのだ。と。

あまり要領を得なかった。ただ、牛を川へ引きずり込もうとするのは恐ろしい。力が強い。そればかりではない、もし川へ引きずり込まれたら死んでしまうではないか。これは大変だ。子供に何かあっては大変だ。大人の自分が注意しよう。子供たちの近くに近づいていって、先ほどの子供の話を引き合いにして、もう、そんな危ないものには近づかないよう言ってみた。少し、興味が出てきたのでどんな様子か詳しく聞くことにした。すると、一人の子供がそれについて話しだした。


体が緑色してんだ。緑っ。頭に皿があるんだ。皿っ。皿に水をかけないと死んでしまう。・・・いちいち聞き返してしまったが、最後には黙るしかなかった。

そいつは相撲が大好きで、河原なんかで相撲とっているのをよく見るぞ。何か恰好が突飛すぎてなかなか想像がつながらなかったが、どうもやはり人間ではないようだ。しかし、相撲。。。笑い方がまたかわいらしいんだ。けっけっけなんて言ってよぉ。うーん。そして、いたずら好きでそのいたずらが面白くてみんな一緒に遊ぶようになってんだ。とその子は言った。話を聞いた限りではあまり危険はないように思えた。しかし、大人が危ないと言っている者にむやみに近づくのはあまり感心しねぇな。とそれっぽいことを言ってお茶を濁すことにする。しばらく歩くと旅人の休憩所があった。そこでほかの旅人に混じって一服することにした。ふぇーってなぐわいに休んでいると、何やら隣の旅人の話でどうやらさっきの子供の話に出てきた人間じゃないものの話しているようだった。さっきも子供に聞いたのだが、このあたりにゃ何やら変な生き物がいるそうじゃねぇか。それってなんだかわかるかいと話に割り込んでみると、あぁ、そりゃ河童だよ。と旅人は答えた。河童っ。また聞き返してしまった。たちの悪い化け物さぁ。たまに子供と一緒に遊んでいたりするが、ありゃあだめだね。大人になっても悪さばっかりするようになってしまうんだ。ふーん、ともう少しきつく注意しときゃよかったかなんて少し反省した。

なんでも河童というのは川に住んでいて、水がないと生きていけないらしい。あの皿が乾いたら死んでしまうのだ。みょうちくりんの生き物だなと思った。旅人がひとりだったりすると、複数の河童によって取り囲み、あるいは人けのいない場所へ連れ去ったりする。そして、その旅人をからかったりして脅かして楽しむのだ。旅人を延々と付け回すこともある。森に入ると獣道に沿って延々と旅人の後をついてくるのだ。旅人が気味悪がるのをとても楽しそうに見てくる。

そして、いたずらし終わった後には気持ち悪い笑い方で、げぇげぇげぇってすんだよぉ。うーん。うなってしまった。話を聞くとあまり、危険はなさそうな気もするなぁ。なんて漏らすと。あんた、あいつらの正体を全然わかっていない。と、隣で聞いていたもう旅人が話に参加してきた。俺は実際山であったことがあるんだ。とのことだった。周りで気持ち悪い笑い方をされた時の恐怖ときたらなかった。二度と会いたくねぇ。と息巻いていた。おらが聞いた話によると、一家が不幸になったところもあるそうだと話し始めた。

とても、屁理屈が上手なのだ。自分は胡瓜が食べたい。だから、お前が今日、収穫した胡瓜は俺のものだ。といった感じ。いくら、この胡瓜は自分が畑を耕して、土を作り、毎日毎日水をやって、暑いなか汗水を垂らして畑仕事をしてきた、そして今日やっとその努力が報われ、こうやってみずみずしいうまそうな大きな胡瓜が収穫できたのだ。家には腹をすかせた子供たちもいる。どうか見逃してやってくれ。と懇願しても、その胡瓜はうまそうだ。お前もそういった。だからその胡瓜を俺が食べる。だからその胡瓜は俺のものだ。渡せ。と言って延々と胡瓜を渡すよう命令してくる。そうなってくると、不安と恐怖とで頭の中はだんだんぼーっとしてくる。あまり、物を考えられなくなり、ああそうか、この胡瓜はこいつのもので、当然渡さないといけないのだ。と渡してしまうのだ。そうなってしまうと、あとからあとから要求が増えてくるのだ。そして、別に胡瓜を渡す必要のないのにいつも渡さないとならないという義務感まで生じてしまう。必要もないのにわざわざ、胡瓜を届けに来てしまうまでになってしまう。そうなってしまうと、家族の方も心配になり、後をつけて様子をうかがう。せっかく収穫した胡瓜を変な生き物にあげて、それで満足しながら笑いあったりなんかするのだ。家族はぞっとする。

