柳妄想記

ヤナギさん

プロローグ 1

 カーテンの隙間から朝日が差し込む。蝉の声はまだ聞こえない。扇風機の音とペンの走る音だけが、眠気を拒んでいた。


「ん〜......あ゛~。腰が死ぬ。椅子、変えようかな」


 柳政輝やなぎまさき、15歳。星求せいきゅう学園高等部1年生。夏休み最終日、彼は一睡もせず宿題の山と格闘していた。

 ひと息ついて一階に降り、パンを焼く。冷蔵庫にはバターもジャムも見当たらない。


「まじかよ。え〜、ないのか」


 仕方なくトーストを咀嚼しながらスマホをいじる。


虎尾とらのお市トラック暴走、原因不明』

『宇宙の歌姫、ライブ開催決定』


 少し気になる見出しが見えたが、そのままスクロースしていくと一つの記事に目が留まった。


神倉かみくら社長 緊急入院』


「あの社長、入院したんだ」


 街はいまでこそにぎやかだが、昔は瓦礫の山だったと聞く。神倉社長と言えば、この街を復興させた宇宙一の企業の社長だ。ニュースに釘付けになっていると、二階から姉・なぎさが下りてきた。


「おはよう」

「ん」

「パン焼いて~」

「....嫌やけど」

「政輝の方が近いんやからいいやん」


政輝は渋々食パンを焼いてやる。


「ありがとう。ついでにバターとって」

「バター無いで」

「じゃあジャム」

「ジャムも無いで」

「いや、トースターの下の引き出しに入ってると思う」

(あったのかよ)


姉に言われた通り、引き出しを確認する。


「ないけど」

「え...どうしよ、今から買いに行こうかな」

「今何時だと思ってんねん」

「コンビニなら開いてるやろ」

「コンビニ高いと思うで?」

「自分の金じゃないし」

「スーパーにしとき、9時ぐらいには開くんやし」

「あと3時間待たないとだめじゃん」


 どうでもいい会話を続けているとトースターから焼き上がった音がする。姉は不服そうに食べ始める。


「今日さ、どっか遊びに行かへん?」

「どうした急に?」


 姉から外出の誘いが来るのは滅多にないことだ。


「今日で夏休み終わるやん。今年は特にどこにも行ってないから、どっか行こうかなって」


 確かに今年は家族旅行に行っていない。しかし、去年も行っていない気がする。


「ちなみに、どこに行くつもりなん?」

「月とか?」

「予算的に絶対無理やからな」

「冗談は置いといて。ホシフリランドに行くつもり」


 近所のテーマパークか。断ろうと思ったが、姉は受験生。せめてもの息抜きに付き合ってあげるべきだろう。


「他、誰が行く?」

「みゆちゃんも誘うつもり」

「わかった。準備しとく」


 それから時間がたち、10時ごろに玄関で靴を履いて準備を終えた。姉も準備ができているようで、玄関の扉に手をかける。そういえば、妹である「美優みゆ」がいない。


「あれ、みゆちゃんは?」

「なんか、行かないんだって」


 あの元気の有り余っている妹が外出しないとは珍しい。


「なんでなん?」

「さぁ?」


 まあ、そういう気分の時もあるだろう。ただ、妹も行くものだと思っていたので姉と二人きりになるのは想定外だ。少々気まずい。


「暑いね〜、外全体がサウナになってる感じだね」

「なぎちゃんサウナ行ったことないやろ」

「でも、政輝も行ったことないから否定できないでしょ」


 他愛のない会話をしつつ、目的地へと足を進める。俺と姉、というより自分の容姿が、他の兄妹たちと似ていないせいか姉か妹と二人で出掛けると、恋人か何かだと思われることがある。顔はそこまで変わらないらしいが、何よりも自分の髪色が母親譲りの銀髪なので似ていないし、勘違いも仕方がない。仕方がないのだが、面倒だし兄妹間での恋愛とか気持ち悪くて仕方がない。

