化け猫

1万万石。

大きな屋敷があった。壁は白塗りで通り沿いにずっと続いていた。


と、裏戸の方に、不幸があった印がされていた。



ちょうどざっーと雨が降ってきた。

少々、歩き疲れたので近くにあった団子屋で一息入れることにする。

白髪頭で初老の、腰の曲がった店のオヤジが出てきた。

団子屋には珍しいなと思ったが、みたらし団子を一つ所望した。


しばらくして、お茶とみたらし団子を持った先ほどのオヤジがつっかえつっかえ奥から出てきた。


ちょっと気になったので、近くに来るとなぜ店番は若い娘などにやらせないのか尋ねてみた。


オヤジは少しぎょっとしたが、答えるのをしばらく待っていると仕方ないといった表情でしぶしぶ話し始めた。


最初のうちはあまり詳しい内容を話したがらない風情であったが、しばらく話を聞いているとだんだんと感情的になり、最後には涙まで目に浮かべるようになっていった。


話の内容はこうだ。


その、不幸があった屋敷から話は始まる。


武家屋敷、藩の指南役を務める家柄で、親戚筋も大体において、道場を開いていた。小太刀を有用に利用する剣術で、やや迫力には劣るが、その分、技術はぴか一であった。


屋敷内は、上女中がひとり居り、その下に何人も抱える結構な広さをしていた。


身分も相応に高く、その分家人には世間知らずな傾向がみられた。


そして、屋敷には姫様が一人いた。


目元切れ長でややふっくらとした頬、色は雪のように白く髪はつやのある緑がかった黒髪。

いわゆる絶世の美女であった。その姫様が特に可愛がっている猫がいた。 

可愛がっている猫は、体は白く、眼はやや不思議と人の気を引く、だが、少し冷たい印象を持つそんな様子。そして、常に姫様のそばをはなれず、まるで母親のような子供のようなそんな関係であった。姫様御つきのものが用事をこなそうと姫様に近づくと、じっっーとそのものを見続ける。用事も手につかぬほど何か気になってしまう。姫様から離れるとぷぃっと目をそらし、後はまるで気にも留めない。


そのうち下女の間では、その飼い猫についてうわさ話が持ち上がってくる。


やれ、姫様に恋い焦がれ、思いがかなわぬならと身を投げた男が生まれ変わったのダの、やれ、お亡くなりになったお祖母様が姫様にいつまでもいつまでも関わっているだの。果ては、使いに来た使えない使用人が、仕えのものに苦情を言われ、お店に帰り番頭に絞られ、あまりの落胆に首をくくって自殺したのが恨みで取りついただの。



とにかく、姫様と猫の方は良好なようで、常に一緒にいる。猫がニャーと鳴くと、姫様はあらあら今日はご機嫌ねーやら、猫が顔を洗うと、姫様はあらあら今日は雨かしらと、笑いながら話しかけたりする。




つと、梅雨時期になると、庭にある紫陽花がとても涼やかな青色をし、花弁や葉につたう、雫を見ながら、歌などを詠む。


女は、勉強などしなくていいなどと昔ながらの気質の家に生まれながら、そういうものが好きな変わった面を持った人であった。


そして、変わったものには変わったものが吸い寄せられる。


そうやって、風流に歌などを詠んでいると、その意がまるでわかるようにうっとりと情緒にふける猫がそこにいる。




しかし、ひとというのは風変わりなものを嫌う傾向にある。


その様子を見ると、また、下女どもがとかくうわさをしだす。やれ、姫様はなんであんなことをするのか変わっているだの、やれ、その変わった姫様には変わった猫が気味悪い様子で連れ添っているだの。



そして、




姫様に不幸がある。



年頃になると、やはり男の方がほぅっとけない。

やはり、姫様にも親戚の男が近づくようになる。若い、年のころは姫様の二つ上。巷でも評判の色男が、ちょくちょく屋敷へと顔を出すようになった。最初はちょっとした世間話をちょこちょこっとしている程度だったが、だんだんと、町へ一緒に繰り出すようななかへとなっていった。


まずは、屋敷の外の団子屋で団子を食べようということになった。

しかし、これがなかなか実現しなかった。姫様は箱入り娘で、屋敷の外に出いることはめったになかったのだ。

たまに、外から聞こえる声などでそこに団子屋があるのはわかっていたが、一度もそこで団子を食べたことなどなかったのだ。


それではまずは、と男の方がその団子屋に行ってみて味見をしてみようということになった。


男は団子屋に着くと、店の若い人並だが愛層の良い若い娘にみたらし団子を一つ所望した。はいと、笑顔で奥に入り、しばらくするとお茶とみたらし団子を、これまた笑顔でそれを持ってきてくれた。


