第3話 異世界

「それでね、今私たちがいるのはサルメノ共和国。10年前までは違う名前だったんだけど、革命が起きて今の体制になったの」

「革命…」


 血を吸わせてもらった後、俺はこの世界についてのことを教えてもらっていた。

 リビングのテーブルに大きい地図を置いたが、やはり全く見慣れないそれだった。

 人間の国はたったの2つ。そして吸血鬼を含む魔族の領土が世界の4割ほどらしい。


 まぁ魔族は人間の国にも身を潜めているようだが。

 これはもう異世界転生で間違いないだろう。


 おい神。

 そろそろ出てきてもいいんじゃね?

 俺勇者じゃないんすか。

 てか人間ですらないんすけど。

 なんで吸血鬼なん。

 あとチート能力ないの?

 ……様子おかしすぎるだろこの異世界転生。


「それで、この国のお…首都は海沿いのここ」

 言いながらラスルさんが地図の該当地を指差す。

「首都はね、ロポっていうの。かわいいでしょ?」

「ロポ……首都らしくないですね」

「ふふふっ、たしかに」


 世界のことを教えてほしいと言ったのは俺だが、ラスルさんはラスルさんで乗り気らしい。

 よっぽどこの国が好きなのか?


「それで、私たちのいる街が首都からずっと西に行ったーーここ」

 言いながら指をスーッと移動させる。

「キュルドっていう街」

「ほえ〜」

「別になんにもない街なんだけどね。のどかでいいところなの。まぁ魔族の領土が近いから森に入るとすごく危険なのだけれどね」

「俺もそこで生まれましたしね」

 トラウマだ。

 吸血鬼に囲まれて追われるなんてもう嫌だ。


「ひとまずこんなところかしら。何か気になることはある?」

「じゃあいいですか。魔族ってなんなんですか?」

 ラノベやアニメでは魔族とは世界征服を目的とする大悪として描かれがちだが、その世界ではどうなのか。

 かれたラスルさんはまゆひそめ、口を結び、目をつむってムムッと考える表情になる。

「う〜ん。当たり前すぎてなんなのかって言われると難しいわ。そうね…人間と対立している、バケモノかな。そもそも人間と魔族は何千年も対立しているの。だから今どうこうの話でもないのよね」

 おお。

 イメージ通りだな。


「魔王とかっているんですか?」

 そうなれば俺が倒すべき(?)こいつももちろんいるだろう。

「それがわからないの。過去に何体かいたのは確実なのだけれど、今もいるのかどうかは…」

 どゆことー。

 これで魔王いなかったら俺は本当に何で転生させられたんだ。


 んで『何体』って言ってたな今。

 そういう数え方をするのか。

 まぁそりゃそうか。


「魔族って誰が退治とかするんですか?」

 勇者なる存在はいるのだろうか。

「冒険者っていう職業ならあるわね。害獣駆除とか魔族退治をしてくれるの」

 ん〜そっちか。


「じゃあ魔王を倒す役目のーなんか、勇者ぁー?みたいなのっています?」

 頼む。

 いてくれ。

 俺がその座を奪ってやるからよぉ…。

「いるにはいるけれど…」

 ぃ〜よしっ!

 …ん?

 『けれど』?

「魔王を倒すってのは大げさすぎるわね。すごい功績を残した冒険者に与えられる称号だから、勇者っていう役職ではないの」

 おっふ…。

 そういう…。

 なるほど。

 まあまあまあまあ。

 魔王倒して大勇者とかでと呼ばれるか。


 まあ気になるのはこのぐらいか。

 ……忘れてた。

 俺絶対外に出ちゃだめってラスルさんに言われたな。

 まぁだいたい想像つくけど訊いてみるか。

「俺って本当に絶対外に出ちゃだめなんですか?」


 森の民家にいたあの親子が俺を見たときの反応を見てわかるように、やはり魔族というのは恐れられているようだ。

 いくら俺に知性があるからと言ってもやはり吸血鬼であることには変わりない。

 でも死ぬまでラスルさんの血を吸い、死ぬまでこの家で暮らすというのはさすがに厳しすぎる。

「ダメ」

 うぃす。

 そっすよね。


「さっきも言ったけれど、この街は魔族領とほぼ隣り合わせなの。だから冒険者の数も他の地域に比べてとても多いの。そして、冒険者ギルドは年中休みなく稼働してる。家から出たらほぼ必ず見つかるわ」

