第5話 心がざわつく時
レオポールと共に早めの昼食を摂った後、シーラは二時間ほど仕事をして家に帰った。
いつもより早く帰宅したシーラは、夫の部屋に向かう。浮気の物的証拠を一つでも多く集めるためだ。
(すでにもう、レシートとかは集めてあるけど……)
夫は中途半端に無頓着な人間で、服のポケットや鞄の中に、浮気相手と利用した店のレシートを突っ込んでいた。
行っていた店は高級レストラン……というわけではなく、大衆的な店が多かった。友人と利用していたと言われれば、あっさり信じてしまうような。
シーラは夫のチェスカフェ通いが始まった当初からレシートを集め、その行動をノートに細かくメモしていた。
彼女はもう五年も探偵事務所に勤めている。
依頼人のヒアリングをすることもあった彼女は、ピンと来ていたのである。
自分が、夫に浮気をされていると。
ただ、当初は認めたくなかったが……。
(私は探偵、探偵シーラ……)
結婚して二十年。自分が夫に男に走られてしまった哀れな妻だと思うとシーラは心身の平安を保てなかった。手足が震え、吐き気に襲われる。
レオポールの言うとおり、自分が探偵だと思い込むことで冷静でいられた。
そして、伴侶の浮気に苦しんでいる依頼人達の姿を思い浮かべると、今この時も戦っているのは自分だけではないのだと思えた。
「えっ、パートの日数を増やす?」
「……ええ、これからヨエルにお金がかかるでしょう?」
夕方、仕事先から帰ってきた夫と夕食を囲む。
夫が見知らぬ男と楽しそうに腕を組み、歩いている姿が頭にちらつく。
シーラは不愉快な気持ちになりながらも、極力顔に出さないようにする。
「……あまり無理はしないようにね」
何も知らないであろう夫は、困ったように笑う。
以前ならば労りの言葉をかけてくれる優しい夫だと思っただろうが、今は口先だけの男だとしか思えない。
(苛立っては駄目よ、シーラ。……私は探偵なのだから)
そう、探偵はいつだって冷静でいなければならない。
◆
一日、家にいると気が滅入ってしまう。
シーラはレオポールに頼み、出勤日を増やして貰ったが、それでも週に二日は休みがやってくる。
(レオポールから、子供の頃に好きだったことをすると良いって言われたけど……)
心がざわつく時は、子供の頃に好んでいた本や音楽に触れると良いとレオポールが教えてくれた。
言われたとおり、シーラは少女時代に読んでいた小説を手に取っていた。
シーラは父親の影響で、子供の頃から推理小説を好んでいた。
特に好きだったのが、ミス・マープルが出てくる小説だ。
ミス・マープルは独身の老婆で、架空の田舎の村に暮らしていた。彼女は旅行好きで、行く先々で事件に巻き込まれるのだが、暮らしていた村のエピソードを交えながら事件を推理し、解決していく。
最初は周囲から馬鹿にされていた老女が、警察署長が一目置く存在にまでなっていく。
シーラは子供の頃、ミス・マープルのようなおばあちゃんになりたいと憧れた。
五年前、パート先に探偵事務所を選んだのも、ミス・マープルの影響が残っていたのかもしれない。
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