第5話 恋人に絶対に勝ちたい相談をしたい先輩 VS 友人

「後輩くーん。おはようございまーす。はい、これ今日のお弁当。嬉しいでしょう? 嬉しいですよね? 感謝してくれてもいいんですよ? そういう訳でモブで冴えない後輩くんは感謝を伝えるべく! この! 美少女が過ぎて! 優し過ぎて! 偉大が過ぎる! 学校1番の美少女先輩であるこの私を抱擁する権利を――











――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?

 後輩くんのタイミングでハグするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 私が指定したタイミングでハグしてよ馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」





━╋━━━━━━━━━━━━━━━━╋━




「――というのが友人の話らしいんだよね。で、だよ。ここからが本題。その後輩相手に優位になりたいというか、本当に1回だけでいいから自分のペースを握ってみたいというか……あ、これ本当に友人の話だから。相談された事も本当だから。本当の事なんだってば。ほ、ほら? 下手な回答を提供したらその友人が困るでしょ? うん、絶対に困ると思うね、うん。そういう訳で……どうすればいいと思う、小夜さよちゃん?」


「いいじゃないんですかね。どうでも」


 朝のホームルームが始まる前の高校2年生の教室。


 私、藤澤ふじさわ小夜さよはクッソどうでもいい恋愛相談を聞かされていた。

 

 しかもその恋愛相談というのは『友人の話』というタイトルの『本人の恋愛相談』なモノだから、これは一種の惚気……しかも無自覚の惚気という殴る壁が何枚あっても足りないぐらいのアレだ。 


 私の胃を砂糖か何かで無理やりに満たしては胃もたれさせる気満々のアレを私の友人である柊詩歌がしてくるという現実から思わず不貞寝したくなるが、私の昔からの友人である彼女がちょっと涙目の状態で私に縋ってくるものだから無視しようにも無視できないというか、これを無視したら私の良心が痛むと言いますか。


 だが、それはそれとしてリア充の惚気を聞かされるのは普通に嫌だという事を誰か理解して欲しい。


「ど、どうでもよくないよね、小夜ちゃん?」


「私、彼氏が出来た事がないから、そんな相談をされても何の役にも立てないと思えないのですが」


「わ、私もなんだよ! 私も彼氏とかいないの! だから助けて!」


 どの口が言うのか、このリア充。

 今日も朝から周囲の目なんて気にせずにイチャイチャしていただろう、このリア充。


 なんなら、抱擁云々の話は今朝されたばかりの話だろう。


 私、その現場にいたので知ってますよ。

 というか、毎日毎日弁当を持った状態でどこか(1学年下の教室)に行っているのも知っているし、放課後になればまたもやどこか(1学年下の教室)に行っているし、隠す気あるんですかね、この恋愛クソザコ。


「ほ、本当なんだってばぁ……! 本当に彼氏なんていないんだってばぁ……! キスとかまだしてないってばぁ……!」


「……はぁ……」


 思わずため息を吐き、ついでにジト目で彼女に睨みつけてしまいそうになるけれども、そんな私の状態に気づかないぐらいには彼女の頭の中はその『後輩くん』とやらで一杯であるらしく、幸いにも彼女に悪印象を抱かせる事は免れた。


「じゃあ、詩歌ちゃんに彼氏がいない設定で話すけど」


「せ、設定って何かな……!? 本当に私に彼氏いないんだってばぁ……! 私のお父さん、そういうのにうるさい人っていうのは小夜ちゃんも知っているよねぇ……!?」


「口を挟まない。で、その件の匿名さん曰く、恋愛の駆け引きにおいて主導権を握りたいとの事だけど……私から言わせると永遠に無理な気しかしませんね」


「なじぇ!?」


 動揺の余りに舌を思い切り嚙んでるよ、このリア充。

 可愛いが過ぎるだろう、このリア充。


「状況から整理しようか。その匿名さんは女子。で、その匿名さんの彼氏が余りにも主導権を握り過ぎているものだから、ほんの少しでも自分が主導権を握って、彼を辱めたいと」