男の方も笑顔で受け取り、それをおいしそうに食べた。


そのみたらし団子を一つ姫様にお土産に持って屋敷に戻った。


姫様は最初へーだのほーだのみたらし団子を観察していたが、意を決して口の中に入れてみた。

何とも甘い、みたらし団子のタレが口の中に広がる。自然とよだれが出てきて思わずほうを染める。

思い切って餅を噛んでみるとこれまた柔らかさがまるでやさしく歯と舌を包み込みとろけるような、何とも言えない食感に衝撃を受けたのであった。


それから、理由をつけては下女にみたらし団子を買いに行かせるようになった。




いっしょに着物を買いに行ったこともある。


呉服屋に入ると、番頭さんがへいっいらっしゃい、景気よく声を掛けてくる。

いろいろな反物を並べ、あれは最近のはやりだの、この生地は若い女性にお似合いの色なのでいかがだの、熱心に薦めてくる。


相手が、上客なのが一目でわかってしまうのだろう。

姫様は最初のころは戸惑うばかりであったが、慣れてくるとすっかり店が気に入り、よく若い男とくるようになった。


若い男は姫様が生地を選んでいる間、にこにことその様子を静かに眺めていた。


若い男との間というと、

もともと、勉強熱心だったので、話は長々と続いた。男の方はへぇーとかふーんとか、適当に相槌を打ちながら、話を聞く係だった。男の方はおつむは並み以下で、武芸の方に秀でている。道場でもなかなかの評判の腕前だ。


そのうえ、意志の強そうなキリっと吊り上がった細い眉と一重の細い目、色白でまるで、歌舞伎役者のような人の目に留まるいい男だった。


それはもてないはずはない。



市に、一緒に散歩に行くようになって、歩いていると、若い娘はハッとしたように十中八九振り返る。


二人とも人の目を引く容姿をしていたので、いろいろ思うところのある人が増えていった。




祭りの時に、チリンと涼やかな音が耳に入った。目を向けるとそこに風鈴の屋台が開いていた。その風鈴をのぞいているとつと一目で堅気でない連中がいつの間にか、周りを取り囲んでいたりする。

男の方は武芸に秀でていたので、いくら無頼の徒でも、相手にならない。あっという間に、地べたに引きずり倒して、急ぎ足で帰路に帰る途中、二人で笑いあったものだった。




猫はその間、姫様の帰りをじっっと待つ。雰囲気はさみし気で、その冷たい目は玄関からそらさずいる。

姫様が帰ってくると急いでお迎えに上がるが、あまりかまってくれなくなっていった。 



蜜月の時はしばらく続いていた。



しかし、いつの日か、その男はだんだんと足が遠のいていき、いつしかぷっつりと音沙汰の無くなってしまった。


寂しさとは病気みたいなもので、心をどんどんむしばんでいく。

しばらく、姫様は悲しみに暮れ、だんだんと衰弱していった。



ちょこちょこ、男のうわさは耳にした。どうやら、あちこちの若い子に手を出しては、捨てていく、とんでもない奴らしい。と。



下女どもは賢しげなうわさ話をするが、上女中などは姫様の耳に入ってはならぬと必死で火消しをおこなっていった。

しかし、いくら消してもなかなか噂話は消えることはなかった。




ある時、とうとう姫様の耳にうわさが入ってしまったようだ。

姫様はその日を境にまったく食べ物がのどを通らず、そのまま帰らぬ人となってしまった。



それから、夜になると猫が帰ってこない姫様を心配してか、寂し気に鳴くようになった。

夜が更けても、いつまでもいつまでも。

家中の者は最初はかわいそうに思っていたが、だんだん気味が悪くなっていく。

猫を捨ててしまおうかなどと相談するようになっていった。



そうこうしているうちに怪事は起きてしまった。




猫は業の深さから、冷酷、残忍、そんな性質を持つと言われている。

情念の深さから、猫は化け猫となる。

幻聴が聞こえる。フギィアァァーッ

とり殺された男は恐怖で、そのまま心の臓を止められたみたいだった。



十ッ手持ちの調べで、被害者はその屋敷の親せきの男だと判明した。その屋敷の娘といいなかだったが最近別れて、そのせいで娘は亡くなったという。当然、家中の誰かの仕業ではないかと疑った。

