名前

「アポロって、僕と同じ、月生まれ、月育ちだったよね」


 イネスが聞いた。


「そうです。あの頃の月はまだ発展途上でした。西暦2252年のことです」


 アポロは珍しく足を投げ出して座り、空を見上げたまま、答えた。


「僕が西暦2332年生まれだから……ちょうど80年の差だね」


 月では基本的に地下空間で生活しており、地球と合わせた暦を採用していた。


「アポロは、はじめからアポロって言う名前だったの? 僕は知ってのとおり、違うけど」


「ええ。初めからアポロです。私が生まれたとき、まだ月は宇宙開発のハブ(中継地点)の要素が強く、地下に住んでいるのもほとんどが宇宙開発に携わる人々でした。そういう人間のサポート役として、私は造られたのです。最初のマスターが、アポロ、と名付けて下さいました」


 アポロの声は弾んでいた。アポロにとって、いい思い出なんだろうな。アポロを見つめながらふとそう思うと、イネスの気持ちもなんだか弾んだ。不思議な感覚だなと、イネスは思う。


「やっぱり、アポロって、20世紀半ばの「アポロ計画」から? 人類初の月への有人宇宙飛行計画。ギリシャ神話の太陽神から名付けたっていう……」


「違います。最初のマスターが好きだったお菓子の名前です」


「なるほど」

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