柳妄想記

ヤナギさん

プロローグ 1

2024年9月1日

空が明るくなってきてカーテンの隙間から日が入ってくる。部屋には扇風機とペンを走らせる音のみが聞こえる。夏休み最終日、少年は課題を終わらせるべく前日から一睡もせず取り組んでいた。ようやく一区切りついたため少年は伸びをして椅子から立ち上がる。


「ん〜あ゛あ゛。腰と尻が痛い。柔らかい椅子買うべきかな。」


少年の名は、柳政輝ヤナギマサキ 15歳

私立 星求セイキュウ学園に通う高等部1年生。


俺は眠気を我慢しつつ腹を満たすために1階に降りた。食パンをトースターに入れ冷蔵庫からバターを取りだ...無い。それならば、ジャムを取..無いですね。


「まじかよ。え〜ないのか。」


状況は最悪、とまではいかないもののそこはかとなく悪い。このままだとトーストをそのまま食べることになってしまう。不味くはないが美味しいわけでもない微妙な感じになる。それは、なんか勿体無い気がする。そんな事を考えながらスマホでニュースを見ていると、いくつか目につくものがあった。


虎尾トラノオ市 トラック事故』

神倉カミクラ社長入院』

『宇宙の歌姫 2年後にライブ開催』

「あの社長入院したんだ。」


俺は特に気になった記事を詳しく見てみようと手を動かそうとしたときトースターから音が聞こえた。とりあえずスマホの電源を切り皿を用意してトーストを取る。休暇が終わり学校が再開する事を考えて憂鬱になりながらトーストにかじりつく。あまり味がしなかった。そのまま食事をとっていると2階からベッドの軋む音が聞こえてきた。少しすると姉が階段から降りてきた。

姉の名前は、柳雪音ヤナギユキネ 17歳

星求学園高等部3年生


「おはよう」

「ん」


俺のあいさつに姉が短く返す。


「パン焼いて〜」

「嫌やけど」


姉は眠気が残っているのか、テーブルに突っ伏してそんな事を頼んできた。


「政輝の方が近いんやからやってぇや。」


姉の謎理論武装に対抗するべく、反論を考えたが、それを口に出すよりも素直にやってあげる方が楽だと結論づける。俺は立ち上がり食パンをトースターに入れ焼いた。


「ありがとう。ついでにバターとって。」

「バター無いで。」

「じゃあジャム。」

「ジャムも無いで。」

「冷蔵庫に無いならトースターの下の引き出しに入ってると思う。」

(あったのかよ。)


心の中で驚きを感じつつ、引き出しの中を見てみるが、そこにジャムなど入っていなかった。


「残念ながら貴様には、トーストをそのまま食べてもらう事になった。」

「無かったんだ。どうしよ、今から買いに行こうかな。」

「今何時だと思ってんだよ。」

「コンビニなら開いてるやろ。」

「そもそもコンビニに売ってたっけ?」

「なんでも置いてるやろ、コンビニやで。」

「どうしてそこまで信用をおけんねん。スーパーにしろ、9時ぐらいには開くんやし。」

「あと3時間待たないとだめじゃん。」


どうでもいい会話を続けているとトースターから焼き上がった音がする。会話を止め用意すると、姉は不服そうに食べ始める。俺は再びスマホを眺め沈黙が続く。


「今日さ、どっか遊びに行かへん?」

「どうしたん急に?」


驚いて理由を聞いてみると、


「今日で夏休み終わるやん。今年は特にどこにも行ってないから、どっか行こうかなって。」


確かに今年は家族旅行もなく、ほぼほぼ家の中で過ごしていたような気がするが。去年も似たようなものだった気がする。


「ちなみにどこに行くつもりなん?」

「月とか?」

「予算的に絶対無理やからな。」

「冗談は置いといて。ホシフリランドに行こうかなと思ってる。」

「めっちゃ近場やん。」


てっきり日帰り旅行ほどの場所に行くと思っていたので拍子抜けである。まさか徒歩20分で着くテーマパークだとは。そもそも俺は、課題を終わらせないといけないのだったことを思い出し断ろうとしたところで、何故姉がこんな事を言い出したのか考えた。そういえば姉は受験生だった。事実この夏の間、姉は勉強漬けで家族旅行をすることはなかった。