しかし、死体には外傷はなく、おぼれている形跡もない。

病気だと判断され、はやり病の可能性も考慮に入れ火葬された。




しかし、一度とらわれた怨念はそれでは収まらず、畜生の性か、次の獲物を探し出す。

取りつかれたものは、手を指の第一関節からおり、遠目には爪がとがって見えて、交互に宙を掻くようなしぐさを見せる。目はランランとし、こちらを凝視しそらさない。

見られたものは恐怖から身動きが取れなくなる。


夜な夜な不思議な事がおこる





また、犠牲者が出る。


お向かいの団子屋は、亡くなった姫様のなじみにしていた店であった。以前は、よくその店主の娘に団子を届けさせたものだった。


下手人はすぐにつかまった。


近くの長屋に住む浪人であった。

話を聞くと、先日夜まで安酒を飲み、ほろ酔い加減で帰路についていた時、建物のかどから、すっと黒い影が横切っていった。

妙なことに、その人と思しき影は四つん這いとなり、しかも柔軟に動き回っていたという。まるで野生の四本足の獣のように。

不審さと興味で後をつけると、突き当りの路地で何やらごそごそやっている。

意を決して声を掛けてみる。


おいっ。


そうすると、一瞬ビクッと肩を震わせ、ゆっくりとこちらを振り向いた。

浪人は恐れおののいた。


まだ、成人していない娘が、鼠を咥えているではないか。

目はランランとこちらを根目回して、獲物を取られまいと毛職場んでいるように見える。

浪人がひるんでいるすきに、娘らしきものはネズミをぽとりと落とし、おもむろに両手を浪人に向け交互に宙を掻くように動かし始めた。

すると、浪人は体の自由が利かなくなっていった。

手を掻くしぐさにつられて、浪人の体はどんどんと娘の方に近づいていく。自分の意志とは関係なく。

浪人は脂汗をだらだらと流し、声を出したいが一向に出なかった。

目をそらしたいがその娘のランランと光る金色の目から目を離すことができなかった。

じりじりと、娘に体が近づいていく。

そして、あと手を伸ばせば届くといった瞬間、ざざっと近くで小さな物音がした。

ふっと、娘がその物音に目を向けた瞬間、浪人の金縛りが解ける。


ぎぃやぁぁぁっと、


浪人はこの世のものとも思えぬ声をあげて、一刀のもとに娘を肩からけさぎりにした。


それから、浪人はその場を逃げ去ったのだ。

死んだ娘の体の周りに、先ほど娘が咥えていた鼠が匂いを嗅ぎまわっていた。




尋問すると、浪人はあまり意味のなさないことしか話さなかった。


娘が猫だった。

猫のような娘だった。

ネズミを捕っていたのだ。

猫が娘に化けたのだ。

化けた猫の娘だ。

化け猫だ。


などなど。





猫というのは一度会った人の匂いを覚える。

忘れないのだ。



次は、祭りの時の屋台の風鈴売りが犠牲となった。




被害者が、5人目に登ってくると、町中でうわさが持ちきりとなった。

かわら版は毎日のように化け猫の話をし、まるで見たかのような大げさな大猫の恐ろしい絵が描かれた紙を大衆に配っていた。


最初の犠牲者の男の道場では、化け猫退治の話が持ち上がっていた。このままでは、道場の面目が丸つぶれだというのがその理由だ。


男と親しかった五人で、それは決行しようということになった。



いつも、月夜の番に見回ることとした。

やはり、夜道が明るくなければ不安だ。


と、屋台そばの近くを通ると親父が少し顔色わるくしていた。


どうした、


と、声を掛けてみると、


へぇ、


と、要領を得ない返事をする。


何やら、あったのだなと察すると親父に詰問する。


なんでもいい、何か異変があったのなら詳しく話せ。


すると、


実は、人違いかもしれませんが、あの武家屋敷の上女中さんらしき人が、四つん這いとなりその向こうのかどをまがっていったのだと。


もしや、と思い、急ぎ足で角を曲がっていく。

しかし、さらに長屋を過ぎたあたりでは、行けどまりとなっていた。

周りを探し回ったが、いっこうに人の気配がしない。

さっきの親父の見間違えかとも思ったが、念のため、武家屋敷を訪ねてみることにした。


どんどんどん。


しばらくして、門番が門扉に着いた小さな扉を開ける。


