第3話 先輩が絶対に勝てる弁当 VS 俺  

「後輩くん後輩くん。ねぇ後輩くーん? 昼休みになりましたよー? かわいい先輩が後輩くんをからかって遊ぶ楽しい時間が減っちゃうじゃないですかー。さっさと観念して表に出てくださーい。出ないのなら私が勝手に失礼しまーす」


 昼休みに突入したばかりの時間。

 俺の教室の外に1学年上の先輩が弁当を2つ持った状態で、とっても他人をからかうのが上手そうな人を彷彿とさせるようなニマニマした笑顔で、俺の席に向かって大きな声を掛けていた。


「……」


 周囲から刺さる視線に色々なモノ――嫉妬だとか、羨望だとか、稀に期待だとか――が入り交ざっているけれどもそれらを無視して、大きなため息を1つ。


 そんな俺のため息を合図にするように、彼女、速水詩歌はまるで自分のクラスのような気軽さで1年生の教室に入室し、隣の空き教室から勝手に椅子1つ拝借しては、当然だと言わんばかりに椅子を俺の席付近に置いては座り、このクラスの誰よりも俺の近くにやってきた。


「そういう訳で来ちゃいました。ほら、さっさと歓迎の拍手の1つや2つ鳴らしてください。ほら、ぱちぱちと。誰が聞いても思わず振り返るぐらいに大きな音で、ぱちぱち、と」


「……」


「おやおや~? どうしたんですかぁ後輩く~ん? まさかまさかのまさかぁ? こんな美少女の先輩と一緒にお昼を食べるのを人に見られて恥ずかしいんですか~? え~? やだー、後輩くんったら恥ずかしがり屋さーん。年相応でかわいいですねぇ、このこのー」


 もう何度も先輩にツンツンとされる片頬だが、いくら咎めてもこの人は止めたりなんかしないし、俺個人としてももうすっかり慣れてしまったし、逆に反応すれば先輩は嬉しそうな反応をする事は想像に難くないのでそれも無視する事にする。


「え~? 本当にどーしたんですかぁ後輩く~ん? そんなに熱い視線で私の顔をジロジロと見ちゃってぇ……まるで変態さんですねぇ? さては後輩くん、ドスケベくんなんですかぁ?」


 先輩がいつものようにニコニコとニヤニヤとニマニマとした人を小馬鹿にしたような笑顔を向けてくるが、無視する事にした。


「この先輩のかわいさと綺麗さにまた見惚れちゃいました? 駄目ですよ後輩くん。確かに私はこんなに可愛くて綺麗で美人ですっごく素敵で最高ではありますけれども、だからといって、無言でジロジロと舐め回すように見るのは駄目ですね~? あ、でも後輩くんにはそういう乙女心が分からないから仕方がないのかなー?」


 そんなこんなでいつものように自画自賛してきながら過剰なまでに俺にスキンシップをしてくる先輩を、3秒ぐらい黙って見続けてみる。


「……あ、あの……あのぅ~……その、後輩くん? あんまりジロジロと見られましても……頼れる先輩である私でも少し、その、本のちょっとではありますが……本当にちょっとだけですよ? いや、その、恥ずかしいと言いますか何と言いますか……そろそろ何か反応をしてもいいんですよ……? ほら、周囲の視線が集まってきて恥ずかしい……でしょ、後輩くんが。そう後輩くんが。私は全然恥ずかしくなんてありませんけれど後輩くんは恥ずかしいですよね? さっさと降参してもいいんですよ? 後輩くんの為にもさっさと恥ずかしいですって言ってくださいよお願いですから」


 面白そうだったので10秒ぐらい黙って見続けてみる。


「……ぴきゅぅ……」


 まさか、20秒ぐらい何も反応しなかっただけで顔全体から湯気が出るぐらいに恥ずかしがって、それを見られたくないが為に両手いっぱいで顔を隠すぐらいのへなちょこだなんて夢にも思わなかった。


 いや、20秒も耐えれただけでも大きな進展だろうか……というのも、以前で確か5秒ぐらいでこんな風になっていたのだから、それが数値にして4倍になっただけでも恋愛クソ雑魚な先輩にしては充分凄いと言える範疇なのであった。


 そう。見て分かる通り、この先輩、余りにもクソ雑魚が過ぎるのだ。


 この先輩、自分は恋愛巧者なんですよっていう雰囲気を自分から出しておきながら、たったの20秒間、顔を見続けられただけで恥ずかしがるような恋愛強者を装っただけの恋愛クソ雑魚美人なのである。


「どうしたんですか先輩。まさか俺と一緒にお昼を食べるのを人に見られて恥ずかしいんですか?」


「ち、違っ」


「先輩は恥ずかしがり屋さんですね。そういうところ、年相応でかわいいですね」


「……た、た、た、確かに? 私はかわいいですが? ですが後輩くん、私、全然全く恥ずかしがり屋じゃなかったりするんですよねぇ?」


 こほん、と仕切り直すように咳払いをしてみせる恥ずかしがり屋じゃない先輩(自己申告)は2つ分の弁当箱を手慣れた様子で開けては、恐る恐るながら俺の前に出す。


 弁当箱の中に入っているのは玉子焼きだとか唐揚げだとかを筆頭に、基本的に俺が好きなおかずでいっぱいだった。


「ありがとうございます。今日も先輩の手作り弁当を食べれて幸せですよ」


「そんな無表情で言われても説得力に欠けますけどね。本当に嬉しがってるんです、ソレ? まぁ、何となく嬉しがっているのは何となく分かりますけど」


「感情表現がアレですみません」


「後輩くんの感情表現が本当に下手くそなのは周知の事実ではありますけれどね。ですが、その無表情っぷりも今日で終わりを迎える事でしょう!」


 そう自信満々に言い放った先輩は割り箸を取り出すと、綺麗に焼けた卵焼きを1つ摘まんでは、その卵焼きが落ちないように自分の手を下に添えた状態で俺の眼前に食材を突き出す。


「ほらほらほらほら、あーんですよ、あーん。ふふ、後輩くんにはとても恥ずかしくて、とても出来ないに決まっていますよねぇ? すっごく美人な先輩があーんをしてあげているって言うのに、恥ずかしくて出来ませんよねぇ? 後輩くんは恥ずかしがり屋ですねぇ?」

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