 なるほどな。

 この街は国の西部も西部。

 1つ森を挟んだだけでそこは異界にも等しいのだろう。

 そりゃ冒険者は多いわ。


「わかりました」

 …でも諦めきれんよなぁ。

 せっかく異世界に転生したのに世界を救わないで引きこもるとか、お互い脱いだのにヤらないみたいなもんだよなぁ。

 彼女できたことすらないから知らんけど。


 よし、今夜出よう。

 ラスルさんが寝てからちょいと出てみて、そんで起きてくるまでに帰ればまぁバレんでしょ。

 そんな俺の決意を察したのか、ラスルさんが顔を覗き込み上目遣いで言ってくる。

「……絶対だめだからね?」

「もちろん!!」




 う〜ん。

 異世界の夏の夜。

 静かなり。

 虫、木の下に宿れるなり。

 我が心。

 その宿れるなりに同じ。

 安き心にある。

「行ってきます」


 初めて歩く異世界の街。

 家を出て少し歩くと大通りに出た。

 てかやっぱり道は石畳なのか。

 想像通りの異世界だな。


「とりあえず俺は人に会わなきゃいいんだよな。………全然明かりは見えないしまぁ余裕じゃね」

 そういえば、ラスルさんの家にいるときも思ったけど、家はどこも、よくある異世界系そのものの外観だ。

「聖地巡礼みたいで楽しいなこれ」


 俺は大通りの真ん中を悠々ゆうゆうと歩く。

 普段はここを馬車が走っているのだろうか。

 道の両側に露店ろてんがあるのだろうか。

 そんな想像が膨らんでは止まない。


 いやー。

 昼来てーなー。

 まぁさすがに昼は無理だろうなぁ。


 くそぉ。

 せっかく異世界来たのにヒキニート生活かよぉ。

 ……これ魔族側行った方が楽なんじゃね。

 なんか上級魔族とかは言葉話せるでしょさすがに。

 気に入ってもらえんかな。

「まぁ冗談ですけど」


 ……しっかしこの大通りどこまで続いてんだ?

 終わる気しないぞこれ。

 しかもずっと真っ直ぐだ。

 どうなってんだ。

 …ん?

 あー。

 なるほど。

 目細めて見たら遠くに塔が立ってる。

 さらにその奥にはまた道が続いてる。

 たぶんパリの街みたいな感じなのか。

 あの塔を基点に大通りが放射線状ほうしゃせんじょうに広がってるのか。

「王都から遠いにしてはずいぶんデカい街なんだな」

「───ほう。話すのか、そこの吸血鬼」

「え?」


 チャカッ。

 突然、背後から低い声が響いた。

 次の瞬間、冷たい感触が首筋に押し当てられる。

 剣だ。

 鋭いやいばが俺の首にぴったりと回されている。


「だ、誰だ、お前!」

「……なぜ吸血鬼ごときが人間の言葉を話せる?」

 その声は鈍く響いた。

 こいつは一体何者だ?

 冒険者なのか?


「言葉を使うのは人間の真似事か?それとも…」

 ヤバい。

 これは本当にヤバい。

 そして男の問いかけは続き、ドスの効いた声が俺の耳を刺す。

「逃げるために覚えたのか?」

 ヒュッ。

 恐怖で喉が鳴る。


 殺される…!

 このままでは確実に殺される!

 早く、早く何とかして逃げないと!

 俺の心臓は激しく打ち、視界がぼやける。

 冷や汗が全身をおおう中、必死に思考を働かせる。


 無駄に声を上げるわけにはいかない。

 冷静に、確実に状況を打破だはしなければならない。

 まずはこの剣をどうにかしなきゃならない。

 …吸血鬼ならたぶん即時治癒そくじちゆとかできるよな。

 いやできろ。


 覚悟を決め、俺は両手で剣を掴んだ。

 そして体を反転させながらその手に触れた剣を外す。

 その際に指が何本か飛んだ。

 俺は勢いよく地面に転がり込み、そのまま立ち上がって全力で走り出す。

「待て餓鬼がき!!!」

 背後から脅迫が飛んでくるがもう振り返る暇はない。


 俺は迷わず狭い路地に飛び込む。

 路地ならけるかもしれない。

 暗闇の中、確かに背中に視線を感じながらも一気に駆け抜ける。

 呼吸を整える暇もなく次々と角を曲がる。

 ふいにゴミ箱らしき木製の箱を見つける。

 俺は走る足を急ストップして、その陰にしゃがみ込んだ。


 目を瞑ってあいつの足音に耳をます。

 しかし聴こえるのは異様に速い心臓の鼓動。

 肩は激しく上下し、脚は震えている。

 全身が緊張に包まれていた。


 それから数分経っても、あいつの気配は感じられなかった。

 逃げ切れた。

 やった。

 やったんだ…!

 死ぬところだった…!

 ほんとに怖かった…。

「もう、帰ろう…」

 俺はフラつきながら立ち上がった。

 瞬間。

「───餓鬼が」

 ニヒルな声が路地に響いた。

 直後、俺が状況を把握しない内にそいつが突っ込んで来る。

 満身創痍な俺はそれに反応することなどできない。


 終わった。

 剣が振りかざされる。

「死ねぇ!!!」

「────ウェルミナ」

 剣は振り下ろされ、俺の身体は真っ二つに──ならなかった。

 直前、俺の後ろから鋭く冷たい、しかしどこか温かい声。

 その直後に男が吹き飛んだ。

 後ろに目をやると、そこには右腕を伸ばし、手のひらを男に向けて立つラスルさんがいた。


「逃げるよ!」

 ラスルさんは俺の手を引きその場から素早く脱する。

「ま、待て!!!」

 男の怒号が聞こえるが、それをも置き去りにするようにラスルさんは俺を連れて駆け抜けた。

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