こんなやぶにどうされました。


門番は彼らが、親戚の男の一門だと分かっていたので気軽に声を掛けてきた。


今、誰か外から戻ってきたものはおらぬか。


そう尋ねると、


いえ、だれも。


と答えた。


実は、外でこちらの上女中を見かけたというものがおるのだが、どうしている。


と尋ねると、


上女中は今病に臥せっており、部屋から一歩も出ておりませぬが。


と答えてきた。


そうか、とどうも解せないと思ったがとりあえずその上女中を見舞わせてくれ。


と無理を言った。

門番は何とか断ろうとしたのだが、一門の者どもの剣幕に押され中に入れてしまった。

その中の一人が、門番に、最近、屋敷で不審なことはなかったか尋ねてきた。

門番は、そういえば、最近急に何人かの女中が次々とお暇をもらっていって困っていると上女中が話していた。

御姫様がお隠れになり、仕事が手につかなくなったのかなどとくだらない話をしていた。


一歩、玄関を入ると、黒い床を音もたてずに慎重に周りを確認しつつ前進していく。何やら空気が重く冷たく感じられた。

玄関には、騒然と履物は並べられており、急いで帰ってきたような乱れは全く感じられなかった。ただ、黒い廊下に、いくつかの白い土の汚れが確認できた。

その汚れの痕跡をたどっていく。

まずは、台所にたどり着く。どうやら水を飲んだようだ。水の入った甕のふたが若干ずれているようだ。ふと甕のわきの地面を見てみると、思わずひゃっと声を出すところであった。鼠の尻尾のみが、食いちぎられて捨て置かれていたのだ。

五人は、お互いに顔を見合わせると、うなずきあった。この屋敷にいる。


長い廊下を進んでいくと、女中部屋があった。全く物音がなく誰もいる様子はなかった。

そして、いよいよ上女中の部屋の前まで到着する。意を決し、ひのふのみでふすまをさっと開けてみる。しかし、誰もいなかった。床はしいているが、中はものけの殻であった。ふと、顔をあげると一匹の猫が、座布団の上ですやすやと眠っていた。その上座に据えられた、とても厚く紫色のふっくらとした座布団の上で、真っ白な猫がうずくまっていたのだ。


警戒心もなくぐっすりと寝ている様子で、門下のものの侵入にも気づいた様子もなかった。男たちは目を合わせると、うなずきあい、一斉にするりと剣を抜く。様々な構えで打ち損じが無いよう周りを囲み、今まさに猫を打ち取ろうとした瞬間、


ざざっ、ばんっ。とふすまが大きな音を立てて、両側に勢いよく開く。


姫様に何をするっ。


と、女の殺気だった甲高い声が恐ろしく部屋へ響き渡った。


皆がそちらへ目を向けると、女の形相がまず目に留まり、体が硬直するほどの緊張を強いられた。目がランランと金色にひかり、口角をあげ、まるで犬歯を見せつけるように歯をむき出しにする。いつもすまして、目を伏せ気味にお高く留まっている上女中の面影はそこにはなく、一匹の獣がこちらをにらみ据えていたのだった。


すでに、上女中は化け猫に憑かれていたのだった。


ハッと皆がしている間に、化け猫と化した上女中は近くの一番年若い青年ののど元を爪で裂いた。

あまりにも鋭い一撃であった。まるで剃刀のように。

何をやられたのか気づかぬ様子の青年は、ふと、首元が濡れているのを感じる。生ぬるいそれを手で拭ってみてみると手は真っ赤に染まっていた。天井といい、壁を血で汚していく。

ゆっくりと、青年はひざまずくようにかがみ、畳へドゥっと倒れた。

皆動くことができなかった。そのまま化け猫と化した上女中は、隣にいた、この中でやや年上の男の右手にがぶりとかみついた。ぎぃやぁぁっと思わず、刀を取り落としてしまった。ゴリゴリっと右手を恐ろしい顎の力でかみちぎったところで、ほかの男衆は正気を取り戻し、化け猫と化した上女中へ切りかかった。ふっと姿が消えたと思ったら、化け猫と化した上女中は男衆から距離を取るため、後方へと飛びのいて音もなくそっと畳に着地した。そして、くちゃくちゃと男のかみ切った腕を喰いだしたのだ。口のわきからはよだれのように血がしたたり落ち、肉片の口の中で咀嚼する音に男衆はぞっとした。一人のやせぎすの常日頃から顔色の悪い男が、なお一層顔色を悪くして、急に前かがみに倒れこみ、むせっ返しながら早朝食べたものを畳に吐き散らかしていた。