 しばらく歩いていると、テーマパークが見えてきた。それと同時に人の声がたくさん聞こえてくる。入口に人だかりができていた。


「結構並んでるかもしれないね」

「まあ今日日曜日やからな」

「大阪なら近くにもっと大きい遊園地があるから、そっち行ったらいいのにね」

「俺らにも当てはまる言葉やな、それ」


 近づくにつれ、ただテーマパークに並んでいる人だかりでないことがわかった。最近勢いをつけてきた団体。たしか「反~連合」みたいな名称だった気がする。


「皆さん、我々は『反星間連合はんせいかんれんごう』です。我々が立ち上がり地球の秩序を守らねばなりません。市民の皆さんが協力し、宇宙人どもを追い出すのです。目を覚ましてください、皆さんは神倉に洗脳されているのです」

「神倉社は、我々人間を異性人に売っている!」

「宇宙人を地球から追い出せ!」


 御覧の通り、あまり関わり合いになりたくない人たちだ。彼らのような人たちを、「反星間交流派」と言う。20年ほど前、一つの企業により宇宙探索技術の大幅な革新が起きた。人類は異星人(地球外知的生命体)、つまり宇宙人と初めて接触したのだ。それ以降、かの企業は「異星間コミュニティ」と呼ばれるに多文明間組織を創設。技術・知識・文化・医療・教育を共有し宇宙秩序を守るための組織である。その影響でこの星に異星人達が訪れるようになった。「反星間交流派」は地球に宇宙人が地球に来るのをよく思わない人たちだ。ネットで喚いているだけだった彼らは、いつからか勢力を拡大し各地でデモ活動を起こしている。


 「もっと人が少ない場所でやれよ。」

 「それだと意味ないでしょ」

 「でも、わざわざここでする必要あるか?」

 「ここのテーマパーク、確か神倉社が経営してるからじゃない」


【神倉社】

正式名称「Future Expansion & Control Knowledge」

惑星間交流を可能にした技術の開発により、今や宇宙一と言われるほどの大企業。冒頭で説明したように、この街の復興に大きく貢献し、俺の通う学園とも深い関わりがある。宇宙人周りの責任は、この会社が担っている。創業者である「神倉信一かみくらしんいち」の名前から「神倉社」と呼ばれることが多い。


「あいつらは地球に寄生しに来てるんだ!我々の星を返せ!」

「人間のための地球なのよ。ふざけんな!」

「神倉社は異星人の手先だ!地球を売った裏切り者どもめ!」

「宇宙人優遇反対!地球人差別を許すな!」

「地球人ファーストを貫け!余所者は帰れ!」

「あの隕石だって神倉の仕込みだろ!?」

「売国ならぬ“売星”企業、神倉を許すな!」

「そのうち選挙権も異星人にくれてやるつもりか!?」

「あいつらが来てから犯罪も病気も増えたんだぞ!」

「侵略はもう始まってるんだ!平和ボケしてる場合か!」


 このような話を聞くと歴史は繰り返すものなのだなと思う。時代や対象が変わっても本質は変わらない。個人的には生まれた時からすでに異星人は、数は少ないが存在していたので彼らの怒りにはあまり共感できない。ただ、最近になって異星人の永住を認める例が出てきたので、国の対応次第だと思う。


「さっさと行くで」

「ん...そうやね」


 さっさとチケットを買って園内に入ろうとしたその時、彼らの中のリーダー的な男が声を張り上げた。


「そこのお前、とまれ!」


 自分に声をかけたのかと思い、思わず振り返った。


「ッ..くりしたぁ。...何ですか?」


 背後からいきなり大声を出されたので、つい聞き返してしまった。


「違う、君じゃない。奥のお前だよ。シルクハットの」


 俺じゃなかった。少し恥ずかしい思いをしつつ男の視線の先を追ってみる。そこにはシルクハットをかぶりフロック・コートに身を包み、白い手袋でステッキを握り込んだ、いかにもな英国紳士風の男がいた。ただ、その顔だけはシルクハットの陰になっているせいか、真っ暗で見えない。


