第2話 先輩が絶対に勝てるゲーム VS 俺

「後輩くーん。ねぇ後輩くーん。下校がてら背中文字当てゲームでもしませんか~? とっても簡単で楽しくてスリル満点な素敵なゲームですよー?」


 学校終わりである放課後の下校時間。

 今日も今日とて周囲に恋人関係にある事を隠そうともしないぐらいの距離感で俺にひっついている先輩がそんな事を提案してきた。


 この先輩が突拍子もない発言をしてきて勝手に自爆するのはもう慣れてはいるのだが……背中文字当てゲームと言うと、アレだろうか?


 自分の背後に人が立って、指で背中をなぞる事で意思疎通を図り、その意思疎通が出来ているかいないかを競うゲームの事だろうか?


「はーい。後輩くんはいつもの無表情かつ無言なので参加の意思ありとみなしまーす!」


 無許可で遊戯に参加させられてしまった俺の背後に先輩が意気揚々と回り込んでくる。


「俺の都合は無視ですか先輩」


「先輩だから後輩くんの都合なんて無視するに決まっているじゃないですか」


「横暴が過ぎますね」


「先輩とはそういう生き物なのです。今の今まで知らなかったんですかぁ?」


 ふふん、と勝ち誇ったように鼻を鳴らす先輩の声と見えないけれども見慣れた表情を想像して、今日だけで何回したのかもすらも分からないため息を吐く。


 この前、Web漫画でデスゲームに参加させられる系統の話をそれとは無しに見た事があるのだが、今の俺はその漫画に出てきた遊戯に強制参加させられた主人公の気持ちがとても理解できるような気がした。


 なるほど、かなり迷惑である。


「ふっふっふっ。何を書いてくれましょうか。後輩くんが発言するのもためらうほどにエッチな事でも書いてあげましょうかねぇ? モブで冴えなくて童貞な後輩くんが思わず赤面するぐらいな卑猥な単語を書こっかなー?」


 ……何と。

 あの先輩が心理戦を仕掛けてきたことに内心で驚きを隠せない自分がいた。


 というのも、この先輩は基本的に『からかい上手で後輩をからかうのが大好きな美人先輩』を装っているのだが、その本性は『びっくりするぐらいからかい下手な癖に背伸びをするようにからかい上手の真似をするという攻撃力クソザコ、防御力クソザコ、かわいいだけのクソザコ先輩』なのである。


 詰まる所、結論から言えば……基本的に口だけのクソザコというか弱き生き物である先輩はそんな事をしない。


 というか、出来ない。

 そんな事をしたら先輩は恥ずかしさの余りに道端にある溝に顔を突っ込むであろう事は想像に容易い。


 なので、彼女はエッチ(笑)な単語と称しつつ、全く別の事を書くであろうことも想像に容易かったのであった。


「先輩はそんな事をしないでしょう。どうせエッチな事と言っても小学生程度の知識でしょうし」


「流石に私を甘く見過ぎじゃないのかな後輩くん!? で、出来ますけど!? エッチな事ぐらい指で上手く書けますけど!? キスとか書いちゃいますが!? 怖いでしょう!? 恐れ敬ってもいいんですよ!?」


「毎日毎日やっている事を文字で伝えられてもそこまで恥ずかしくないとは思わないのでしょうか」


「私にとってはキスでも十二分に恥ずかしいんだよね!?」


 そういう訳でこんなクソザコが一体どのような文字を書いてくれるのだろうかと、内心で楽しみにしながら、先輩のもちもちとして柔らかい肌で覆われた指の感触を背中越しから楽しむ。


 自信満々に、自分からこんな事をしようと言った癖に、彼女が俺の背中に刻む文字の大きさはとっても、本当に、小さかった。


「か、か、書き終わった……よ? わ、わ、分かりました……?」


「はい。『大好き』ですか。俺も先輩のことが大好きですよ」


「んぴゅっ」


 振り返って先輩の様子を見る。


 そこにいたのは、かわいい小動物だった。


 彼女の肌は陶磁器のように白く、少し恥ずかしがっただけで簡単に頬が赤く染まるものだから、それはそれで生き辛そうだなと他人事のように思いながら、俺の背中に大好きという文字を刻んでくれた羞恥に震える恋人の頬を更に赤くしてやりたいという欲求が産まれて来てしまう。


 そんな欲求に従うがままに俺は先輩の背後に無許可で回り込み、先輩の背中を片手で掴んでこの人が絶対に逃げられないように捕まえる。


「え、ちょ、こ、後輩くん?」


「今度は俺の番で良いですね?」


「えっ、ちょ、まっ、このゲームは私だけがするヤツで……ひゃわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」


 先輩の制服越しに……ではなく、制服で覆われた先輩の素肌。

 見惚れるぐらいに綺麗な先輩のうなじに直に俺の指で文字を刻む。


「んっ、んぅ……!」


 周囲には下校の途中と思われる同じ学校の生徒がいたし、先輩のクラスメイトもいたが、知った事ではない。


 ゆっくり、本当にゆっくり。

 舐め回すように彼女の素肌に自分の指を擦り付ける。


「ひゃ、んっ……!」


 俺は周囲に見せつけるように、楽器を演奏するような心意気で、先輩の柔肌をなぞり、その度に綺麗な声を漏らしてくれる先輩の声と、もじもじと揺れ動く先輩の細い肢体を、彼女のかわいい反応を堪能する。


「終わりました。答えてください先輩」


「わ、分からないに決まっているじゃないですか……⁉ お、女の子の肌は敏感なんですよっ……⁉」


「おや、分かりませんか。では答え合わせです。俺が1文字ずつ言いながら、もう1回ゆっくり書きますね」


「へ? も、もう1回書くの……?」


「嫌ですか? 答えが分からないままだなんて、もやもやしませんか?」


「そ、それは……そう、だけど……」


「じゃあ、書きますね」


「ちょ、ま、待って……! 人の目! 人の目があるから、今は駄目……んっ……!」


「だ」


「んぴゅぃ」


「い」


「んぴっぃ」


「す」


「んぴょっ」


「き」


「…………………………」


「良かったですね先輩、同じ文字を刻み合うぐらいに両想いですよ俺たち」


「……うん……」


「もう1回遊びますか?」


「……うん、する……」

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