男衆の中で一番恰幅のある、道場でも一二を争う腕の男が、剣を正眼に構え、化け猫と化した上女中にじりじりと近づいていく。今回ばかりは、化け猫と化した上女中も隙を見つけることができず、こちらはのどをごろごろと、うめき声をあげるべきかあげずにいるかそんな体で、相手を警戒しているようだった。

男はおもむろに刀を鞘に収めた。

所詮、化け猫といっても畜生の類。

刀の刃の光が見えなくなったと判断すると、ばっと両手をあげて飛びかかってきた。

男はそれを待っていた。

瞬時に、呼吸を整え、死角からすっと小太刀を抜き放つ。まさに目にもとまらぬ所作であった。

化け猫と化した上女中の左手は、宙に二三回回るとぼとりと畳に落ちた。切れ味があまりに鋭かったのか、そこから数秒して思い出したように血が流れ出てきた。

ぎぃやぁぁっと化け猫と化した上女中がぞっとするような悲鳴を上げると、今度こそ千載一遇の好機とみて、剣を上段に構えた。その瞬間、化け猫と化した上女中が、ギラっと目を光らせる。するとどうしたことか、体がゆうことをきかない。焦って、化け猫と化した上女中から目をそらした瞬間、首筋をがぶりとやられてしまった。しまったと思ったが、もはやこれまでと思い、それでも最後の力を振り絞り、化け猫と化した上女中を体ごと、部屋の大黒柱へと押し付けた。

この機を逃してはもはやみなおしまいだと、鬼気迫る顔を同僚へと向ける。


はやくっ。


一瞬ぼーっとしていたが、瞬時に状況を察し、この男衆の頭目格が、必殺の一撃を同僚の背中へとぶっ刺した。


ぎぃぁぁぁっ。


同僚はこめかみに血管を浮き上がらせながら、真っ赤な顔をしていたが、一言も漏らさず、化け猫と化した上女中を抑え込みながら絶命した。

化け猫と化した上女中は、苦悶の表情をし、その男の体中をかきむしって傷つけた。その血が飛び散ってまわりの部屋を汚しまくったが、やがてゆっくりと力なくこと切れた。


ふぅー。


壮絶な展開に一段落付き、少し息をふく。

しかし、まだ終わりではない。

ぐるりと振り向くと、白い猫はまだ座布団の上にいた。

ギラリとした目をこちらに向けていた。背中を曲げ、フーっと頭目格の男を威嚇する。

頭目格の男は慎重に猫に近づき、ザっと刀を無造作に猫に突き刺した。




畳をはがしてみると、女中と思しき遺体の骨が複数体出てきたのであった。


しばらく、ぼーっとその遺体を片膝で見つめていると、バサッと背中が斜めに冷たい感じがした。

何事かと、振り向いてみると血の付いた刀を持った、屋敷の当主がうつろな目で空を見ていた。

しばらくすると、ゆっくりと暗闇が落ち、意識が遠のいていった。








屋敷には、もはや活気がまるでなく、でくの坊の人間しかいなかった。

そして、それらの話は町中のうわさとなり、近々、直におシラスにてお取り調べが行われることとなった。





そんなことが、この屋敷ではあったのでさぁと、店の親父は話をつづけた。

そして、そのお亡くなりになられた、姫様の今日は七回忌でごぜぇやすと。

お屋敷はおとりつぶしとなりました。

あれだけ世間を騒がしたのです。当然だとは思います。

けれど、なぜかやるせない気持ちになりまさぁ。

姫様は本当にいいお方だったんですよ。と。




気が付くと、みたらし団子のたれが、膝の股引に垂れて、股引を汚してしまっていた。

あわてて、ちり紙でそれをぬぐい、みたらし団子を皿に戻した。食欲がなくなってしまっていた。

小銭を数文、皿のわきに置くと、ごちそうさまと、やや速足でその店を後にした。


雨はとっくにやんでいたが、生ぬるい空気が地面からもやもやっときて、あまり気分は良くなかったが、足を緩めるつもりは毛頭なかった。






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