「うん」


「で、その匿名さんは


「う、うん……で、でも、私、その人の気持ちがすっごく分かるなぁ……? だって、彼氏の下の名前とか呼ぶだけで口元がにやけるし……あ、これ恋愛ドラマで得た知識ね? 実体験じゃないんだよね? そんなドラマみたいな非現実的な内容が現実で起こる訳……えへへ……!」


「ふんっ!!!」


「さ、小夜ちゃん!? どうしていきなり机を殴ったの!?」


「糞が」


「小夜ちゃん!?」


「気にしないで。急に何でもいいから殴りたくなっただけだから」


「そ、そう……? なら、気にしないでおくね?」


「話を戻しますか。下の名前呼び出来ないので、じゃあ上の名前で呼んでみるのなら大丈夫なのかと言われればそういう訳でもなく、


「そ、そうなんだよね……で、でもね? これ本当に漫画で得た知識なんだけどね?  上の名前で呼んだら新婚さん気分になると言いますか……遠くない未来に結婚して、私もこの人と同じ苗字になるんだ、って、ニヤニヤと幸せな気持ちが止まらなくなってぇ……! えへ、えへへ……! 青木詩歌、青木詩歌、青木詩歌……えへ、えへへ……!」


「おらぁ! リア充死ねぇっ! 隠す気あるのかこのクソザコ恋愛脳!」


「ひぇ!? さ、小夜ちゃん!? どうしてまた机を殴ったのぉ……!?」


「最近ハマっているんですよ、机を思い切り殴るだけのダイエット。糖分の取り過ぎにとても良くて」


「そ、そうなんだ……ダイエットのし過ぎには気をつけようね……?」


「話を戻しますね。その恋愛クソザコリア充の匿名さんはそれでも恋愛の駆け引きでどうしても主導権を握りたくて色々としているけれど、どれも結果は芳しくない。寧ろ、逆に辱められている始末だと」


「う、うん。後輩くんったら私が年上だっていうのにいつもいつも生意気にも私を辱めてきて! こっちだって必死にネットで色々と情報を仕入れているのに後輩くんったら全然恥ずかしがってくれないんだよ!? 酷くない!?」


「確かに酷いですね。色々と。主に別の意味合いで」


「私だって後輩くんに同じ目に遭わせてやりたいっていうのが正直なところなの! だって、だって……! 私だって! 後輩くんが! 好きな人が恥ずかしがる顔を見たい! 後輩くんだけ見せないだなんてそんなのズルい……!」


「……詩歌ちゃん」


「あ、でも、好きな人に色々と酷い事をされると気持ちいい、って最近気づいて……えへへへへ……後輩くんが何だかんだであんな酷い事をしてくれるのはこの世界で私1人だけなんだって思うと、胸の中が熱くなってぇ……うへ、うへへへ……!」


「勝つ気あるんですか、この恋愛クソザコォ! 今までずっと負け続けているからすっかり負け癖がついちまっているじゃないですか、この恋愛クソザコのクソマゾ女ァ! そのままだと一生勝てねぇですよこの恋愛クソザコクソマゾクソアマァ! エロ漫画に出てきて100%負ける女騎士でもちょっとは善戦しますよ!?」


「どうしてそんな酷い事を言いながら机に頭突きをし続けるの小夜ちゃん!? 頭大丈夫なの小夜ちゃん!? いや、そういう意味合いではないけれども! 本当に頭大丈夫!?」


「その匿名バカップルよりかは頭は大丈夫に決まっていますが!?」


 ――とまぁ、結論から申し上げますと。

 

 無理。


 この子、敢えて自分が優位な状況に立とうとして、その優位な状況が一瞬で崩されて好き放題されてしまうのが大好きな恋愛クソザコのクソドMの時点で色々と無理。


 勝ちたい勝ちたいと口では言っているけれども、その実、負けたがっている友人の姿を見て……恋愛をすると人は致命的なまでにアホになってしまうというのは本当なんだなぁ、って朝から嫌になるほど、物理的に痛くなるほどに思い知らされたのでした。

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