「おや、私の事でしょうか?」


 英国紳士風の男は、急な静止にもかかわらずやけに落ち着き払っていた。


「お前、宇宙人だな?」

「ええ。私は皆さんの言う宇宙人に該当しますね」

「やはりな。顔を隠してもわかるんだよ。おまえ、何の目的で地球に来た」

「目的...そうですねぇ。観光、でしょうか」

「嘘だな。この街には何にもねぇからな、観光地」


 そんなことはない。一つか二つぐらいあるでしょ。...古墳とか。


「古墳は観光地としては厳しくない?」


 厳しくないです。10分ぐらいなら時間つぶせます。小学校の社会見学でも行ったし。楽しくはなかった。


「困りましたねぇ。ただの観光なのですが、どうやって証明すればよいのでしょう。それに、この後人と会う約束をしているのです」

「あきらめて、自分の星に帰るんだな」


 可哀そうに。おかしな団体に目を付けられたばっかりに。きっと彼は二度と地球観光に来ないだろう。さて、気にせず園内に入ってしまいましょう。


「なぎちゃ....ん?」


 隣を見ても、そこに姉の姿がない。周囲を見渡し姉を見つけた。


「すみません。皆さんの活動は、大変素晴らしいものだと思いますが、ここだと周りの人に迷惑がかかってしまいます。お手数ですが、どこか人気の少ない場所に移動してもらえないですか?」

「うわ、なんだこいつ」


 なんと姉がヤバめの団体に喧嘩うっているではないか。姉の性格上、困っている人?を見過ごせなかったのだろう。


「俺らの迷惑行為は、人気の無いとこでやっても意味ないだろ」

「あ、迷惑行為である自覚あったんですね」

「ンッンン。そんなことより、君には関係のない話だ。下がっていなさい」

「関係ないとかでなく、迷惑しているんですよ」

「うるさい」

 

 あかん。状況がもっと悪くなってる。こういう人には何言っても無駄なんだよな。それはそうと、ここからどうやって姉を呼び戻すべきか考える。今から声をかけるほどの勇気はない。

 すると、今まで黙っていた異星人がリーダーの男に話しかけた。


「よろしいですか?」

「なんだ」

「皆様方は『嘲楽者ちょうらくしゃ』をご存知でしょうか?」


 周囲の人間は、彼の発言の意図を理解できていないのか首を傾げたり、仲間同士で話しているが、リーダーの男だけは驚いている様子だ。


「....知っている。が、なぜその名前を?」

「それは幸いです。私は彼女に会うためにこの街に来たのですから」


 先ほどの発言と違うが、男は納得したのか打って変わって腰を低くして話しかける。


「こ、これは大変失礼いたしました。クラウンさんでしょうか?」

「ええ、彼女から聞いていましたか」

「はい。近頃お会いすると。あの...聞いていた見た目と違っているのですが」

「今は余所行きの服装ですからね」


 この宇宙人、ヤバイ団体の仲間だったのだろうか。だが、この団体は異星人を嫌っているはず。もうよくわからなくなってきた。

 彼らはしばらく話をした後、男が団体を連れて移動していった。残った異星人は硬直していた姉に話しかけた。


「大丈夫でしたか?」

「...え、ああ、大丈夫です?」


 助けるつもりが、逆に助けられたため姉も困惑しているようだ。一応俺は姉の近くによって行く。


「えっと、なんか...すみません。勝手に首を突っ込んで、話をややこしくしたみたいで」

「謝る必要はありませんよ。むしろこちらが謝るべきですから。身内の問題だったようなので。そろそろ時間ですので、失礼いたします。またどこかで会いましょう。さん」


 そう言い彼はその場を去っていった。俺は去り行く者を目で追う姉にそっと近づき、声をかける。


「チケット買ったし行で」

「...うん」


[ホシフリランド園内]


「久しぶりに来たな」

「あれ、政輝そんな来てなかった?」

「最後に来たの、小5の時ぐらいやね。まあ、絶叫系は大体無理やから、あんま楽しめないしな」

「そっか」

 

 中学時代は色々と大変だったのが大半の理由だが。


「何する?」

「決めてなかったん」

「うん」

「ええぇ。それなら、近くのやつにしよ」

「おっけ~。じゃっ、ジェットコースター乗ろっか」

「ついさっき絶叫系無理言うたやろ」


 その後、抵抗むなしく3時間列に並び、ジェットコースターに乗った。こういう系のアトラクションは、待ち時間が異様にかかるのも嫌なポイントだ。待ち時間数時間に対して、アトラクション3分程度。ほとんど列に並んでいる。これが好きな人は列に並ぶのが好きで来ているだろ。


