プロローグ 2

幼い頃、俺はあの男によく似た人に会ったような気がする。具体的に言うなら、あの胡散臭い喋り方と楽しさを追い求める姿勢。それだけなら他人の空似で済むのだが、別れ際に彼は名乗っていないはずの苗字を口走った。勿論俺も姉も身につけているものに名前など書いていない。


「また何処かでお会いしましょう。」


男の声が何回も頭の中で再生される。きっと気のせいだと、そう自分に言い聞かせて思考を変える。せっかく夏休み最終日にテーマパークに来たのだから楽しまなくては。


「それで、来たわいいけど何すんの?」

「そうだな〜。色々やってみたいから迷っちゃうな〜。」

「迷ってるなら近場のからでいいんじゃない?」


このままだと入り口付近で通行人の邪魔になるのでとりあえず移動できるように誘導する。


「そうだね。えっと、じゃあ、

メリーGOラウンドとジェットスターとw.c.のどれに行きたい?」


ちょっと知らないのが出てきた。


「なんで選択肢にトイレがあるんだよ。」

「この中だと1番近いで。」


トイレってアトラクションだったんだ。それはそうと


「他2つはなんなんだよ。」

「ああそっか、政輝は最後に来たの小学生の時だったか。えっとね〜、メリーGOラウンドは羊がトラックを周回するからどの子が一着になるのか予想するゲーム。」


競馬かよ。


「ジェットスターは、VRをつけてジェットで飛んでいる感覚を体験できるアトラクション。」


せめてリアルでやりたかった。


「メリーゴーランドとか無いのかよ。」

「あるよ。VRメリーゴーランド。」


バーチャルいらねー。


「じゃあ、ジェットコースターは?」

「あるよ。」

「なら、それにしよ。」

「でも政輝、ジェットコースター苦手じゃなかったっけ?」

「苦手でもそれぐらいしか遊園地らしいアトラクションないんだろ?だったら四の五の言ってられん。」

「それじゃあ行こっか。VRジェットコースター。」


クソが。


9月1日13時46分


「それにしてもメリーGOラウンドで、あそこまで白熱するとは。」

「まさか最終コーナーで最下位から上がってくるとは。」

「ジェットエンジンが搭載してあったのは見破れなかったね。」


あの後VRジェットコースターに行ってみたがなんと脅威の24時間待ちだった。なんでそんなに人気なのかとか、まさかの事前予約制だったりだとか、考えたら頭が痛くなってくるので深く考えることはしなかった。流石に無理だと思いVRメリーゴーランドとメリーGOラウンドに行ってきた。VRメリーゴーランドはクソだった。そんなこんなでお昼を大きく

過ぎていたので、昼食を食べられる場所を探していた。


「やっぱり園内の飲食店は、値段が高いからなぁ。」

「だったら駅前のショッピングモールにでも行く?」

「もう他にアトラクションやらなくていいの?」

「いいよ。一日中ここで過ごすつもりも無かったし。」

「そうなんだ。あそこなんかあったっけ?」

「イタリア料理でいいなら、ナイジェリヤならあったと思うけど。」


その店本当にイタリア料理出てくるのだろうか。


「やめとこう。イタリアンの気分じゃないからな。」

「虎尾バーガーとかはどう?」

「あれな〜。値段高いだけでそこまで美味しくないからなぁ。それなら大手チェーンのWindonald《ウィンドナルド》でいいかな。」

「え〜。じゃあどうする?」

「う〜む。...そういえば、いいところがあったわ。」


遊園地から歩くこと10分後


俺たちは、住宅街の中にあるカフェへとやってきた。


「へえ〜、こんな所にカフェあったんだ。」

「そうそう、純喫茶・宇宙。喫茶店を名乗ってるけどフードメニューが豊富でアルコールも提供できるから、カフェだったはず。」


早速店内に入って行く。中はレトロな雰囲気で音の出ないドアベルを見ていると懐かしさを覚える。確か


「壊れて音が出ないほうが、年季が入ってると思うだろ。」


とか言って自分で壊していた。客はそんなとこ気にしないと思うし、ただただ不便なだけだと思うが。事実、店に入ってもマスターが気づかないし。この店そんなに広くないはずなんだけど。


