第4話 魔法使い

 ラスルさんに引かれて家に帰ってきた。

 俺はガチャリと戸を閉める。

 振り返ると、ラスルさんは既に俺に背を向け、キッチンで何かをしていた。

 そのまま俺に話しかける。

「部屋に行って。後で私も行くね」

「はい…」


 階段を上り自室に入る。

 部屋着に着替え、ベッドにうつ伏せで突っ伏す。

「……あ〜〜何やってんだ俺…」

 約束を破ったこと、忠告を聞かずにのうのうとしていたこと、そして何よりラスルさんに手を焼かせてしまったこと。

 そんな自責の念が心にもやを降ろして止まない。

「ハァ……………」

 俺はそのまま深い眠りに落ちた。




『絶対に外には出したくないけれど、彼はやはり外に出たいみたい。いっそのこと魔法で姿を変えてしまうべき?そうしたらこんなこともなくなるはず』

「ふぅ…」


 ココワでも作って持っていこう。

 お湯を魔法でかし、粉を入れたカップに注ぐ。

 コポコポコポと小気味のいい音が鼓膜こまくを撫でる。

 細めのスプーンをぐると回して一口飲む。

「うん。おいしい」

 完成したカップを木製トレーに乗せて階段を上る。


 コン、コンと折り曲げた人差し指でドアを叩く。

「ユースケくん。入るわね」

「…………」

 返事がない。


「ユースケくん…?」

 多少の心配とともにゆっくりドアを開ける。

 部屋の奥、ベッドの上にはうつ伏せになり静かな寝息を立てるユースケの姿が。

「もう寝ているの…」

 それもそうね。

 疲れているに決まってるわ。


「でも、うつ伏せは身体に悪いのよ?」

 言いながら、魔法でユースケくんの身体を浮かして反転させる。

 そのままスーッと降ろしてさらに毛布を掛ける。


 勝手に動いた身体にユースケは一瞬むにゃっとするが、それもすぐに穏やかな寝顔になった。

 それを見て、私は部屋を去った。




「………ふぁ〜ぁ」

 ベッドから身を起こす。

 どうやらあのまま寝てしまったようだ。

「布団掛かってる…」


 俺は立ち上がり、ドアを開ける。

 少しギシギシと言う階段をゆっくり降りる。

 降りきったところで、リビングの方を見た。

 ラスルさんはそこでテーブルに着いてノートを見ていた。

 俺に気付いてないようだ。


「おはようございます」

 ラスルさんの身体がビクッと跳ねる。

 同時にノートを乱暴に閉じ、テーブルの恥に寄せた。


「お、おはよう…起きてたの」

「はい……。昨日は本当にごめんなさい」

 言いながら俺は深く頭を下げた。

 正直許されていいとは思っていない。

 俺を信頼してここに住まわせてくれているのに、それを裏切ってしまった。

 出て行けと言われても何らおかしくない。


 少しの間の後、ラスルさんの声が耳に届いた。

「…どうして外に出たの?」

 その声色は俺を責め立てるようなものではなく、まるで我が子に諭す親のような温もりが感じられた。


 それに俺は頭を下げたまま答える。

「…まさか、本当に冒険者に会うとは思ってなくて、それで。あと、やっぱりずっと家の中は嫌だなって思っちゃって……」

「うん…そっか…そうだよね。外には出たいよね…。とりあえず頭を上げて?ね?」

 ラスルさんは言い聞かすように言葉を投げる。

 俺はスーッとゆっくり頭を上げた。

 しかしラスルさんの顔を見ることはできず俯く。


 そしてそのまま思っていることを口にする。

「俺、あれだけ注意されたのに、約束破って、勝手に殺されそうになって、そこでラスルさんが助けてくれて。俺ほんとに自分勝手が過ぎてましたよね…。出て行けって言われても、自分、出て行きます…」

 俺に言い訳などあるわけがない。

 酌量しゃくりょうの余地もない。


「うん。約束を破られたのは悲しかった」

「…はい…ごめんなさい」

「うん。でもね、外に出たいのもわかるの。初めてこの世界に来て、でも家にずっといなきゃいけないなんてひどいよね」


 顔を上げる。

「ラスルさん………」

「とりあえず座って?」

 ラスルさんは言いながら目線を対面の椅子に遣る。

「…はい」

 木製の椅子を少し持ち上げて引き、そのまま座る。


「ユースケくん、大事な話なんだけど…」

「はい…」

 やっぱり追い出されるのか?