「もう十分。帰ろ」

「まだ一つしかやってないけど」

「なら先に帰っとくわ」

「ええぇ。帰んの?それなら私も帰るけど」

「いや、一人で楽しんだら?」

「一人はちょっと...」

「...」


 ものすごく帰りたい。ただここで帰ると姉が楽しめない。こいつ、卑怯な手を使いおって。だが俺がその程度の罪悪感で残ると思うなよ。それに、まだ夏休みの宿題が残っているのだ。


「一緒に遊べるの、今日で最後かもしれないね」

「---ああ、もう。...わかった。ただ、夕方までには家に帰るからな」

「全然いいよ。とりあえず、なんか食べない?」


 なんとも調子のいい姉だ。

 その後、食事をとりアトラクションに乗ることになり、時刻は16時を超えていた。


「結局、夕方超えたな」

「まだ明るいし、夕方っぽくないけど。まぁ、楽しかったしいいでしょ?」

「...そうやけど」


 辺りはまだ明るく、日差しも強い。遊園地を出た帰り道。楽しい時間が終わり、明日から学校が再開する。俺たち二人は沈む空気の中歩いてゆく。


「そうや。公園よっていかない?」

「なんで?」

「いいじゃん。せっかくやし」


 何が「せっかく」なのかわからないが、なし崩し的に公園に向かうことになった。


星下ホシクダリ公園。ここそんな名前やったんや」 

「知らなかったの?隕石がここに落ちたから、この名前になったんやって」

「へぇ~。よくそんな不吉な名前にしたな」

「それを言うならさっきの遊園地もね」


 隕石が落ちたのは今から20年ほど前で、その時俺は生まれていない。俺が生まれたころには復興もだいぶ終わっていたため、あまり実感が無い。この公園は自分が幼稚園から小学生の間、頻繫に家族で遊びに来ていた思い出の場所である。園内のベンチに腰掛け、思い出に耽る。


「懐かしいね」

「せやな」

「人が全くいないね」

「孤児院の子が減ったからじゃない?」


 20年前の災害によって多くの命が失われ、かろうじて生き残った子供の大半が親を亡くした。彼らには公園に来た時によく遊んでもらっていた。


「楽しかったよね」

「...ああ、うん」


 何とも言えぬ絶妙な空気感。こんな時、妹の美優がいれば話が途切れないのだが。沈黙に耐えきれず、とりあえずこの気まずさを紛らわせるために、無理やり質問をひねり出す。


「学校はどうなん?」

「どうなんって、何が?」

「いや、ほら。友達とか」


 具体的な質問は思いつかなく、漠然とした事を聞く。親が子供にする質問のようになってしまったが、無言よりはいいだろう。


「友達...まあ、基本的にみんな受験勉強で忙しいから、そんなに遊ばないけど」

「友達おるんや」

「そらいるよ。ミヨちゃんとか」

「誰だよ」

巫依みよりって言う名前の子。前に一回言わなかった?めっちゃ前にここで一緒に遊んだことあったはずやで」


 そう言われれば、前にも聞いたことがある呼び名だ。ただ、一緒に遊んだかどうかは正直思い出せない。なんとなく何かがあっただとか、何々したなぐらいなら覚えているが、人の名前など憶えていられない。


「ん~、あれか。何回か見かけたことあると思う。白衣着てる人やろ?」

「そうそう。結構仲いいで。一回家に遊びに行ったし」

「へぇ~。で、なんで白衣着てるん?」

「お洒落って言ってた。その子めっちゃ賢いし」


 高校生がお洒落で白衣を着るものか?頭のいい人はセンスが独特なのかもしれない。


「政輝はどうなん?友達おる?」

「...いるよ」

「そう...。ならよかった」


 再びの沈黙。今度は話をせずにスマホをポケットから取り出す。それを見て姉は何を言うこともなく、遠くを見つめる。そのまま10分ほどたち、姉が勢いよく立ち上がり口を開く。


「よし。帰ろっか」


 スマホを置いて顔を上げ、姉の方を向く。


「もういいん?」

「うん」

「おけ」


 返事と同時に勢いをつけて立ち上がり、軽く伸びをしてそのまま歩き出す。気づけば空は暮れかけ、公園の木々の隙間から光が見え隠れしている。

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