「マスター、生きてるー?」


客が誰もいないことを確認して、俺は少し大きめの声でいるであろうマスターに問いかける。すると店の奥から足音がしてくる。


「久しぶりだなクソガキ2号。」


現れたのはボサボサの髪の毛、無精髭、キャラクターの印刷されたヨレヨレのTシャツという、およそ喫茶店のマスターに似つかわしくない中年男性。


「マスター、髪切った?」

「半年以上会ってなかったらそりゃ髪は、切ってるだろうな。それで、今日はクソガキ1号と一緒じゃねぇのか?」

「あいつとは中学以降あってねぇよ。」

「そうかよ。それで、そっちの嬢ちゃんは初めましてだな。俺は、この喫茶店のマスターだ。よろしく。」


こういうときは、名前を名乗るものだと思うのだが。


「こちらこそよろしくお願いします、マスターさん。」


挨拶を済ませたところで席に座ってメニューを開く。マスターは変わっているが、メニューはよくあるカフェと一緒だ。メニューを決め、注文を済ませたところで姉が質問してくる。


「この店、どうやって知ったの?」

「中学時代の友人がここの常連だったんだよ。」

「そうなんだ。」

「聞いといて、興味なさそうだな。」


料理が来るまでの間、学校での人間関係や、教師の悪口などをお互い共有していた。


「ほらよ。さっさと食って帰んな。」


料理が運ばれてきた。姉はカルボナーラ、俺はマスターの気まぐれの何かを頼んだ。俺の頼んだ『マスターの気まぐれの何か』は、料理だったりガラクタだったり或いは行為だったりと、何が出てくるのかわからないこの店1番の謎メニューとなっている。今日は運良くカップラーメンが出てきた。


「それ、298円の価値あるの?」

「しっかりぼったくってるとは思う。」

「なら何故注文した?」

「運試し的な?」

「ふーん。いただきます。」

「興味ねぇなお前。」


姉が先に食べ始めたので、俺もカップラーメンを食べる。お互い料理を食べつつ会話は遊園地のアトラクションの話になった。


「あそこのアトラクション、何であんなに変わったてるんだ?」

「15年前に建てられたんだから宇宙人用のアトラクションなんじゃない。」

「宇宙人のセンスよくわからんな。」

「一説によると隕石調査のカモフラージュのために建てたとか。」

「それ、隠す必要あるん?」

「まあ所詮は噂とか陰謀論的なやつやからね。」

「帰り道、公園寄っていく?もしかしたら隕石残ってるかもしれんで。」

「絶対無いけどな。20年前やで。」


料理を食べ終えてからも暫く駄弁っていたが時計を見てみると、1時間以上過ごしていたのでさすがに店を出ることにした。会計を済ませて次の行き先を特に考えていなかったので、先ほど言っていた公園へ向かうことにした。

星降ホシクダリ公園 20年前隕石が落ちたとされている場所に建てられた公園。小さい頃は家族とよく遊んだ思い出の場所。あの頃は遊具が沢山あって一日中遊んでいられたが色々あったのだろう、今は滑り台とタイヤが半分埋まっているやつぐらいしか残っていなかった。


「暫くここにいるから、先帰っといていいよ。」


俺は1人で感傷にふけるため近くのベンチに座ると姉は隣に座ってきた。


「帰らへんの?」

「今1人にしたら死にそうな気がするから。」

「死なないよ。ゆきちゃんの中で俺はどんな風にみえてんねん。大丈夫だから。」

「そうは言っても、前例があるからなぁ。」

「俺の話じゃないやろ。それに、ゆうくんは死んでないし。」


俺らの兄、柳悠人ヤナギユウトは今年の2月から引きこもりになった。なんの前触れもなく突然自室に籠るようになった。家族の誰とも話をせず、食事もどうしているのかわからない。元々、明るくて優しい人を惹きつけるような性格だったので原因がわからず、両親もどうしていいのかわからなくなっている。