 それとももういっそのこと殺される?

 ラスルさんは俺の目をまっすぐみて言った。

「…人間にならない?」

「…………え?」

 人間に

 どう言う意味だ?


「昨日のことでもう察してると思うんだけれど、私ね、魔法を使えるの」

 あの冒険者を吹き飛ばしたあれは魔法だったのか。

「それでね?私、姿を変える魔法を使えるの。それでユースケくんの姿を人間にしてしまえば、自由に出歩けるかなって」


 バンッ!ガタッ。

 ラスルさんの提案に俺はテーブルに勢いよく手を置きながら立ち上がる。

 それにより椅子が倒れるがそんなことはどうだっていい。


「やってほしいです!!」

 ラスルさんの提案は俺にとっては本当にありがたいものだ。

「お願いします!!」

 俺はテーブルに額をぶつけて頼み込む。

「もちろんこれを頼める立場じゃないのはわかっています…。でも、それでもまだラスルさんがそれをしてくれるなら、俺はそれにすがりたいです…!!」


 異世界に来たのに何もせずに脱落しぬなんてごめんだ。

 それに何より、ラスルさんを裏切ったことを贖罪しょくざいしていきたい。

 そのためにはまだこの家を出て行くわけにはいかない。


 俺は数十秒と頭を下げ続けた。

 そして、ラスルさんが言う。

「うん、いいわよ!」

 その言葉に俺はガバッと顔を上げる。

 ラスルさんの顔には満面の笑みが浮かんでいた。

「あ、ありがとうございます…!!!」




「うぉぉぉ…すげぇ………まじか…」

 人間になった。

 まじに人間になった。

 青白い肌はかつての血色を取り戻し、赤い目は黒に。

 尖った歯と爪は丸みを帯びた。

 てか、吸血鬼のインパクトに隠れてたのか、身体は前世のままだ。

 顔も身長と体系も全て一緒。

 前世の姿のまま転生したらしい。

 つまり、誰がどう見てもこれは人間の姿である。

 外を歩ける!


「ありがとうございます!」

「ふふふ、どういたしまして。気をつけてほしいのは、見た目を変えただけで中身は吸血鬼のままだっていうこと。だから血を吸う時は歯だけ元の形に戻すことになるわ」

 ほーなるほど。

 まぁさすがに種族を変えれるほど便利でもないか。

 てかこれだけで十二分だ。


 ラスルさんには本当に感謝しかない。

「本当にありがとうございます…!」

「ふふ、いいのよ。それと、約束してほしいことがあるの」

 ラスルさんが真剣な表情になって言った。

 ドクンと心臓が跳ねる。

「な、何でしょうか…?」

 外に出るなとかだったらどうしよう…。

 笑えん。


「毎晩絶対に帰ってきてほしいの」

「帰ってくる…?」

「そう」

 え、どゆこと?

 その、なに?

 夫の浮気に諦めきった40代妻みたいなやつなに?


「さっきも言った通り、ユースケくんはまだ完全に人間じゃないの。普通の食べものを食べてもお腹はいっぱいにならないの。だからって無作為に選んだ人のを吸うわけいはいかないでしょ?」

 なるほど。

 間違いない。


「それに、帰って来なかったら吸血鬼だってバレて何かされてるのかも、って心配になっちゃうから」

「ラスルさん…」

 惚れてまうどこんなん。


「わかりました。外に出たら絶対にその日のうちに帰ってきます」

 俺は今度は約束を破らまいと誓う。

 それにラスルさんは笑顔で答えてくれる。

「うん!ありがとう」

 守りたい、この笑顔。


「あ、そういえばラスルさんって魔法使う仕事してるんですか?」

「え?…ど、どうして?」

「いや魔法のまの字も知らない俺が言うのもなんですけど、昨日といい今といい魔法の技術すごいな思って」

 冒険者吹き飛ばしてたからな。


「だから、本職の人なのかなーって」

 訊かれたラスルさんはなぜか少しだけたじたじしている。

「い、いやそういうんじゃないけど…ま、まぁ昔ちょっとね?」

「昔…」

 ラスルさんっていくつなんだろうか。

 前世陰キャの俺的に見た目は21。

 まぁ確実に俺の17よりかは上だな。


 …え待って?