だから最終日に息抜きとして遊びに行きたかったのだろう。


「何時から家出るの?」

「自分から誘っておいてなんだけど、予定大丈夫なん?」

「いいよ別に。残ってる課題で明日提出するのは、帰ってきてから終わらせるから。」

「わかった。じゃあ10時開園やから10時には家出ようか。」

「それなら俺寝とくから、10分前に起こして。」


そう言って階段を登ろうとしたところで、ふと気になったことがあり足を止める。


「他に誰か誘う?」

「家族全員誘うつもりやけど?」

「...」

「どうかした?」

「いや、何でもない。」


9時48分

「---お--。マ--おき-。」


誰かの声が薄っすらと聞こえる。体が揺らされている。しかし睡魔とベッドの心地よさに抗えず寝返りをうって声から遠ざかる。誰かは呆れたのか体を揺らさなくなった。勝ったなと思い再び寝返りをうち元の体制に戻る。そしてまた意識が遠くなろうとしたところで誰かは俺の瞳を無理やりこじ開ける。


「うがぁぁ。眩しい。」

「そんなに光強くないだろ。ほら、もう出発するで。」


姉に起こされゆっくりとベッドから立ち上がり玄関へと向かう。のっそりと階段を降りて玄関を見てみるが、姉意外いないようだ。


「誰もこなかったんだ。」

「お父さんとお母さんは寝室で横になってるし、みゆちゃんは暑いから嫌だって。ゆうくんは...ちょっとね。」


今出てきたみゆちゃんとゆうくんは、それぞれ俺と姉にとって妹と兄に当たる。そして兄の事を言いづらそうにしている理由に心当たりはある。


「2人だけでもいいんじゃない。みゆちゃんが行かないのはちょっと意外だったけど。」

「そうやね。行こっか。」


そう言って姉が扉を開け、先に出ていく。俺は素早く靴下と靴を履いて外に出る。外に出た瞬間空気がガラリと変わり夏特有のむわっとしたものになる。


「暑いね〜、外全体がサウナになってる感じだね。」

「ゆきちゃんサウナ行ったことないやろ。」

「でも、政輝も行ったことないから否定できないでしょ。」

「いやいや、少なくともこんなのじゃ整わないからサウナではないね。」

「そもそもサウナに行っていない政輝には、整う感覚がわからないはずだからね。」

「じゃあ整うってなんなんだよ。」

「う〜ん...なんだろう、なんかこう漠然としていて...心がスッとする、みたいな?」

「俺は知らんよ。」


目的地に着くまでの間そんな意味のない会話を繰り返していた。こうして男女2人で歩いているとカップルだと勘違いされることがあるので困る。1番の原因は俺と姉が似ていないことにあると思う。男と女だから顔が似ていないのは仕方がないと思うが、髪と目の色が違うのだ。姉は赤い目なのに対し俺は青色、なんなら髪に関しては家族の中で俺と母親だけ銀髪で、あとは黒髪だ。腹違いという訳でもないので正真正銘俺の姉だ。自分の家族を恋人だと思われるのは最悪だ。勿論血が繋がっていなければ恋愛感情が芽生えるのかという問いにはノーを突きつける。とわいえ、他人がどう考えようが俺にそれを止める権利も手段もないので諦めることにした。それにムキになって否定する方が図星みたいで嫌だし。

色々考えているとテーマパークが見えてきた。たくさんの人の声が聞こえてくる。


「結構並んでるかもしれないね。」

「まあ今日日曜日だからね。」

「大阪なら近くにもっと大きい遊園地があるのにね。」

「俺らにも当てはまる言葉やな。」


入り口まで来て、そこにできている人だかりが何か声を上げて抗議しているのがわかった。面倒ごとだと気づき、早くも家に帰りたくなってきた。多くの人間が好き勝手に話しているからか、混沌としているが彼らの主張は以下の通りである。