「政輝は、ゆうくんめっちゃ好きやったやん?だから思い出して落ち込んでるんじゃない?」

「色々と誤解を招きそうな表現やったけど。小さい頃に憧れてゆうくんみたいになりたいと思う程度やったやろ。」

「それでもだいぶ好きやん。何かあったら相談しないとあかんで。これ以上家族を失いたくないからな。」

「だからまだ死んでないって。」

「そこは『わかった』って言えや。」


姉との会話で気持ちが楽になってきたので、家に帰るべく俺はベンチから立ち上がる。


「もういいの?」

「うん。ゆきちゃんのおかげで気分が良くなったよ。」

「そっか。帰ろっか。」

「そうだね。」



家に帰ってきて早々、俺はお風呂に入り今日1日の疲れをとる。風呂から上がりリビングに行くと母親がご飯を作っていた。


「もうすぐ出来上がるから、食器用意しといて。」

「わかった。」

「お父さん、夜いらないらしいから3人分でいいよ。」


母親の言う『すぐ出来る』は殆どの場合、時間がかかるのでゆっくりと食器と箸を取り出して並べていると姉と妹が降りてきた。2人とも準備を手伝ってくれたのでご飯ができるまで特にやることがなくなった。お母さんは、あまりご飯を食べないので我が家では4人でご飯を食べるのが当たり前になっている。料理が完成するとそれぞれお皿にすくい、席につく。


「「「いただきます。」」」


全員がおかずを3口ほど食べたタイミングで妹

柳未夢ヤナギミユが口を開く、


「政輝とゆきちゃん、遊園地行ってきたんやんな?」

「うん。」

「どうやった?」

「どうやったとは?」

「楽しかった?」

「楽しかったよ。でも、遊園地にはそんな長くいなかったで。」

「へ〜、そうなんや。」


反応が薄いあたり、感想が気になるのではなくただ会話したいだけなのだろう。しかし、これ以上会話が広がらないであろうことは火を見るよりも明らかなので、こちらから話を切り出すとしよう。


「みゆちゃんは、家で何してたん?。」

「みゆはずっと宿題やってたで。」

「まだ終わってなかったのかよ。」

「でも政輝と違って毎日少しずつ進めてるから。」

「嫌なことはまとめて終わらせる方がいいだろ。」

「まだ終わってないやろ。」


ここまでずっと無言だった姉からツッコミがはいる。思わぬ方向からの攻撃にガードがとれず、直撃をくらってしまう。


「えぇ。まだ終わってなかったん?」

「いや、まあ、今日中には終わらせるし。」


妹が隙を逃さずこちらのメンタルを削りにくる。すかさず反撃に出ようとするがあまり効き目がない。


「何が残ってんの?」

「現国、家庭科、英語の課題やけど明日提出しないとダメなの、現国だけだから。」

「そうやって期限ギリギリまで何もしないの、よくないと思うよ。休みがあけたら学校で疲れて帰ってきてから課題を終わらせないといけなくなるから、面倒になって提出しないと思うし。」


妹よ、俺のメンタルはボロボロだ。



晩飯を食べ終わったあと、部屋に戻り今日中に課題を終わらせるべく俺は、かつてないほどの集中力を発揮している。答えが無いタイプの問題ゆえ、時間がかかって仕方がない。誠に遺憾ながらスマホで調べようとしたところで、無くしてしまったことに気がついた。

家に帰ってきてからスマホを取り出していないので服か、外のどちらかにあるはずだ。早速外に着て行った服のポケットに手を突っ込み探してみたが見つからなかった。よって、喫茶店以降の場所にあるはずだ。そうと決まればすぐにでも探しに行くとしよう。

時間刻は20時を超え夏といえど辺りは真っ暗だ。公園までの道のりにもスマホが落ちていないか注意して進んでいく。公園の入り口に辿り着き、公園内には人っ子一人もいない。それどころか公園の周辺に人影が無い。てっきり数人はいるだろうと思っていただけに、不思議に思ったが目的を果たすために公園内を歩く。すると目的の物がすぐに見つかった。スマホは公園のベンチの上に置いてあった。おそらくここに座った時にポケットから落ちたのだろう。何はともあれ見つかって良かった。

さっさと帰ろうと公園を出たところで、今まで感じたことのないほどの寒気が俺を襲う。自分の生命が脅かされるような恐怖と不安を感じる。


『ここにいてはいけない』


直感的にそう判断した俺は脇目も振らずに走りだした。


一心不乱に駆ける少年。それを追いかける黒いモヤ。少年の足音だけが静寂に包まれた住宅街に響き渡る。モヤはだんだんと少年との距離を縮め、そして重なる。少年の視界が黒く染められ意識が遠のいてゆく。

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柳妄想記 ヤナギさん @YANAGIsan

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