 俺未成年だけど成人の人の家にいていいの?

 犯罪じゃない?

 ワンチャン、ラスルさんも未成年……はないな。

 いや、そもそも俺は今17なのか?

 転生して30代になってるとかはないよな?

 え、神様?

 大丈夫だよね?

 ま、まあいっか。


 いや一応訊いてみるか…。

「あ、あの、俺17なんですけど、あのー未成年が他人の家に転がり込んでそのー、は、犯罪にならないっすかね?」

 訊かれたラスルさんはハッと気づいて顔を青ざめる──ことはなく、ただただキョトンとした。

「この国は15歳から成人よ?」

「あああぁぁあよかったぁ〜」

『異世界転生したら刑務所直行!?』とかいうえなさすぎる展開だけはまぬがれた。


 俺はこの不安が杞憂きゆうだったことに胸をろしていると、ラスルさんが爽やかな表情でえげつないことを言った。

「はい!昨日の話おしまい!、しよ?」

「………………………………………」


 ????????????????????

 『ギュ』…………?


「ほら!」

 ラスルさんが両手を広げる。

 えぇ?

 ギュって、ハグのことぉ?

 や、やばいまじで、え?

 これギュッてしていいの?

 いやいやだめだろ。

 でももしかしたらこの世界はアメリカの文化と似ている可能性も…。

 そう考えるとこれはそれっぽいか?

 いろいろ考察を重ねながらラスルさんに目をる。


「うぉっ…」

 いつの間にかなかなか近い距離で顔を覗き込まれていて驚いてしまう。

 熟考しすぎて気づかなかった。


「しないの…?」

 上目遣い《かわいすぎ》でラスルさんが言う。

 するべきか?

 するべきなのか?

 いやでもっ…!

 やばいわからん!

 人生の岐路きろすぎる。

 そもそもなんでハグ?

 挨拶の意味かもしれんしな!

 てかそうやろ!


 俺は意を決して答える。

「な、仲直り…します…」

「よし!ギュッ!!」

 ギュムゥ。

「ちょっ!」

 ラスルさんが俺に抱きついてくる。


 途端、細い腕は俺の胴にしなやかに巻きつく。

 それにより必然、鳩尾みぞおちに密着した2つのヤマが無自覚に主張する。

 普段見る形の立派さと今感じる柔らかさの乖離かいりに頭がバグりかけるが、底知れぬ妖艶ようえんが全てを上塗りする。

 さらに、密着して初めて感じるラスルさんのほのかな甘い香りが俺の鼻をくすぐる。

 そしてそれが脳に伝達されるには、パフュームの与えるがごとく、無責任な多幸感、陶酔感とうすいかんに変わっている。


 このままではまずいと全てを意識の外に放り出そうと試みるも本能がそれを許さず離さない。

 身体中の血が一点に向かい、止める術はなくそれが隆起りゅうきを始める。

 そして、隆起が接触を招くことは避けられないと悟った瞬間、俺は腰を反らしながらそれがバレないようにおもむろにラスルさんの背中に腕を回す。

 両者が腕を回し合ったことにより上の密着感はさらに増し、接触は避けたものの肝心な俺の理性が崩れようとする。

 その最中、一瞬にこそ魔に堕ちる選択肢が浮かぶものの、それをすぐに消して理性の腕はラスルさんの肩を掴んだ。

「はい!ラスルさん!仲直り!」

 やや投げやりな言葉にラスルさんは少々寂しそうな表情をするが、すぐに俺への欲求の鎖となっていた両腕を外してくれた。


 ラスルさんはそのまま一歩下がる。

 しかし続けて後ろで手を組み、少し屈んで上目遣いをしてくる。

 強調される胸はやはり犯罪的であり、これが直前まで自分に触れていたと考えるとそれだけで理性が溶けかける。


 ラスルさんは、その態勢のまま俺に告げる。

「…これからは約束、破らないでね?」

「はい、ぜっっったい破りません」

 もう絶対に命の恩人のラスルさんを不安にはさせない。


 途端、ラスルさんは少し屈んだまま片手でお腹を抱え、もう片方で口を押さえて笑い始まる。

「……ふ、ふふ、あはははっ、ありがとう!ユースケくんっ!」

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転生したら吸血鬼…⁉︎〜異世界美人の血を吸いながら冒険者ライフを無双する〜 ししおどしたん @sisiodoitanhanasikikoka

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