「神倉社長は、我々人間を宇宙人に売ろうとしている!」

「宇宙人を地球から追い出せ!」

「あの隕石は仕組まれたものだ!」


これを見ただけだと何を言っているのかわからないので、この世界の歴史について少し話そう。

今からおよそ20年前、地球に隕石が降ってきた。隕石は日本の大阪と東京に落ちたそうだ。何故断定できないかというと、落ちたはずの東京で全く被害がなかったかららしい。それはともかくとして、大阪、詳しく言うならばここ、虎尾市に落ちた隕石により市は壊滅した。親から聞かされたり、教科書に載っているのを見ただけなので詳しい状況は、わからないがとにかく地獄だったそうだ。時を同じくして、ある企業が世間に認知され始めた。

Fateful Encounter Conpany Kamikura

FECK社あるいは神倉社と呼ばれ人々に親しまれている。創業者、神倉信一カミクラシンイチ

神倉社はワープ装置の開発に成功し一気に有名になった。更には、宇宙事業に着手し宇宙人の発見から交流、研究を行い地球と他の星との窓口的役割を担っている。それだけにとどまらず、インフラ、食品、運送業などなど多くの事業に携わっている。そしてここ虎尾市の復興にも大きく貢献している。ホシフリランドも建てたそうだ。そして15年前はじめて宇宙人が正式に地球へ招かれた。当時はお祭り騒ぎだったらしい。それからというもの、地球に観光しに来る宇宙人は、年々増加していった。そうなると一部の人々は、ある懸念点を思い浮かべた。このままいけば宇宙人は、地球に移住して来て我々の居場所を奪ってしまうのではないか。そんな不安が頭をよぎった人たちが、ネットなどで批判していたそうだ。こんなふうに実際に抗議するようになったのは、ここ1年内の話だ。


「宇宙人どもは、自分の星に帰れ!」「そうよ。あんな人外ども、人を襲うに決まってるわ!」「人類の為の資源を宇宙人に売り飛ばし人類を滅亡させる神倉とその支持者どもが!」「売星奴!」


余りにも聞くに耐えない。そもそもこんな場所で抗議したところで何の意味もないだろうに。せめて場所を選んでほしい。無視してチケットを買おうとしたとき、先頭に立っていた男が突然声を上げた。


「そこのお前、どこに行くつもりだ!」

「うわ、びっくりした。俺ですか?」


自分に声をかけたのかと思い、振り返って聞いた。男の仲間たちは黙り、男の言葉を聞いている。この男が彼らのリーダーなのだろうか。


「違う、お前じゃない。奥のお前だよ。」


少し恥ずかしい思いをしつつ男の視線の先を追ってみると、そこにはシルクハットをかぶりフロック•コートに身を包み、白い手袋でステッキを握り込んだいかにも英国紳士風の男がいた。


「おや、いかがなさいましたか?」


英国紳士風の男は、とても落ち着いた妙に胡散臭い声で聞き返した。


「お前宇宙人だろ。上手く溶け込んでいるつもりだろうが、俺たちには通用しないからな。」


日本で英国紳士の格好は全く溶け込めないと思うのだが、ツッコムと面倒そうなので無視しておく。それはそうと、この紳士風英国の男の顔が暗くて全く見えなくなっていることから、確かに宇宙人ではあるだろう。影の範疇を優に超えている。