まわりが、必死でその善人を助けようとする。そうすると、また、そいつは善人をだまくらかし、善人の家族をまるで、善人に害する存在だと錯覚させてしまう。そうすると、家族内は地獄絵図になるのだ。最悪の場合、家族総出でその不気味な生き物のいいなりとなってしまったりする。

想像するとすこし、ぞっとした。それは大した疫病神じゃねぇか。それでぇ。と嫌な興味を持ち始めてしまった。


ある時、みょうちくりんの連中が河原で相撲を取っている。

しばらく見ていると負けている方が楽しそうにげぇげぇげぇと笑っているようだ。おかしな連中だ。気を取られすぎて、近くに何かいるのを気づかずにいた。ふっとそちらを見ると、大きな目でじっとこちらを見ているではないか。気味の悪い黄緑色の白いまだらの入った体つきだ。大きさは大人よりは小さく子供よりは大きいといったところか。相撲は好きか。と何か気持ち悪い顔をした。微笑んでいるのだろうか。相撲を好きな奴は悪い奴だ。とにこにこしているようだ。悪い奴っ。

悪い奴は村に案内する。んっ。何か罰を受けたりするのだろうか。あっしは何もしておりやせん。勘弁してくれ。と頼むと、美味しくない魚や美味しくない酒がある。いいから来い。とまたさっきみたいな気持ち悪い顔をした。たぶん笑っておるのだろう。どうやら歓迎するみたいなので、おっかなびっくりついていくことにした。森の中にちょっとした集落があった。そこで普通の人のように暮らしている奇妙な生き物がいた。姿かたちは大体似ていた。頭に皿があり、気持ち悪くげぇげぇげぇと笑う。少しずつ体の色や模様が違うようだ。すると、さっきの生き物がみんなを連れてきた。いろんな御馳走を準備してくれた。酒を振舞われ、接待する。面白い踊りをする。これはなかなかひょうきんで気に入った。

気味の悪いことを茶飲み話のようにする。やれ百舌鳥が蛙を木に引っ掛けただの、やれ虫から茸が生えてきただのとげぇげぇげぇと気持ち悪い笑い方をするのだ。また、さも楽しそうに?牛を川へ引きずり込む逸話をする。川べりに水を飲みに来た牛の尻尾を掴み、こうやって水の中にこう引っ張り合いっこするのだ、牛も必死になるのでとても面白いなど。最初は愛想笑いをしながら適当に相槌なんか打っていたが、だんだん恐ろしくなったので、どうにか逃げようとする。口実をつけ、席を外して用をすます為その辺を歩いていると、何やら話し声が聞こえた、台所のようだ。何やら腕や足は切って体だけ料理しようだの、頭は食べてもおいしくないだの。どうやら自分の事を食べようとしていたようだ。ぞっとした。これは大変だ。あたりを急いで見回してみる。誰もいない。ゆっくりゆっくりそぉーっと集落の出口へと移動する。出口を出たとたんひゃーっと駆け出してホウホウノテイで逃げ出していった。何やら後ろの方で、沢山の河童がげぇげぇげぇと気持ち悪い笑い方をしていた。



翌朝、これから町へ向かうんだが、おめぇさん向こうについたら一杯どうでぇと飲みに誘われたが、何だか妙なことに巻き込まれやしないかと不安になり、あっしは先を急ぎますんでとあたりさわりのないように断った。こいつらあっしのこと取って食おうとしてるんじゃねぇかなんて、変な妄想なんかしてしまったら足の方も無意識に速足となっていった。何か後ろの方からげぇげぇげぇと聞こえた気がした。



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