「その通りですよ。今朝、地球に参りまして。大変素晴らしい星ですね。」

「そんな事はどうでもいいんだよ。お前、何しに地球に来たんだ?」


男は高圧的に問いただしているが、男風の英国紳士はどこか涼しげだ。この会話を楽しんでいるのかもしれない。


「なんかやべー奴ら同士の会話みたいになってきたな。」

「そうだね。チケット買ってくるわ。」

「ああ、ありがとう。」


姉が券売機へ向かい、俺はこいつらの会話を聞くことになった。なんでなんだろうな。


「いいや、嘘だね。お前らは俺たち人間を洗脳して地球を手に入れるのが目的で来たんだろ。そうに決まってる。」


姉と会話してる間に話が進んでいたようだ。おそらく紳士風男の英国は、観光で来たと言ったのだろう。


「いえいえとんでもない。私に皆さんを洗脳できるような力も話術もございませんよ。」

「口ではなんとでも言えるだろ。」

「そうですねぇ、ですがもし仮に私にそのような力があれば、今あなた方を洗脳し会話を止めたのではないでしょうか。」


これは勝負あったと思うが、ここで折れるなら喧嘩など吹っ掛けないだろうという謎の信用がある。


「いや、ここでそんな事すれば神倉社がお前を回収しにくるだろ。だから他の仲間と合流したあと俺ら人類を一斉に支配するんだろ。」


確かに宇宙人が犯罪を犯した場合、神倉社がすぐに回収に当たり責任をとるらしい。だが今犯罪をしてない人に出て行かせることは、無理だろう。


「困りましたねぇ。どうしたら納得してくれるのか。」

「お前が星に帰れば解決だ。」


これは決着つかないだろうと思った俺は、そろそろ姉も戻って来るころなので、先に行くことにした。そのとき...


「すみません。ここ入り口の前で迷惑になりますし、自分たちの主張を通したいのならば会社にメール送るなりした方がいいと思いますよ。迷惑行為をしていると、たとえどんなに正しい主張をしたところで反感をかって聞いてくれにくくなりますからね。」


姉の声がする。すぐ近くで。なんならあの男たちの会話に割って、入っている気がする。


「なんなんだお前は?」


男は困惑と怒りの混ざった声で質問する。


「会話に割って入ってしまいすみません。ですがこのまま2人で言い争っても終わりそうになかったので。」

「いえいえ、大丈夫ですよ。私も困っていたところですので。」


姉の気持ちはよくわかる。だが相手は論理の通じない奴だ。さらに一般人は余り近づきたくない団体。変な因縁を付けられかねない。


「が、ガキは黙ってろよ。」「そうだ。これは大人の問題だ!」「可哀想に、彼女は企業に洗脳されてあるんだわ。」「論理的な話をして窯に撒こうとしないでください。」


再び仲間たちが好き勝手に喋りだす。俺はすぐに逃げるために、姉の手をとろうと手を伸ばしたところで紳士がリーダーの男に話しかける。


「申し訳ないのですが、私は彼女に呼ばれて地球に来たんですよ。ですから問題ないですよ。」

「!!そうだったんですか。これは大変失礼しました。」


何のことなのかわからなかったが、どうやら男の方は理解したらしい。何度も謝罪している。


「この場所は周りの方々に迷惑がかかりますので、場所を移すべきですね。」

「そうですね。お〜いみんな〜。とりあえず移動するぞ〜。」


今度は態度が一変して紳士の言いなりになった。どういうことだよ。そうして一同は、別の場所へと行ってしまった。


「あの〜。すみませんでした。」


俺は残っていた紳士に謝罪をした。


「おや、どうして君が謝るのかい?」

「あなたが困っているのに無視してしまったので、罪悪感というか何というか。」

「大丈夫ですよ。あのような会話をしていれば関わりたくないと思うのも当然ですので。」


気にしなくていいと言ってくれたものの、自分の中でやはり思うところもある。姉が介入しなければ早く解決したのではと。何もしてない俺が言うのは良くないけど。


「助けてくれたことも、助けなかったことも全てひっくるめて楽しかったので問題ないですよ。」

「楽しかったんですか?彼らとの会話。」

「ええ。どんな形であれ、他者と触れ合うことは楽しいのですよ。」

「そ、そうですか。」

「それでは、また何処かでお会いしましょう。柳さん」


そう言うと、紳士は去っていった。


「いい人で良かったね。」

「...え、ああそうだね。」


姉の言葉に適当に相槌をうつ。


「何?どうかした?」


俺の様子が変だと気づいた姉が質問してくる。俺は気になったことを聞いてみた。


「なあ、あの人と会ったことある?」

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